傘を変えた日 傘を変えた。
今までお世話になっていた、シックな宵闇色の傘はその大きさが気に入っていた。エンジェルちゃんをいれても、なおスペースが余る大きな傘。エンジェルちゃんを濡らすわけにはいかないからね。でもここしばらく、長年の相棒には傘立てでおやすみしてもらっている。
代わりに、折りたたみ傘を買った。今までの傘とは逆に、小ささで選んだ傘。色は、光の加減で紫に見える黒。色はなんでもよかったけど、この色は気に入っている。
まぁ、この傘は御守りみたいなものなのだけれど。
「冬馬、いれて」
「なんだよ、最近傘忘れすぎじゃねぇか?」
冬馬が傘を開いたら、鞄の中の傘を忘れたふりをしてその中に入る。冬馬はいつも呆れた声で俺を咎めるけど、口調は柔らかいし拒まれたことはない。
ありがと、と言って肩を抱き寄せる。冬馬の傘は小さくないけど、二人がすっぽり入れるほど大きくもない。だから、これは俺たちが濡れないように、って口実。
折りたたみ傘を持ってるのは、冬馬が傘を忘れた時のため。でも、一度だけ冬馬が傘を忘れたとき、俺は傘を持ってないだろう、と思い込んだ冬馬に手を引かれて、駐車場から事務所までの短い距離を走ったことがある。そうして、濡れながら走るのも悪くなかった。
折りたたみ傘、いらないかもしれないね。そんなことを思いながら、同じ傘の中で反響する冬馬の声を聞いている。こうして響く声は、世界で一番美しいらしい。傘の中、エンジェルちゃんの耳元に、よく囁いたこの言葉は、何故か冬馬には言う気が起きなかった。
翔太が笑いながら、自分の傘を畳んでこちらの傘に入ってくる。三人なんて、絶対入らない。それでも俺はそれを笑って受け入れるし、冬馬は俺たちに挟まれて精一杯体を小さくする。冬馬は翔太に、お前は傘を持ってるだろうが、と悲鳴のような声をあげるけど、追い出したりはしない。
きっと、翔太には鞄の中の折りたたみ傘の存在はバレていて、それでも翔太は何も言わず、たまにこうして俺たちの傘の中に入ってきては笑う。
右肩が濡れる。それも悪くない。左肩を濡らした翔太と、真ん中に挟まれて笑う冬馬を見て、思う。