暗がりに栞を挟んで あ、という声が重なった。真っ暗になった空間で、百々人と鋭心はお互いを探すように手を彷徨わせた。こつりと手が触れて、二人は肩を撫で下ろす。
先程までミステリ映画を映していたスクリーンは何の光も得ることはなく、緊迫したBGMを流していたスピーカーは完全に沈黙していた。シアタールームの照明はもともと消していたが、一応スイッチを入れても電気が点くことはない。
「この辺り全部がダメみたい。雷のせいかな?」
スマホを見ながら百々人が言う。そうか、と呟いた鋭心は百々人と同じように困惑しつつも苦く笑うしかない。どうやらこの付近一帯が停電しているようだ。
「すごいタイミングで停電したね」
「ああ、映画のようなタイミングだな……」
こんなこともあるんだな、と鋭心は呟く。百々人はといえば、この奇跡的なタイミングにひたすら感心したように息を吐いていた。
先程までスクリーンに映し出されていたミステリ映画はクライマックスに差し掛かるところだった。登場人物を一箇所に集め、探偵が勿体ぶって喋り始める。その一言一句にその場にいる人間が耳を傾けるのを良しとして、探偵は事件のあらすじを大袈裟に語る。
『つまり……この事件の鍵は、』
と、探偵が物語の確信に迫ろうという、まさにその瞬間にこの一帯が停電したものだから二人は唖然とする他なかった。乗っていた観覧車が突然消えて、向かい合ったまま真っ逆様。と形容するのが正しいものかはわからないが、その感覚は落下に似ていた。
「映画を観てたら映画みたいなタイミングで停電するなんて、おかしいね」
スマホの明かりを光源にして二人は顔を見合わせる。先程まで空間を包んでいた柔い光とは対照的に、スマホの光は直線的でひどく白い。
「しかし困ったな」
「ね。……うーん。やることないし、探偵みたく推理でもしてみる?」
観ていたのはミステリ映画だから、当然トリックがあって犯人がいる。二人は物語をただ追っていただけだったが、手持ち無沙汰になったのなら推理してみようという百々人の提案に鋭心は二つ返事で頷いた。
二人はいくつかの意見を交わし合ったが、どれもピンとこない。特に鋭心は映画そのものを楽しんでいたので表現手法やカメラワークなどはいくらでも語れるのだが、推理という観点で物語を見ていなかったので言葉があまり出てこなかった。
ふと、何かに気がついたように鋭心が言う。
「……こうやって物語を中断させてあれこれ考えるのは初めてだな」
「そっか。確かに映画とかドラマとかだと中断することってないもんね」
小説だと途中で止めやすいんだけど。
そう言う百々人に短く同意を返して、鋭心はスクリーンをチラリと見た。百々人はそれに気がついているが、そこには触れずに「のんびり考えようよ」と優しく喋りかける。
推理もある程度出尽くしたがまだ停電は直らない。そうこうしているうちに百々人のスマホの画面がふっと暗くなった。電池切れを起こした百々人のスマホを見て、カバンに入っているはずのスマホを取り出そうとした鋭心の手を引いて百々人がその肩に体を預けて甘い声を出す。
「……見えないから、寂しくないように。……ね?」
どくどくと早くなった鼓動に相手の鼓動が隠れてしまう。二人はお互いの鼓動を探るように目を閉じて、息を潜めた。
「……百々人、」
鋭心は暗闇の中で百々人の肩に手をやり引き寄せる。ぴったりとくっついて、体温を分け合って、近づいた吐息に愛を乗せようと鋭心は口を開く。いや、開こうとした。
「今日は、か……ん?」
パッと、鋭心が何かを言いかけた瞬間に明かりがついた。鋭心はポカンと百々人を見つめることしかできず、百々人はそんな鋭心を見て笑い出したくなるのを堪えて肩を小刻みに震わせている。
「……続きを観よう」
「照れるくらいなら全部言っちゃったほうがいいのに」
百々人は鋭心に言葉の続きを強請ったが、鋭心は頑なに口を開こうとしない。百々人も深追いをするつもりはなかったから、少しだけ勿体なさそうに呟いた。
「別にもう少しこのままでも……なんてね、早く続きを観ようか」
「……百々人がそういうなら、もう少しこのままでも、」
「そんなこと言って。早く続きが観たいって顔に書いてあるよ?」
百々人が楽しそうに笑う。鋭心はなんだか少しだけ悔しそうに口を尖らせる。
「……映画は観たい。だが百々人に触れていたいというのも本心だ」
「欲張り。……じゃあ、こうしよっか」
百々人は鋭心の膝に座った。そうして鋭心に背中を預け、その手を取る。
「これでどう?」
「……ああ」
短く言葉を返し、行動で示すように鋭心は百々人を後ろから強く抱きしめた。
「それ、映画に集中できる?」
「できる」
「それはそれでなんか腹立つけど……」
恋人を抱きしめておいて映画に集中できるだなんて。百々人が不満げに呟くものだから鋭心は慌ててフォローをしようとした。その唇を指で塞いで百々人が笑う。
「冗談だよ。早く続きを観よう」
リモコンを操作すればスクリーンにはまたミステリ映画が映し出される。早送りで謎解きのシーンまで時間を進めている間に、百々人がゆったりとした声を出す。
「推理が当たってるといいね」
物語は記憶に追いついた。身を寄せ合った恋人の目の前で、答え合わせが始まる。