選ぶならこっち 何か、選ばせてやりたかった。きっと、アイツも何かを選んだことがないと思ったから。
選ぶということが幸せなのかはわからなかったけど、それはきっと寂しいことではないから。
「いろんな種類のある食べ物?」
「ああ……俺はカップラーメンくらいしか思いつかなくて……」
事務所には年の近い人間が集まっていた。食べ物なら巻緒さんや咲さんが詳しいだろうと思って声をかけると、そばにいたHigh×Jokerのみんなが集まってきた。
「カップラーメンでは駄目なんですか?」
旬さんが不思議そうに訪ねてくる。「ラーメン、好きなイメージがありますけど」
「いや、好きなんだが……なるべくならラーメンは避けたい」
ラーメンは円城寺さんがアイツに振る舞う。俺もその場所にいる予定なのだ。カップラーメンはかぶってしまうし、円城寺さんのラーメンと比べたら見劣りするだろう。
形の残るものを渡したい気持ちもあったけど、アイツが喜ぶのは食べ物だろう。でも、ラーメンはダメだ。何がいいんだろう。俺は、アイツへの誕生日プレゼントを探していた。
何か一つ、ポンと選んで渡すよりもやりたいことがあった。俺は、いっぱいのわくわくするものを並べて、そのたくさんからアイツが好きなものを手にとって、得意げに笑うのを見たいと思っていた。なんなら用意した全部をあげたってよかったけど、アイツが俺にしてくれたみたいに、いろんなもののなかから気に入ったものを選ばせてやりたかった。
「とにかく、種類があるといい。できればうまいものがいいんだが……」
アイツは食えれば何でも食うと思うけど、味がわからないわけではない。それに、俺も一緒に食べるつもりだから、うまいに越したことはない。
「それなら絶対にケーキですよ!」
「いや、それならドーナツだな!」
「絶対こうなると思ったっす……」
四季さんがじとっとした目で二人を見やれば、二人はなんだかキョトンとしていた。
ケーキはいいかもしれない。アイツが持ってきた、数え切れないほどのケーキを思い出す。
でも、同じことをするのはどうだろうという気もする。それなら、ドーナツだろうか。でも、誕生日にケーキというのは、なんとなしによい気がする。
「……タケル……一人で……食べるの……?」
「あ、いや……人と食べる」
誰と、とは。なんだか言えなかった。
「じゃあじゃあ、見た目がパピっとかわいいと、ハッピーだねっ!」
「そうですね。会話も弾むと思います」
「それならやっぱりケーキですよ! カラフルで楽しいです!」
「いやいや! 見た目ならドーナツだろ! こっちもカラフルだし、なにより丸い!」
「ケーキだって切り分ける前は丸いです!」
「また始まったっすよぉ……」
やいのやいの。心地よい喧騒の中で思う。種類があるのは、やっぱり甘い物なのだろうか。
ケーキかドーナツか。
提示された選択肢に思考を割いていると、隼人さんと四季さんが同時に、思いついたように口にした。
「あ、回転寿司は? タケルともよく行くけど、いろいろ選べて楽しいじゃん。色とりどりだし」
「見た目はアレだけど焼き肉! お肉は種類いっぱいあるし、ワイワイ焼くのは楽しいっすよ!」
二人は同時にそう言うと、お互いを見て「確かに!」と口にした。
「見た目はケーキのほうが」
「見た目はドーナツのほうが」
「あ、いや……寿司か焼き肉のほうが喜ばれそうだ」
そう言えば、二人はあっさりと引き下がった。そういうところが、いいなって思う。
寿司と焼き肉。腹にたまりそうだし、うまい。これはいいだろう。アイツは甘い物も好きそうだけど、肉のほうが好きなイメージがあった。肉はよさそうだ。でも、
「……アイツに肉の区別がつくとは思えねぇな」
「…………アイツ……?」
「漣っちのことっすか?」
「……ああ! そう言えばレンってもうすぐ誕生日だもんな! プレゼント?」
「事務所のお祝いとは別に、という感じですか」
「個人的にお祝いするの、いいと思います!」
「二人って、やっぱり仲いいよねー!」
さっき、なんとなく言えなかったことが一瞬でバレた。隠していたわけじゃ、ないんだけど。
「いや、違う。違うんだ。仲は良くない。ただ一応、アイツが俺の誕生日を祝ったから、」
「え? れん、事務所のお祝いの時いなかったよな?」
「ちゃんとお祝いしてくれたんですねー」
「しかも、わざわざ事務所のお祝いとは別に!」
「漣っち、やっぱり優しいんすよね!」
なんだか、喋れば喋るほど泥沼にハマっていくような気がする。気の所為では、ないんだろう。
「では、二人で行くんですか?」
「え?」
二人。二人きり。改めて認識すると、それはとても奇妙なことのように思えた。なんでだろう。アイツと二人で飯を食うなんて、慣れてるはずなのに。一瞬思考がずれた頭に、四季さんの声が届く。
「そりゃそーっすよ。お礼のお祝いっすもん」
「……………………いや、みんなで行かないか?」
「え、いいの? せっかくだし二人っきりのほうが、」
「二人っきりになる意味がない」
アイツは俺と二人っきりで祝ってくれたことは、あえて考えないようにした。アイツと二人、対面で飯を食うのは、いつもと同じことだろう。だったら、みんながいたほうが特別感が出る。きっと、誕生日にふさわしい。そう、自分に言い聞かす。
「本当にいいの?」
「いい。むしろ来てくれ。頼む」
「タケルさん、こんなことで頭を下げないでくださいよ……」
「……じゃーみんなで行くっすよ!」
こうして、アイツの預かり知らぬところで、賑やかな誕生日パーティーが行われることが決定した。
「スシィ?」
アイツは寿司を知らなかった。魚が乗っている米だと伝えれば、なんだか奇妙なものを見たような顔をしていた。その顔を見て、俺の説明もあんまりだったと思い直した。
「これっすよ! 漣っちわかるはずっす!」
そう言って四季さんが端末に画像を表示してアイツに見せれば、アイツは「ああ、これか」と呟いた。見覚えはあるようだし、食べたこともあるはずだ。
ただ、打ち上げとかで寿司が出る機会があっても、誰もそれを寿司だなんてわざわざ説明したりしない。だから、アイツはこれを『寿司』だと知らないまま過ごしてきたんだろう。きっとアイツは当たり前に、名前の知らない食べ物を口にしている。
パーティは事務所から二駅ほど離れた回転寿司屋で行われた。都合があったのは四季さん、麗さん、隼人さん。咲さん。旬さんも予定は空いていたけれど、辞退された。
回転寿司はたまに訪れる。寿司が食いたいときに一人でふらりと行くし、事務所で恭二さんたちとゲームをやるようになってからは、みんなとゲーセン帰りにも寄るようになった。
一人で行くのにも便利だが、大人数で行くのに回転寿司は向いていると思う。みんなが自分のペースで食べられるし、俺はわりと量を食べる方だから、みんなにあわせず好きな量を食べられるのはありがたい。
六人でいろんな種類の寿司を食べた。アイツはたくさんの寿司を食べた。たくさんの種類の寿司の中から何を選ぶのかと思っていたら、なんだかんだでアイツは全種類の寿司を食べて、うどんも食べていた。アイツは贅沢に、何も選ぶこともなくすべてを手にしていた。
たくさん流れてくる寿司を見て、アイツはなんだか楽しそうに、物珍しそうにしていた。ハンバーグの寿司を手にとって、ちらりをこちらを見たあとに、ちらりと四季さんの方を見た。四季さんが見せた画像や、俺のした「魚が乗っている米」という説明に合致しなかったからだろう。
皿が積み重なってくるとアイツは積み上げた皿の高さで勝負だと言い出したから、皿をこの隙間に入れるとルーレットが始まることを教えてやった。アイツはそれを不思議な顔で見て、少し警戒しながらその暗闇に皿を入れた。しばらく映像が流れたあと、画面にハズレの文字が表示されたもんだから、アイツはムキになって何枚も皿を突っ込んでいった。
時間が立って、寿司を食べているのは俺とアイツだけになった。隼人さんはそれなりに量を食べていたが、俺たちはそれ以上に食べる。だけどメニューにはデザートも並んでいるしコーヒーなんかもあるから、それらを飲み食いしてのんびり待っていてもらうことができた。回転寿司は思った以上に大人数でワイワイやるのに向いている。食べる速度が違っても、食べ終わるタイミングが違ってもなんとかなる。回転寿司にしてよかったな、と思う。
アイツは何皿もハマチを食べてはルーレットを回す。それならと皿をやろうとしたら、チビの皿はいらねぇと突っぱねられる。意固地なやつだ。それなら、と、俺は俺でルーレットを回したら、こういうときに限ってアタリが出るから俺はどんな顔をしていいかわからない。アイツは何やらぽかん、とこちらを見たあとに、無言で皿をひょいひょいとレーンから取った。四季さんがそれを見て笑っていて、アイツに肩を小突かれていた。当たったガチャポンからは寿司のミニチュアが出てきた。
「回転寿司とは、楽しいものなのだな」
メロンソーダを飲みながら麗さんが言う。そうだな、と思う。
「ケーキもあるしね! ロール、来れたらよかったんだけど」
「ドーナツもあったら、ハルナっちが喜びそうっすね」
「そしたらハルナ、お寿司食べなくなっちゃうよ……」
来られなかった人のことを話しながら、俺はエビをレーンから取った。四季さんがケーキを食べながら、笑う。「きっと、みーんながいるからこんなに楽しいんすね!」麗さんが、アイツ以外のみんながそれに同意した。
なだらかな時間の中で、アイツはもくもくとハマチを食べる。きっと気に入ったんだな、って思う。たくさんから、いっぱいから、アイツは選んだのは、ハマチ。口にも顔にも出さなかったけど、なんだか世紀の大発見をした気分だった。
そろそろ出るか、と口にした時、アイツはまだアタリを引いていなかった。俺は、また今度やればいいだろ、って言えなかった。
でも、四季さんはあっさりと口にする。
「また今度来たときにやればいいっすよ!」
アイツの『また今度』に、俺の姿はあるんだろうか。少しだけ考えた思考の隙間、その空白。誰の声かも忘れた言葉が響く。
「今度は、みんなで!」
何か選ばせてやりたかった。きっと、アイツも何かを選んだことがないと思ったから。
違う。俺が、アイツは何を選ぶのか知りたかったんだ。俺が、アイツの好きなものを知りたかったんだ。
事務所に戻ったらアイツはのんきに眠り始めたから、俺はゲームをしながらアイツが起きるのを待っていた。
夕飯の時間になったら思ったとおり、アイツが目を覚ましたから二人で男道ラーメンに行った。昼、やらなかった勝負をした。あんなに寿司を食ったのに、俺もアイツも腹が減っていた。
男道ラーメンを出ると、空が暗くなりはじめていた。日が伸びた気がしていたのに、沈むときはあっさりと沈む太陽。その光に裏切られるように、空気はひやりとしていた。
「家に来い」
分かれ道、公園の方に歩き出したアイツに投げかけた。自惚れがあった。きっと、アイツもそれを望んでいると。
「……なんでだよ」
「オマエの誕生日だから」
「今日は別に誕生日じゃねぇよ」
「寝てる間に誕生日になるだろ」
そう言えば、アイツは踵を返して俺と一緒に家まで歩く。名前のわからない羽虫が、アイツの頭上を飛んでいる。
「……ケーキ、買ったから」
「あぁ?」
「誕生日ケーキ。二つ。俺と、オマエの」
たった二つのケーキ。俺はオマエとこれを分け合いたかったんだと、その瞬間に初めて気がついた。
「ケーキ、チョコとイチゴがあるから。好きな方、選んでいい」
俺の誕生日にあれだけのケーキを用意したアイツは、たった二つのケーキを少ないとは言わなかった。代わりに、子供のように口にした。
「……オレ様が二つとも食う」
オマエ、そういうとこだぞ。思ったけど、言わなくてもいいと思った。本当は好きな方を選んでほしかったし、俺はその余りでいいやって思ってたのに。そうやってケーキを分け合いたかったけど、ケーキを二つあげたっていいと思った。だって、明日はアイツの誕生日だから。
だから、このままアイツが何も言わなかったら、ケーキを二つともやるつもりだった。でも、アイツはもう一度口を開いた。
「……いちご」
「え?」
「いちごのほうよこせ」
「……そうか、わかった」
俺たちは夜の道を歩く。名前のわからない、夜と5月の匂いがする。
コンビニで飲み物を買った。麦茶か玄米茶か烏龍茶か。選べと言ったら、茶は茶だろ、と言われた。アイツには、何も知らずに口にしているものがいくつもある。
知ったことがある。夜道の街灯が伸ばす、俺たちの影を見て噛みしめる。
たんなる気まぐれかもしれないけど。コイツは寿司だとハマチが好き。コイツは、チョコよりイチゴが好き。
誕生日なのは俺じゃないのに、なんだか気分がよかった。ケーキを差し出す前に、日付が変わる前に、なんだか幸せに近い気持ちで口にする。
「誕生日、おめでとう」
俺は、きっとコイツの誕生日におめでとうって言うんだろうな。
思っていたことは、その通りになった。少しだけフライングをしたけれど、日付が変わったらもう一回言えばいい。
「……まだ誕生日じゃねーよ」
バァーカ。コイツがいたたまれないような顔をして言う。それを見て、俺はますます愉快になる。
きっとコイツは上機嫌を通り越すとこんな顔をするんだろうな、って思ったから。