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    紗哉(さや)

    自由律俳句

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    紗哉(さや)

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    94サテマナ/20230116にPixivに投稿したものと内容同じ。告白〜交際スタートまでの話。自分の解釈の一つとして書いたもの。マナー君視点。

    ##サテマナ

    初めてのひと 彼との出会いは、俺がグールの使役を覚えたばかりの頃。
     召喚したグールを連れてマナーを破り、悪い事をして遊び回っていた俺のもとにやってきた退治人が彼だった。
     最初こそ、図体ばかり大きくてオロオロとしてるだけのこんな人間なんて怖くないと思っていたのに。
     堪忍袋の緒が切れた彼に屈服させられた際に、俺はどうにかなってしまったのだろう。
     恐怖――あるいは畏怖による心臓の高鳴りを好意由来のものと勘違いしてしまう、いわゆる吊り橋効果だったのかもしれないけれど。
     ただ分かることは、まさしくあの日、あの時。
     俺は彼に対して、並々ならぬ興味を抱いてしまったのだということである。

     そんな衝撃的な出会い以降は、事あるごとに彼のもとを訪ねては自分を舎弟にしてくれと言い続けた。
     どうして舎弟にしてと頼んだかはもう忘れたけれど、ただの友達より少しでも特別な立ち位置になりたいと考えてそれを選んだような気がする。
     最初は『昔を思い出すからやめて』『友達じゃダメなの?』と断っていた彼も、ついには根負けしたらしく、いつの間にか俺が「サテツの兄ィ」と呼んでも咎められなくなっていた。
     それからも目の前でマナー違反をすれば怒られて。でもそれもただの怒りの感情だけじゃなく、どこか俺のための優しさを感じられる怒り方になっていって。
     力ある真祖であるじいちゃんからたっぷりと甘やかされて育ってきた自分にとって、そんな風に叱ってくれる存在はそうそう居なかったこともあって、彼に叱られるのは嫌いじゃなかった。

     誕生日に要らないものを贈ってやるマナー違反、のつもりで持っていったプレゼントは全て喜ばれてしまって。
     年末やクリスマスなどに家に押しかけても、手土産の食べ物を見せれば喜んで迎え入れられて。
     手土産なしで押しかけても、普通の顔して家に上げてくれるようになって。
     玄関から入ってきなよという言葉には従わず、俺だけの出入り口である窓から上がり込んでは困らせて。
     そもそも退治人が進んで吸血鬼を招くなんてどうかしてるぜと思いながらも、どんどん俺の場所になっていく兄ィの傍は心地が良かった。

     そうやって賑やかしく過ごすのがすっかり当たり前になった頃。
     いつものように窓から部屋に上がり込んで、非番だった兄ィと借りてきたDVD鑑賞を始めようとした矢先。
    「マナー君! 君のことが好きです! 俺の、その……恋人になってくれませんか!」
    「……へ?」
     サテツの兄ィから告白をされた。
     唖然とする俺の反応が予想外だったのか、真っ赤だった兄ィの顔はみるみる内に青くなっていく。その背後にドヨッ、という効果線が出かかったところで俺は慌てて言葉を続けた。
    「や、別に嫌だ〜ってんじゃなくて! 兄ィって女が好きじゃなかったですっけ」
    「う、うん。俺もずっとそうだと思ってたんだけど……。マナー君がいっつも俺のそばに来てくれるの、何だかんだで嬉しいな、もし急に他の人のところに行っちゃったら寂しくてイヤかもって思ったら、これって恋愛の意味で好きってことなのかなって……」
     語る内容が恥ずかしいのか、小さくなる言葉尻とともにその背筋も丸くなり始め、大きな体は少しだけ縮こまっている。
     これで本人的にはとても小さくなっているつもりなんだろうなと思うと、なんだかとても可愛く思えた。
    「ぷっ。なんか最後のほう理由ワヤワヤになってる〜」
    「う、うう……! ごめん……!!」
    「泣かないでくださいよ兄ィ。俺、さっきも言ったけど嫌じゃないですよ」
     人と吸血鬼が激しく対立していたらしい一昔前ならいざ知らず、現在は人と吸血鬼とはそれなりに対等な関係を築いている。種を越えて結婚することもあるし、子を成すことだって当たり前にある。俺にとっても、恋愛における種族差に対する抵抗感はもとよりほとんど存在しない。
     性別の問題なども些細なことだと分かっている。けれど今まで散々Y談の光に晒されてきた兄ィが語ってきた性癖は、到底男に対して向けられるようなものではなかったと思う。それがどうして俺なんだろう。
    「じゃあ兄ィは、俺みたいに兄ィのとこに押しかけてマナー違反して、兄ィに怒られてもへこたれずに押しかけ続けるようなヤツなら誰でも良いんじゃないですか?」
    「それは違うよ! えと……うん、違うと思う。思いたい。来てくれてるのがマナー君だから、嬉しくて、す……好き、なんだと思う」
     というかマナー君みたいな子が他にもいたら困るよ、色々と……と苦笑する兄ィは、照れこそあるものの真剣だ。
     いつもの俺だったら、この場を茶化して有耶無耶にするマナー違反〜などを仕掛けるところだけど、この話題に関してはそれをしてはいけないような気がした。
     そうしてしまえば最後、兄ィとの間に深い深い溝ができてしまうような、そんな気が。
    (……それは嫌だな)
     俺も俺で兄ィのことを気に入ってるからちょっかいをかけにいっているわけだ。向こうが本気で拒めば俺など相手にしてもらえなくなる力関係だということは、初めて会った時に理解している。
     遊びに行っても全く取り合ってもらえなくなる未来は、考えただけでもいい気がしなかった。
    「マナー君は……もしかしてそういう感情って全然無かった……?」
    「えーと、まあ……ハイ。恋愛的なのは考えたこともなかったです」
     告白への明確な返事を避けている俺に、兄ィは当然とも言える疑問を投げかけてくる。これに関しては素直に答えるしかなかった。茶化しているわけでもないが、自分の気持ちも分からないのにイエスと言うのも何か違う。
     俺の言葉に兄ィは見るからにしょげていき、部屋の隅で体育座りになり「やっぱり俺の勘違いだったんだね……みんながイケるって!って言うから調子に乗っちゃった……」と泣きながら呟いている。
    「え、待って兄ィ、みんなって?」
    「ギルドのみんなが……」
    「兄ィが俺にコクったらイケるって言ってたの?!」
     こくり、と頷く姿は大きいのに小動物のようで可愛い。いや待て、何を聞いてるのこの人?
     退治人ギルドは文字通り退治人の集まるギルドだが、俺もちょくちょくお邪魔する場所だ。当然そこに集まる退治人たちとも多かれ少なかれ面識がある。そんな奴らに何聞いてるの? そして聞かれた奴らは何を言ってるの?
     俺が兄ィにくっついて回ってる図って、周りからはそんなふうに見られてたの?
     自分たちが傍目からは恋し合う甘酸っぱい二人という図に見られていたことを理解した瞬間、急に恥ずかしさが込み上げ、俺は反射的に立ち上がって窓へと向かう。
    「こ、告白の返事を保留にして突然帰ってやる〜!!」
    「ええ!? 待ってマナー君……!」
     兄ィが慌てて引き止めてこようとするのを慌てて振り切り、窓から飛び出して家へ逃げ帰る。今はキャパシティオーバーだ。下手に捕まると大変なことになる。
     がむしゃらに走り抜いて辿り着いた家でまっすぐ自室の棺桶に潜り込めば、全力疾走のせいか告白のせいか痛いくらいに心臓が脈打っている。それを抑えるように胸に手を当てて、目を閉じて深呼吸をした。

     ――俺はじいちゃんに甘やかされていて、甘やかされるからにはそれなりに才能が備わっているんだと分かっていて。
     実際その通りで、大抵のことは初めてでもソツなくこなせてしまった。
     けれども人間社会では、そういった突出した個体は排除されやすくなるのだという。
     みんな仲良く。足並み揃えて。輪を乱さないように。――なんてくだらないルール。くだらないマナー。
     そんなのを掲げる者たちと馴れ合うぐらいなら俺は一人で良かったし、触れ合う相手も同胞だけで良かったのだ。
     そうやって生きてきたわけだから、当然、相手ありきで芽生えるらしい恋という感情なども抱いた覚えが無い。
     考えたこともなかった、と言ったのは本当にそのままの意味だったのだ。

    「そもそも何だよ恋って〜! 人間の生殖本能の言い訳じゃん!」
     やり場のない感情と共に棺桶の中でジタバタしながら、告白してきた時の兄ィを脳裏に思い浮かべる。あの真剣な表情を反芻すれば、やっと落ち着いてきたはずの心臓がまたうるさくなった。
    「何なんだよ〜……他の奴らも……」
     俺が兄ィの告白をOKすると思われてたのも癪だ。
     ギルドのみんなというと、俺がたびたび一緒に遊ぶこともある退治人のロナルドやショットもそう言ったのだろうか。想像してみたら確かに言ってそうで腹が立った。
     俺の知らぬところでまた勝手に、先輩をからかっちゃう系の後輩だのなんだのという扱いをされたのだろうか。
    「くっそ〜……今後みんなにどんな顔して会えばいいんだよ〜!」
     一度に色々なことを考えすぎて脳の処理が追いつかない。知恵熱かはたまた別の理由か、顔に集まる熱を感じながら、俺はいつの間にか眠りに落ちていた。

     翌日。日が沈んだばかりの、空がまだうっすらと明るい時間帯に目が覚めた。
     寝起きのボンヤリとした頭でスマホをチェックすると、RINEにメッセージがたくさん来ている。
     メッセージの送り主は人間だったり吸血鬼だったりとごちゃ混ぜで、内容は遊びの誘いだとか、くだらない出来事の報告だとかどうでもいい写真だとか、スタンプ爆撃だとか。それぞれの相手らしい好き勝手な話題が飛び交っている。
    (そういえば兄ィに退治されてからだな、こんなに交友関係広がったの……)
     兄ィと出会って、人間も面白くて悪くないと思ってからだ。種族の隔てなく、楽しそうな奴とは遊んでみようと思い始めたのは。
     自分が決めたルールで閉じていた世界への扉を、あの鉄の拳が壊してしまったのだ。
     ぐちゃぐちゃに絡まっていた思考が徐々にほどけていく。ほどけた先に残された答えに辿り着くと、心臓がギュ、と締め付けられるような心地になった。
     寝ても覚めても考えていて。会えれば楽しくて、会えなければつまらなくて。笑顔が好きで、けど焦ったり泣いたりしている顔も可愛いと思えて好きで。たとえ怒られてもそれが嬉しくて……。
     ――彼の全ての表情の先にいるのが自分だったら良いと思っている。
    「……ウソ〜!? マジで恋〜!?」
     ここまで根拠を列挙できてしまえば、自らの中にある感情が世間一般的に言われる『恋をしている』状態そのものだと実感せざるを得なかった。
     顔に熱が集まるのを感じて必死で手で扇ぐ。だってそんな。俺、割とずっと最初からこの感情持ってたし。そんなに前から兄ィのことが好きだったのに自分じゃ気付いてなくて、けど周りからはバレバレだったってこと?
    (は、恥ずかしすぎる〜……!!)
     そりゃ周りも兄ィも、告ればイケる!って思うわけだ……。と冷静に状況を分析したところで、ふと気が付くことがある。
     俺も同じ気持ちだったとはいえ、イエスを伝える前に大事なことを確認しなければならないのではないか。
     まだ火照る頬をおさえながら覚悟を決め、外へと繰り出す準備を整える。
     いつも騒がしいシンヨコの夜だけど、今日だけはどうか邪魔が入りませんようにと願いながら。


     会いたい旨をRINEで伝えると、引き受けている依頼が終わった後なら、という言葉が帰ってきたので待つことにした。
     退治人の仕事の終わり時間は具体的にいつになるか分からない。
     時間を潰すためにハンバーガーショップで子供向けのセットを頼んで小一時間過ごしてみたり、飽きてヴァミマに立ち読みをしに行ってみたり。
     落ち着かない気持ちで連絡を待っていると、一時を回った頃にようやく『今終わったよ!どこに行ったらいい?』というメッセージが入ってきた。
     いつもだったらギルドだとか兄ィの家だとかに遠慮なく押しかけるけども、告白の返事をするためにそこへ行くのは気恥ずかしかった。確認したいこともしづらいし。
     RINEには『初めて会ったとこで!』とだけ返事をして、俺は兄ィと初めて出会った公園へと向かう。

     メッセージを受け取った時点で割と公園に近い場所に居たこともあり、俺のほうが先に着いたようだ。時間帯も相まってか公園内に他に人の姿は無い。
     この場所に来るとどこか懐かしい気持ちになる。
     今でも時々遊びには来るけど、ここで初めて退治されてからすっかり毒気を抜かれてしまい、人に迷惑をかけない程度のマナー違反しかしなくなってしまった。我ながら丸くなったものだ。
     兄ィが来るまでグールと一緒にブランコで大車輪でもしようかと思ったところで、公園の入り口に人の姿が見えた。
     片手を挙げて照れくさそう微笑みながらやって来た待ち人に、グールの召喚を中止して駆け寄る。つい昨日告白した・されたの関係になったばかりだが、普段通りに体は動いてしまうものだ。
    「お待たせ、マナー君」
    「兄ィ!! お疲れ様で……す……」
     俺はいつもの調子で兄ィの真ん前まで来てしまってから、これからする話のことを思い出し、急に照れくさくなって不自然に視線を逸らす。
    「きょ、今日の依頼はどんな感じでした〜? ……って、聞いといてキョーミ無いから遊具で遊んでやるマナー違反〜!」
    「ええ!?」
     ちゃんと話そうと思っていたのに、口と手足は勝手に逃げを打ってしまった。駆けてきたばかりの道をまた戻り、二つ並んだブランコの片方に腰掛けて地面を勢いよく蹴って漕ぎ出す。キィ、キィ、という音とともに体が風を切る。
     兄ィも慌ててやってきて、隣のブランコに腰掛けようとして、体が収まらないのか諦めて近くに立つことにしたようだ。
     ブランコを漕ぐ俺にどうやって声をかけたものか迷っているのが伝わってきて、もう少し強引に来ればいいのに……と思わないこともない。そういうところも可愛いとは思うけど。
    「ねえ兄ィ〜!」
     このままでいても仕方がないので腹を括り、ブランコで風を切りながら口を開ける。
    「兄ィって! 俺と! エッチなことしたいの?!」
    「ええーーっ!? 急に大声で何言ってるの?!」
    「大声じゃなきゃ声届かないじゃん〜! 俺ブランコ漕いでるし!!」
    「止まってくれればいい話でしょ!?」
    「いいから! 早く答えてくださ〜い!!」
     人間と恋人になるとは、一般的にそういうこともするわけだろう。ならば相手にその気があるのかは確かめておかなければならなかった。
     もし兄ィにその気がないのなら恋人じゃなくてもいいじゃん、と逃げる言い訳にしたかったのかもしれない。こんなやり口は、まるで兄ィと呼ばれるのをずっと嫌がってた時の兄ィ当人のようだけど。
     そういった話題に一切興味なく生きてきた俺にとっては、この話題を出すのも変に力が入ってしまう。羞恥心を誤魔化すように、地面を蹴るにも熱が入る。ブランコの鎖が軋む音と、俺の体が風を切る音がうるさい。
     兄ィは答えを迷っているのか、しばしの沈黙が訪れた。
     そして突然ブランコが止まる。何事かと思うよりも前に、慣性で投げ出された俺は、気が付くと太く逞しい腕に抱きすくめられていた。
    「……ごめんね、手荒な真似して……」
    「……あ、ハイ……」
     状況を整理してみるとつまり、俺の漕いでいたブランコを兄ィが掴んで止めて、投げ出された俺が転ばないように保護してくれたのだろう。整理したところでそうなった理由は何一つわからないが。
    「あんまり大声で言いたくなくて……ごめん、怪我はない?」
    「怪我はないですけど〜、今まで散々性癖吐露させられてきてて今更……」
    「は、恥ずかしいものは恥ずかしいんだよ!?」
     顔を紅くして泣きそうになっている兄ィは俺を抱きすくめたまま離さない。
     このままの体勢で先程の質問への答えを返されるのは俺としても恥ずかしくて、何とか抜け出してやろうと体をよじるものの、本気の力を出されては勝てない相手であることはとうに分かっている。
     マズい、どうにかしないと……と思うのに、俺はもうずっと前に負けているのだ。体は言うことを聞かず、ただ黙って腕の中に収まっていることしかできない。
    「……さっきの答えだけど」
    「は……はい」
    「思ってるよ。……マナー君と、エッチなこともしたいって」
     体勢のせいで顔は見えないけど、聞き慣れた穏やかな声がひどく近くで耳の中へ注がれる。内容が内容だけに声を潜めようとしているのか、いつにも増して小さくてポツポツと話すのでこそばゆい。
     言葉にすると恥ずかしいのだろう。俺を抱きしめる腕に力が入り、体はより密着する。密着すると更に恥ずかしくなるんじゃないのか。この人考えなしだな。……などと頭の中ではいくらでも饒舌になれるのに、口からは何ひとつ出てこない。
     噛むことで血族を増やせる吸血鬼と違って、人間の生殖は雄と雌の番ありきだろうに。この人はよりにもよって、生殖に至ることのない、同じ雄である俺に対して性欲を向けられるというのか。
     回された腕からの熱と真剣な言葉には、嘘や冗談が含まれていないことがひしひしと伝わってくる。今まで生きてきた中で間違いなく一番、心臓が高鳴っている。
    「ごめん……気持ち悪かったかな……」
    「いや! ……そういうんじゃないです、ホントに……」
     嫌じゃないし、気持ち悪くもないから困るのだ。断るための理由の一切が消えてしまった。
     もう、認めるしかないじゃないか。本当はずっと前から、きっと俺も同じ気持ちだったってことを。
    「兄ィ。俺、吸血鬼だし。たぶん執着心とか独占欲とかすごくて」
    「うん」
    「……浮気とかしたら、ぜって〜許しません」
    「! うん……! もちろん、絶対しない!!」
     少し遠回しな答えでも、告白に対するイエスの意味はしっかりと伝わったみたいだ。兄ィが急にバッと離れて俺の顔を覗き込んでくるので、視線がバチリと合わさってしまう。
     この人の場合、浮気はしないというより出来ないといったほうが正しいのではないか。
     こんなにもまっすぐで、強くて、優しくて。俺の居場所になった人。
    「マナー君! 不束者ですが、改めてよろしくお願いします!」
    「……嫁にでも来る気ですか〜?」
    「エッ!? そういうんじゃ……それはむしろマナー君に来てほしいっていうか……」
    「えっ?!」
     見つめ合ったまま、二人して真っ赤になる。
     そういや男二人でエッチなことをするには片方が女役をやらなきゃいけないのか。この口振りだと兄ィは俺に女役をしてほしいのか――と考えが至って、以前温泉に行ったときに目にした兄ィのブツのサイズ感を思い出して、それを振り払うように頭を振った。……その時を考えるのは怖いから今はまだやめておこう。
     でも、その役割を断固拒否する気が起きないぐらいには、まあ。俺もそれで悪くないと思っているんだ。
     我ながら本当に丸くなってしまったな……と遠い目になっていると、目の前の兄ィは何も気にしてないような顔で幸せそうに笑ってるものだから、ちょっとした復讐心が芽生えるのは仕方のないことだろう。
    「兄ィ、少し屈んでください」
    「どうしたの?」
    「いいから」
     俺の言う通りに少し屈んだことで近くなった兄ィの唇に、自分のそれを重ねてやる。リップ音も鳴らない程の一瞬だったが、かなりのインパクトにはなったようだ。兄ィ真っ赤になって自分の口元を手で押さえている。
    「な、ななななにを――!?」
    「……交際スタートしてすぐ同意を得ずにキスしてやるマナー違反だぜ〜!」
     ウワハハハー!と笑って言ってみたものの、俺にとってはファーストキスだ。ヤケクソ気味で勇気を出したけど顔は熱く、これ以上ないぐらいにのぼせている。真っ赤な顔した男二人、公園のブランココーナーを専有して何をやっているんだか。
     サテツの兄ィにとってもこれがファーストキスだったかどうかは知らないが、俺の行動に振り回されてワタワタしている姿はやはり気分が良い。
     初めて退治された相手で。初めての兄貴分で。初めての恋人。きっとこの先の関係だって、兄ィが俺の初めての人になっていくんだろう。
     ずっとそうやっていられるなら、恋人ってのも悪くないな。

     いつも騒がしいシンヨコの夜は今日に限って珍しく静かで、二人きりで騒ぐ俺たちを月だけが照らしていた。



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