セブンティーンとアイスクリームもう厚手の上着がないと寒い季節だ。帽子、眼鏡、マスク。いかにも変装をしていますといった風貌で俺たちは歩く。枯れ葉をさくさくと踏みしめて、目当てのゲームセンターにたどり着く。
隼人さんがよくやっている音楽ゲームの新作が入ったらしい。俺もひさしぶりにシューティングゲームがしたかった。最近、忙しくてゲームセンターにくるタイミングがなかったから。
隼人さんの目的は音楽ゲームで、俺の目的はシューティングだ。それでもゲームセンターの入口で別れるようなことはせず、隼人さんは俺がシューティングゲームをしてるときに横で楽しそうに話してくれたし、俺は隼人さんにくっついて新作だというゲームの曲を聞いていた。
そうやって、しばらくゲームセンターにいた。2人で対戦もしたけど、やっぱり音楽ゲームやシューティングゲームはどうやったって得意なほうが勝つ。1対1の勝敗の決着はエアホッケーでつけた。俺だってアイツほどではないけど勝負事は好きだし、隼人さんだって熱くなっていた。
エアホッケーは僅差で負けた。俺の方が力は強いのにな、そう思ったら隼人さんが言った。
「こういうの、力の強さは関係ないからな」
なんだか、思考を読まれた気がした。
***
シューティングゲームはさておき、大きくカラダを使う音楽ゲームやエアホッケーをやって少しカラダが熱い。ただでさえ暖房のきいた室内で、俺たちは軽く汗をかいていた。上着はとうに脱いでいたし、マスクだって外してしまってる。帽子が少し煩わしいな、だなんて思ったけど、流石にこれは外さないほうがいいか。そんなことを思いながら、普段はやらないゲームでもやろうと言う話になり、行ったことのない地下への階段を下った。
ゲームセンター特有の喧騒は地下に行っても変わらなかった。見渡す限り、ビデオゲームが並んでいる。ビデオゲームは俺たちの中なら恭二さんが得意だ。内緒で特訓してビックリさせてやろう、と隼人さんが笑う。
階段を降りきったところで自販機を見つけた。そういえば、動いたから喉が渇いた。何か飲もうと思って自販機の前に立ったが、それは飲み物の自販機ではなかった。
「あ、セブンティーンアイスだ。ひさしぶりに見る」
横に並んだ隼人さんがしみじみと言う。そういえば、俺もひさしぶりに見るかもしれない。そう考えると、本当に小さな頃ぶりに見るんじゃないかという気になる。見かけることはあったかもしれないけど、意識したことはなかった。
「……これ、17って書いてあるだろ」
思い出した記憶がある。あれは本当に小さい頃。まだアイツらが母さんに抱えられてた頃の話だ。
確か、大きな公園に出かけていたんだ。はしゃぎ疲れた俺はきっと、腹が減っていた。そこで、多分この自販機を見た。変わった形のアイスが色とりどり、並んでいる。俺は母さんにアイスが食べたいって言ったんだ。
そしたらしばらく考えたあと、母さんは言った。『大きくなったらね』
今ならわかることだけど、母さんは俺に似て無口なほうだった。いや、違うな。俺が母さんに似て口下手なんだ。だから、きっと母さんは頭の中ではいろんなことを考えていたんだろうけど、実際に口から出てきたのはこの言葉だけだった。
母さんが何を考えてたか、予想をするしかないのだけれど、多分、おやつにアイスを食べても晩ご飯が食べれるくらい大きくなったらね、って意味だったんじゃないだろうか。あの頃の俺は小さかったから、アイスを食べたら晩ご飯が食べれなくなってただろうから。
今思い返すと、そんな気がする。確かめる手段はないけれど。
でも、その頃の俺はその言葉を別の意味で受け取った。『大きくなったらね』と言う言葉と、自販機に書かれた17という数字。
「俺、このアイスは17才にならないと食べられないんだと思ってた」
あの時の、想像上の母さんみたいだ。思ってることはたくさんあるのに、隼人さんに伝えられたのは端的な事実だけだった。
それでも、どれだけが伝わったんだろう。ふふ、と隼人さんが笑う。
「バカだろ」
「いや、かわいいじゃん」
「かわいくはないだろ」
かわいい、と言われるのは何か違う気がする。バカだなって笑われるかと思ってたのに。
「じゃあ、17才になったことだし。食べようよ」
そう言って隼人さんが財布を取り出すからそれに倣う。開いた財布には崩した百円玉がじゃらじゃらと入っていて、アイスが何本でも買える。それでも俺は食べるべき一本を数分かけて吟味した。お金を入れて、ボタンを押す。選んだ味のアイスがガコン、と音を立てて落ちてくる。くるくると、包装を剥がすのに多少戸惑った。
しゃく、とかじりつくと、冷たくて甘くておいしい。俺のアイスはバニラで、隼人さんのはプリン味。ようやく口にしたセブンティーンアイスは全然大人の味なんかじゃなくて、なんだか少し笑ってしまう。
「17才って、なんだって出来る気がするな」
セブンティーンアイスを何本だって買える。アイスを食べたって晩ご飯が食べられる。他にも、たくさん。色々が当たり前になっていく。あの時見守ってくれていた人にはもう会えないけど、並んで歩きたい人は増えた。探す姿だって、確実に近づいている。
「間違いないね」
にや、と隼人さんが笑う。プラスチックの棒をゴミ箱に放り投げて俺たちは歩き出す。
「まずは、打倒恭二さん!」
「ああ」
財布を開くと、百円玉がじゃらじゃらと鳴った。