■■■■■・■■■■はありのままの己を見るか 煙が立ち上る、青空を見上げていた。
白い固まりのような雲をパンに見立てて指でなぞろうとして失敗した。
誰かの声が耳に遠く聞こえる。引っ張りおこされて、ようやく地面が目に入り、辺りに人が転がっているのを目にする。銃撃の音、何かが飛んでくるような鋭い轟音の後に地面がはじけ飛ぶ。
えっと、ああ、そうか。ここは、戦場だった。
頬を強めに叩かれ、水を被される、視線だけ寄越せば、土埃まみれ、汗まみれの男がいた。鈍痛に顔をしかめ、自分の体を見やれば、右足の膝から下がなく、左足も辛うじて繋がっている状態だった。腕の感覚もない。碌な事にはなっていないだろう。
鼓膜も破けているのか、それとも周囲に飛び交う音を理解できないのか、頭がぐらぐらする。
置いていけ、と口にした。格好の的だと。同じ兵士達を何度も何度も目にしているのだから、自分を引きずろうとするこの男も分かっているだろうに。男に言葉が届いていないのか否か、一瞬動きを止めたものの、また引きずろうとする。
ぱきゅん、と軽い音がした。
ヘルメットの破片が飛んだのが見える。うめき声。それでも自分を引きずる力。それも次第に弱まっていく。
急にガクンとヘルムートを引っ張る力が抜けた。どちゃり、と近場に男が倒れ込んだ。やはり黒い煙が昇る青空を見ていた。
「あんたさ、絵を描いてるって言ってたよな」
そんなことを食事時に言った気がする。頷く。
「見せてくれよ。いつか見たパンの絵、俺好きだったんだ」
その声に促されるように、腕を上げる。今度は肩から意識して。大きな青いキャンバスに使うには小さすぎる、しかし普段の筆にしてみれば太い画材だった。ぼたり、と自分の頬に大粒の液体が飛んできたが、構いやしなかった。男は傍で国歌を口にし始めた。不思議と、それだけは確かに聞こえた。ひとしきり歌い終えて、男は言った。
「あんたのパン、食ってみたかったなぁ」
いっそ空想で良いから、まともなパンを食べたかった。そう言ったきり、男は黙り込んだ。まだ描き終えていないのに、残念だ。
ひゅるる、と何かを打ち上げた音がする。轟音が近づいてくる。
男の言葉を考えた。
そうして、気づく。
ああ、そうか、自分は。
確かに、誰かに、自分の作品を、食べてほしかった。
筆でパンをなぞる度に湧き上がるこの飢餓に気づいて欲しかった。
他の芸術家との対話や友人達と語らう度に湧き上がる、この空虚さと壁を取っ払いたかった。
ああ、そうだ、私は。
ただ、他人を理解して、その中で共感し、笑いたかっただけなのだ。
などと。
大きな衝撃をその身に受けて、ヘルムートの意識は消え失せた。