夜は子供たちのためにきっと漣がタケルの家に来たのは、星の見えない夜だったから。
ここのところ、涼しくなってきて雨が多い。その雫をよけるようにすいすいと、いろいろな屋根の下をうろつく猫のようなこの生き物を、タケルは少しのため息と共に受け入れた。
漣は相変わらず文句が多い。先日言った温泉がどうもお気に召したらしく、タケルの家の風呂を狭いと言っていた。
着替えを貸せば小さいと文句を言われる。だったらオマエが着替えを持ってこい。タケルはそう思う。
電気を消してしばらく、タケルが思いついたように口を開いた。
「オマエでも、約束とかするんだな」
「は?」
心当たりがないと言った様子の漣に、タケルはリンゴの赤さを教えるように口を開く。
「温泉で。ほら、来年の話、してただろ」
オマエも未来の話、するんだな。そう呟けば、漣はすこし考えるように沈黙したあとに、あれ約束かぁ?と独りごちる。
そうして、また少しの静寂。でも、二人とも眠ってなんかいなかった。お互いにそれを空気で感じていた。
「なぁ」
「あ?」
やっぱり起きてた。それは口には出さず、タケルは言う。
「俺とも何か、約束しようぜ」
それはタケルにとって愉快な思いつきだった。口に出すとき、少し笑ってしまうくらい。
そして、それは漣にとっても面白いことだったようで、珍しく上機嫌に笑って呟いた。
「あほらし」
「ダメか?」
懇願のような、だだっこのような、声。それでも語尾は隠しきれない笑いで揺れていた。
うすぼやりとした月明かりと街灯に揺らされたシーツの海で子供が二人、内緒話。
さざなみのような、呼吸に満たされた静寂。
「……いつか」
「いつか」
「オレ様が勝つ。チビの泣きっ面、拝んでやるよ」
ずいぶんと、ぼんやりとした約束だった。それでも、タケルはなにか、勲章をもらったみたいに嬉しかった。
「一生つきあってやるよ」
そう返せば当たり前だバァーカ、と返ってくる。漣は言葉の重みを知ってか知らずか簡単に返す。
「おやすみ」
「おー」
タケルにとって、愉快な夜だった。きっと、漣にとっても。
彼らはまだ若くて、永遠の長さを知らない。本当の意味で、一生という言葉を使う。
「……ん?一生ってなんだよ!一生オレ様が勝てねぇって言いてぇのか!?」
おやすみの挨拶からしばらくして、布団の中で暴れる影が一つ。
「ふふ」
こらえきれずに笑いを漏らしたもう一人の寝ない子。
言葉を交わさぬまま、笑い声と枕が少しだけ飛び交ったあと、二人は黙って眠る。
とある、夜の会話。とある、子供達の内緒話。