最後にしてくれるならそれで───────────
使い慣れない筋肉を使った体が、気だるい疲労感を訴えている。
部屋の中にあつくこもっていた熱もいくらか引いて、そろそろ眠ろうかという頃合いに、すらりとした長身の美丈夫は寝物語でも謳うように口を開いた。
「俺の初めても、取っといたら良かったな」
あまりにも平坦な口調で言うものだから、それが何を指すのか理解できなかった少年はまばたきをぱちぱちと繰り返した。
そうしてやっと言葉の意味を飲み込むと、ベッドの隣で横たわる男の、左右で色の違う双眸を覗き込む。
普段の跳ねが幾分落ち着いた髪が、頬や額にぺたりと張り付いているのは先程まで“そういうこと”をしていた名残だった。
今日、少年と男は、初めて体を重ねた。
紆余曲折──主に男のほうがあれこれと言い訳して逃げていたのを、少年が生来の真っ直ぐさでもって口説き落として、晴れて恋人同士となった二人が苦心して捻出した時間で訪れた、二人きりの宿屋でのことだった。
交際を始めるにあたり、男は少年に自らの過去を一部明かした。
自分は生きるために、その身を売っていたことがあると。相手は男女問わず。今にして思えば決して高くはない金だったが、それでも他に稼ぐ方法がない矮小な子供時代には大きな資金源だったのだと。
大人になって、どうにか上手い生き方を覚えてからはしていないので、もうかなり昔のことにはなるが、そんな自分でも良いのかと。
少年は面食らったが、それでも構わない、あんたが好きだと頷いた。
それで、二人は晴れて恋人同士になった。
「勿体無いことしてもうたな。初めて、貰うんがこんなに嬉しいと思わんかったから……俺もお前にやりたかったわ」
男の、月の光と濃い蜂蜜をそれぞれ思わせる色の瞳がゆっくりと細められる。
すっと伸ばされた手が少年の頬をゆるりと撫でた。
その存在を確かめるように、男のてのひらは少年の膚を往復する。
子供を慈しむ親みたいな所作をして、親を見失った迷子みたいな顔をしている。
ちぐはぐな男の姿に、少年の心はぎゅうと締め付けられるようだった。
「俺は、アンタが、どんな手を使ってでも生き抜いてきてくれて、嬉しいよ」
頬を撫でる男の手に、少年は自らの手を重ねる。
歳の差ゆえか代謝の差ゆえか、少年よりも少しだけ冷たい男の手に、少年の熱がじんわりと移ってゆく。
「ここまで生きてきて、それから、俺を好きになってくれてありがとう。カスピエル」
「っ……そんなん、反則や……ほんまに……ソロモンには敵わんな……」
男の双色の瞳が揺れる。
少年は、頬に重ねていた手を男の胴に回して、その身体を抱きしめる。
格好良く振る舞いたがる男はきっと、泣いてる所なんてあまり見せたくないだろう。
だからその身体をただ抱きしめて、その胸に顔を埋めて、目を閉じて鼓動を聴いた。
トクトクと規則的に動く、男がここに生きている証が少年には嬉しかった。
完