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    85_yako_p

    カプ入り乱れの雑多です。
    昔の話は解釈違いも記念にあげてます。
    作品全部に捏造があると思ってください。

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    ミハイル死後のミハレナ。DoS設定発表前(2020/08/02)

    ##ミハレナ

    ミハイルと煙草とくだらない夜 もともと生きているって実感なんざ痛みと苦さと酩酊くらいしかなかったが、死んだ実感ってのは生きている実感以上に希薄なものだ。そもそも死んでもなお意識がある人間ってのがどんだけいるのかはわからないが、亡霊の信憑性が薄いのだ。これはレアケースなんだろう。
     おれは死んだ。ユーリーとかいうガキに殺された。いや、単純に引き金に指をかけたのがアイツだっただけで、おれを殺したのはイグニスで、世間で、生まれだろう。そのどれもをおれは恨んでいて──ああ、恨んでいると言えば、いけ好かないメガネのことも恨んでる。なんでコイツだけをと思ったが、きっとキールのことはあまり恨んでいないのだ。だって、おれはいま、レナートにだけ取り憑いているんだから。
     死ぬ寸前のことは覚えてる。硝煙、目の前の泣きそうな顔、震える声、皮膚を這う熱い血液、温度を失っていく臓器。死へと歩き出すからだに鞭打って、意地でも笑ってやろうと引きつらせた口元。このどれもにレナートのやろうはいないはずなのに、頭に浮かぶのはレナートのことだけなのだ。
     悪霊、というやつなのだろうか。あんなやろうのことを四六時中考えているなんて気が狂いそうなのに、意識がそちらにしか向かわない。テオのことだって考えたい。きっと悲しい。恨むより、悲しんでいたい。それなのに、見知った青い髪が視界から消えると、もうテオのことを思い出すことはできないのだ。
     胸の中いっぱいに広がるのは憎しみで、嫌悪で、苛立ちだ。だって、もうレナートが何をしてても悪態をついてしまう。誰も聞いちゃいない罵詈雑言は空を震わせることすらできない。小さい頃にあのゴミ溜めで味わった無力感以上の絶望だ。おれは何もできず、レナートからは離れられない。
     それでも今日はマシな方だ。レナートのつむじから目をそらせば、深い青色とぴょこぴょこと動くオレンジ頭がふたつ。ようやく落ち着き出したイグニスは、ようやくおれの遺品整理に手を付けられるようになったようだ。
     裏切り者の所持品だ。情報があってもおかしくないってのにここまで放置されていたのはレナートの方針だろうか。手が回ってないとしたら、その程度でリーダーを名乗る図々しさにイラつくし、おれに対するなにかしらの温情のようなものがあるとしたら、その思い上がりには逆に感心すらしてしまう。まぁ、手をつける気になったらなったで部屋を引っ掻き回されるのは普通にムカつくが。いや、もうおれの部屋ではないのだが、ムカつくのだ。からだがなくなってから、感情に振り回されている。霊ってのはみんなこうなのだろうか。だったら早くレナートには死んでほしい。アイツがなにに心を乱されるのか、その招待を冥土の土産にするのもいい。成仏の仕方なんて知らないが、おれはレナートに憑いているようだからコイツが死ぬときには解放されるだろう。
     考えて、ゾッとした。おれはコイツが死ぬ日までこのままか?
     冗談じゃない。とっととこのうざったい銀髪からはおさらばしたいのだ。霊になってよかったことなんて、ちょっと高いところからコイツを見下せることくらいか。いや、生前のおれだって、いつもコイツを見下して暮らしていた。
     ふよふよ、天井近くから見る俺の部屋は思ったよりも狭かった。バカどもの仕事が楽そうでなによりだ。そもそも、たいした私物などないのだ。書類なんて任されることのほうが珍しかったし、裏切りの証拠になりそうなものは全部燃やしている。思ったよりも、おれが生きた証明ってのは少なかった。
     酒、煙草、数着の私服。それっきりの人生。
     私服を引き取っていくテオが見えた。テオ、お前はもうデカくなんねえよ。絶対似合わないから、そんなもん捨てちまえ。瞬間、おれはフラットな気持ちになれるのに、酒瓶を取る白い指先が見えただけでダメだった。てめぇにやる酒はねえよ。支配される意識。テオを忘れるおれ。ああ、これだから怨霊というやつは。
     レナートは酒を飲む。普段は嗜む程度だが、飲もうと思えばいくらでも飲める。おれがなんとか弱みを握ろうと酒の席に誘って得られた、数少ないデータの一つ。別に知りたくもなかった情報だ。
     服はテオに。酒はレナートに。煙草はきっと、ゴミ箱に。だっておれ以外は煙草を吸わない。それなのに、レナートがまるで悪事を働くように、こっそりと煙草をポケットにねじ込んだ。
     たった一箱の煙草だ。残りの煙草は何食わぬ顔でいらないものを集めた箱に入れていくレナートの真意はまったくわからない。形見だとしたら、反吐が出る。お前に残すものなんてなにもない。お前が手にしていいおれのものなんて、何一つないんだ。
     片付けはよどみなく進む。おれだけが見ていた隠し事。手のひらに収まる、たった一箱の悪事。見つかったって怒られないような嗜好品の毒。どうせなら全部持って帰って、肺がんになって死ねばいいのに。



     レナートの部屋は思ってたよりもずっと狭い。エリートなんだから部屋は広いと思っていた。何度か足を運んで酒を飲んだこの部屋は、生前の記憶とは違って見える。
     ぼやり、間接照明が浮かび上がらせる死人のような青白い喉を通っていくおれの酒。勝手に飲んでんじゃねえとなんとか念を送ってみるが、なれない霊体ではテレパシーもポルターガイストも夢のまた夢だ。レナートは酒を飲む。もうちょっとありがたがってちまちま飲めよ。コイツ、今日中にからっぽにするつもりなんだろうか。
     整えられた指先はさっきからずっと煙草を弄っている。取り出して、くるくると回して、またしまって。もしかしてコイツ、吸いたくてもライターがないのかもしれない。バカなやつだ。きっとライターは死体になったおれがポケットにしまいこんでいた。火のつけられない煙草なぞ、飲めない酒より役に立たない。わかったらとっとと捨てろ。それかそのまま口に入れて死ね。
     レナートはデスクの引き出しをあける。すると、マッチが出てきた。なんで持ってんだよ。ムカつくな。レナートはマッチを灯す。おれはそれに念を送り、思い切り息を吹きかける。もちろん、消えるわけはない。
     思ったよりも流暢な手付きで火をつけられた煙草は、一瞬のためらいを経て薄い唇に触れた。そのまま、ぷかぷかと煙草をくわえて、ただ息をする。それは煙草を吸ってるって言わねえよ。もっと、肺をヤニで満たさないと。
     なにからなにまでなってない。そんなことをするくらいなら、生きてる間に煙草の吸い方でも教えてやればよかった。そんで、おれを懐かしんで煙草を吸って肺がんになって死ね。おれのことを想うこと自体が苛立ちの対象だが、それでお前の寿命が縮まるなら許してやるのに。
     半分も吸わないうちにレナートの唇から煙草が離れた。そのまま、おれ専用と化していた灰皿の上に、煙を吐き続ける燃えカスが横たわる。その余韻を酒で流し込むことをせずに、レナートが特徴的な声でつぶやいた。
    「懐かしい」
     おまえ、吸ったことないだろ。おれがふかしてた煙の感想かだろうか。でも、何かが違うように思えてしかたなかった。そのまま煙のように薄まって消えるはずの思考を、コイツの指先が心に取り残す。
     レナートの細い指先が、オレンジの光を受けて淡く光る唇に押し付けられる。ふせたまつげは揺れていなくて、それがまたオレの心を乱す。泣いてくれたらどんなにムカつくのか、どんなにスカッとするのか。どっちだっておれはコイツへの感情からは逃れられないんだ。ああ、怨霊なんていますぐやめたいのに。


     思い出している。唇の温度を知っている。くだらないゲームだ。後にも先にもあんなバカげたゲームはないっていう、そんなゲーム。酔っ払って、この高慢ちきのビビる顔を拝んでやろうと挑んだゲーム。
     詳細な記憶はない。どっちが言い出したのかも覚えてない。そもそも、こんなバカげたルールをどこで知ったと言うのだろう。
    『相手をときめかせたほうが勝ち』
     だなんて、バカげたルール。
     その日おれは酔っていて、レナートは上機嫌だった。おれが酔っているとき、レナートは上機嫌なことが多かった。バカにしやがって。だから、そのゲームについて苦言を呈する常識人はその場にいなかった。重ねていうが、どっちが言い出したのかなんて覚えていないんだけど。
     おれは負けたほうは勝ったやつの言うことを一つ聞く、だなんて甘言にのったんだ。レナートもきっとそうだろう。向かい合って、スタートとレナートが口にして、ゲームは始まった。
    『……レナート。愛してるよ』
     まず、目を見て一言。くゆらせた煙草のけむり越しに、ふたつの月がチラついている。覚えてる。あの野郎、めちゃくちゃ笑ってやがった。一通り笑ってからレナートは涼し気な目元でこちらを見た。
    『ミハイル……僕のものになれ』
     ときめくわけがない。というか、普通にムカついた。どちらかと言えば苛立ちをうまいこと隠しながら、それではダメだと告げる。
    『一生一緒にいてくれ。レナート』
     口にした。大嘘だ。現状、このままだと本当に一生の付き合いになりそうで、思い出すほどに笑えない。
    『ミハイル、もう君しか見えない』
     コイツ、なにげに重くないか?
    『レナート、お前は美しい』
     そういえば、見た目は嫌いじゃなかった。見た目だけは。
     レナートは言った。それは、心からの声に聞こえるくらい、流暢な嘘だった。
    『君は素敵だ、ミハイル』
     心臓がどきりと跳ねた。それはときめきなんかじゃなくて、征服欲に似ていた。あのエリートがおれを認めている。嘘の言葉だとわかっていたって、高揚が押さえられない。
     それでも、必死に隠した。おれは次の言葉を紡ぐ。その後、しばらく言葉の応酬があった。歯の浮くような安いセリフ。移動して隣に腰掛けた時点で距離なんてないに等しい。間接照明で蕩けた目。帯びた熱はアルコールのせいだ。それでも埒が明かない時点でやめたらよかったんだ。それなのに、レナートの指先がおれに触れた。
     白い指と、無骨な指が交わる。振りほどくことはしなかった。ほのかに染まった指がおれのそれに絡まって、手のひら同士が触れ合った。見つめ合う。ほどけた手を惜しむ間もなく、おれの意志に反しておれの手はレナートのほほに触れた。そのまま後頭部に登った手がさらさらとした髪を撫でる。じれったいから、髪飾りは外して床に放った。カラン、という硬質な音に触発されたみたいに、レナートの手がおれの太ももに乗った。
     見つめ合っていた。まるで、恋人のように。
     ふっ、と。本当にどちらかからなんてわからないくらい自然と唇が触れ合った。でも、舌を伸ばしたのはおれからだった気がする。きっと、酩酊していたのだ。舌で唇を舐めればレナートの手がおれの胸を押した。
    『……ミハイル、ときめいたか?』
    『お前は?』
    『まったく』
    『俺も全然だ』
    『……損したな。奪われ損だ』
    『こっちのセリフだ』
    『僕のが損だ。なんだか、お前の舌は苦い』
     なんだか、酔いも覚めてしまい。しばらく二人、無言で真顔だった。勝敗なんてどこにもなくて、おれは席に戻る気もなくしてそのまま部屋に帰ったんだっけ。


     あのときの舌の味を覚えていたんだろう。ヤニをたっぷりと吸った、あの煙草の味を。
     最悪のゲームだった。そう呟いたのと同時にレナートも同じセリフを呟いた。「最悪のゲームだった」
     ようやく意見があったようだな。口にしたって届かない。おれは怨霊だからきっと忘れられない。だから、コイツだけでも忘れてくれたらいいのに。それなのに、コイツは未だに鮮明であろう思い出をウイスキーと一緒に転がしながら唇を開く。
    「…………そういえばファーストキスだったな」
     初耳だ。だったらもう少し動揺してみせたらよかったんだ。思い出した味を流すように、レナートはウイスキーを飲み干した。
     おれをこの世に縛り付ける鎖は人の形をして、ベッドに入って布団を抱きしめる。お前はこうやって眠るんだな。ああ、そういえばおれたち、あんなゲームをやったって抱き合うことはしなかった。
     閉じた瞳の感情は見えない。ヤニで肺を満たすことなく、ただ煙だけを立ち上らせてコイツは眠る。
     なんか、やっぱりムカつくんだ。勝手に覚えてなんていないで、おれとの思い出なんてとっとと捨てろ。でもなけりゃ、おれとの思い出に縋って、ヤニで肺を満たして、さっさと死んじまえ。もう二度と煙を吸い込むことのできないおれは、ただそう願う。
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