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    85_yako_p

    カプ入り乱れの雑多です。
    昔の話は解釈違いも記念にあげてます。
    作品全部に捏造があると思ってください。

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    85_yako_p

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    魔法使い伊瀬谷四季と牙崎漣。四季が誰かに恋をする描写あり。(2019/03/04)

    ##伊瀬谷四季
    ##牙崎漣
    ##カプなし

    いつか必ず 伊瀬谷四季には魔法が使える。


     伊瀬谷四季は魔法使いだ。だから、伊瀬谷四季は魔法が使える。当然だ。だって、彼は魔法使いなのだから。
     伊瀬谷四季はこのことを隠したりしない。ただ、そんな荒唐無稽なことを聞いてくる人間は当然いなかった。
     伊瀬谷四季は大好きな先輩たちにはこのことを話していた。もちろん、真に受けた人間はいなかった。


     変化は唐突で、幸福は光だ。まっすぐに、だけど、当たり前に。
     その日、伊瀬谷四季の魔法とはまったく関係なく、大河タケルに奇跡が起きた。彼は、今日という日は昨日までの積み重ねで、唐突な変化を予期していたわけではなかった。彼は訪れるであろう幸福を信じていたけれど、それは確信のない明日だった。
     握手会で、少女が彼の前に立った。青い髪と青い瞳の少女を一目見て、大河タケルは息を呑んだ。彼以外は知る由もないが、その少女は彼の探し人だった。少女は、彼がアイドルである理由だった。
     二人の間に交わされた言葉は少なかった。大河タケルは少女の名前を呼び、少女は一言「おにいちゃん、」と呟いた。あまりにも長い沈黙。まるで、何かを確認し合うかのような。
     その空気に一瞬はひるんだが、アルバイトの青年は職務をまっとうしようと少女を引き剥がしにかかる。それを大河タケルは大声で静止した。
     異常を感じて、プロデューサーと呼ばれる男性が近づいてきた。大河タケルは一言、二言、その男性に何かを訴えた。少女は男性に連れられて、舞台袖へと消えていった。


     牙崎漣が消えた。
     それはきっと、大河タケルに起きた奇跡の代償だ。ただ、そう思っていたのはたった一人だった。
    「タケルっちとプロデューサーちゃんが話してるとこ、漣っちが見てたっす」
     オレ、見たっす。伊瀬谷四季はそう言った。
     虫の知らせというものだろうか、何かを感じたプロデューサーはひどく慌てた。それに感応するように、何人かの心が乱れた。ざわ、と満ちた沈黙が震えた。
     みんなで牙崎漣を探した。誰にも、牙崎漣を見つけることはできなかった。

     ただ、一人を除いて。

     牙崎漣は呆気なく戻ってきた。伊瀬谷四季が、彼の白い腕を引っ張ってみんなの前に現れた。
     牙崎漣を探していた人間はたいそう驚いた。プロデューサーが言った。「四季くん、すごい」
     伊瀬谷四季は得意げにそれに応えた。
    「オレ、魔法使いだから」


     それからというもの、牙崎漣はたびたび行方をくらませた。
     彼は仕事に穴を空けるような真似はしなかった。でも、それはもしかしたら、そうなる前に彼を見つけていたからかもしれない。
     大河タケルにも、円城寺道流にも、プロデューサーにも、ときおり捜索に参加する誰にだって、彼を見つけることはできなかった。
     牙崎漣を見つけるのは、いつだって伊瀬谷四季だった。
     誰もが不思議に思った。だけど、いつもはぐらかすような言葉が、その疑問をあやふやにさせる。
    「だって、オレには魔法が使えるから」
     伊瀬谷四季は笑う。


     牙崎漣は色々なところに行った。逃げたというのは、何かが違うだろう。
     海に行った。川に行った。森に行った。山のふもとにも、ビルの喧騒の隙間にも。思いつく限りのところに、彼は足を運んだ。
     それでも、伊瀬谷四季は彼を見つけた。そのたびに彼は、苦虫を噛み潰したような顔をする。
     一度だけ、彼が海外に行ったことがあった。海外なんて、数時間もあれば行ける。
     彼は立ち並ぶ屋台をめぐり、素揚げしたカニがたくさん入った紙パックを手にしながら上機嫌だった。雑踏は、容易に彼の影を隠す。自らが希釈されて空気に溶けていく感覚を、彼は楽しんだ。
     カニをひとつ、指先につまんで口に運んだ。いや、運ぼうとした。
     口を開いた瞬間、肩を叩かれた。振り向けば、そこには伊瀬谷四季がいた。
    「いつかこーくると思ってたっす!」
     こんなこともあろうかと。
     得意げに笑う伊瀬谷四季の手には、パスポート。
     証明写真の中で、くまっちパーカーを着た彼が、緊張した笑顔を浮かべていた。


     伊瀬谷四季は大河タケルがオフの時は、必ず彼を連れて牙崎漣のところに現れた。そうすると、牙崎漣の舌打ちはより深くなる。それでも伊瀬谷四季はそうすることが一番正しいと思っていた。
     彼でないと、ダメだ。伊瀬谷四季はそう直感していたし、その直感を信じていた。


     牙崎漣がどこに行こうとも、伊瀬谷四季は彼を見つける。
     そんなかくれんぼが、四年続いた。


     ある時、また牙崎漣が消えた。当然のようにみんなは伊瀬谷四季に彼の居場所を尋ねる。
     ただ、その日の伊瀬谷四季は少し違っていた。伊瀬谷四季は大河タケルと円城寺道流に彼の居場所を伝えた後、人懐っこい笑顔で両の手を合わせて、こう言った。
    「ねぇ。オレ、漣っちに話があるっす。だから、ちょっと遅れてきてくれないっすか?」
     二人は、彼の要望に頷いた。


     電車で八十分、そこから乗り換えて二十分。海が見える駅で下車。
     牙崎漣は海岸にいた。そこから、沈む日を眺めていた。海がオレンジ色にきらめいていた。星の海のようだと、伊瀬谷四季は思う。星の浮かぶ夜空が、波に揺れる。
    「漣っちー!」
     今日もまた、伊瀬谷四季は当然のように彼にたどり着いた。彼もまた、当たり前のように舌打ちをする。
     伊瀬谷四季は彼の手を取る。彼はいつものように、このまま伊瀬谷四季に引きずられて事務所に帰るのだと思った。
     力で勝る彼が、伊瀬谷四季の手を振りほどいたことはなかった。その理由は、誰も知らない。
     ただ、その日はそうはならなかった。伊瀬谷四季は彼の手を引くことはなく、その両の手で彼の手を包み込んで、こう言った。
    「ねぇ、漣っち。もうこんな、誰にも見つからないところに行かないでほしいっす。もう、いなくならないで。お願い」
     伊瀬谷四季がこんなことを言うのは、初めてだった。普段の口調とはどこか違う、伊瀬谷四季の言葉。
    「オレ、魔法が使えるからいつも漣っちを見つけることができたっす。でも、オレね、もうすぐ魔法が使えなくなっちゃうの。あのね、オレ、漣っちが一番好きだったんっすよ。オレ、ハヤトっちが大好きだったけど、ハヤトっちより、センパイたちより、プロデューサーちゃんより、漣っちが一番好きになってた。漣っちのこと、友達の中で一番大切だったんっすよ」
     伊瀬谷四季の言葉は、大半が過去形だった。
    「でもね、オレ、恋をしちゃった。だから、その人がもうじき一番大切になっちゃうの。あのね、オレの魔法は、一番大切な人しか見つけ出せないんすよ。だから、かくれんぼはもうおしまいにして? どうしても、かくれんぼがしたくなったら、」
     必ず、見つかりにきてほしいっす。そう伊瀬谷四季は笑った。
     彼は何も応えなかった。数十秒の沈黙は、遠くから聞こえる円城寺道流の呼び声で破られた。
     大河タケルも来ている。二人が駆け寄るまでの僅かなあいだで、伊瀬谷四季は手を話して笑う。
    「大丈夫っすよね。うん、大丈夫。ねぇ漣っち、気づいてるっすか? 漣っちはね、もう二度と孤独にはなれないっす」
     そういって、伊瀬谷四季はいつものように彼の手を引くこともなく、とん、とその背中を押した。
     ちら、と見えた彼の顔は不満げだった。それでも、一言だけ。夕日を背に伊瀬谷四季は声を出した。波の音にかき消されないように、少しだけ大きな声で。
    「いつか必ず、わかる日がくるよ」
     その声は、彼にだけ届いた。それで、充分だった。


     数日後、伊瀬谷四季は友達のための魔法を失った。
     牙崎漣がこれからどうするのかは、まだ誰も知らない。
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