友達「A-30」
呼び声は二度、三度と続いたが声をかけられている青年は下を向いたまま反応がない。
呼びかけていた(こちらはお世辞にも青年とは言いがたい)少年はつまらなさそうに目を細め、青年へと近づいた。
少年が無遠慮に青年の肩を掴めば、その手は思い切り引かれ背中から地面に叩き付けられた。空いた手で拳銃を構える青年を少年は相変わらずつまらなそうに見上げている。
「……なんだ、C-13。上のお人形さんかよ」
人を地面に押さえつけた人間とは思えないほど不遜な態度でA-30と呼ばれていた青年は少年を解放した。少年は一貫してつまらなさそうな態度で、青年に対して口を開く。
「珍シい。反応が鈍い」
「ああ?うっせ」
「ファングと呼んだ方がよかったか?」
それは青年にとって触れられたくない事実のようだった。その言葉を聞いた青年の機嫌が露骨に悪くなる。
事実、青年がコードネームに反応できなかったのは、スリーマンセルで行った長期の任務で『ファング』と言う通称に慣れ親しみすぎたからだった。
「笑いたきゃ笑え」
「笑うつもりはない」
「だいたい、何しに、」
「ここなら、一人で考え事ができると思ったから」
そう言って少年が見渡したのは、組織の中でも管理の行き届いていない倉庫だった。静かで埃っぽいこの場所は青年のお気に入りだった。青年は主に昼寝をするときや一人になりたいとき、殺しをして、その殺しが何か違うと感じたときにここに来ていた。
「わたシはもうじき完成する。今はちシきを得るフェーズだとA-4が言っていた。興味を持て、と。だから、興味深い。お前達が付け合っている名前も、その意味も」
「ふーん……」
「どんな気分なんだ?」
まっすぐにのぞき込む少年の瞳は、先程とは違い退屈に沈んではいない。年相応の瞳を見た青年は舌打ちでもしたい気持ちになった。
「つけてやろーか」
「何を?」
「名前」
さも、名案を思いついたとでも言いたげに青年が笑う。
「 」
青年が口にした名前を聞いた少年は、一言そうか、と口にした。
それから何度か青年はその名前を呼んだ。
示し合わせたわけではない。ただ両の手では足りないほど、二人はこの埃っぽい倉庫で出会い、何気ない話をした。少年には名前ができた。その名を呼ぶ人間がいた。少年もまた、この倉庫の中でだけ青年を『ファング』と呼んだ。少年は、そしておそらくは青年も知ることはなかったが、それは友達と呼んでも差し支えない関係だった。
少年が初めて笑った日を最後に、少年がこの倉庫にくることはなくなった。
青年は、死神と呼ばれている男の最高傑作の噂を聞いた。
「 」
ファングが大声で少年の名前を叫ぶ。組織から与えられた名ではない、二人だけの呼び名を。
名前を呼ばれた少年は、あの時のようなつまらなさそうな目で青年を見ていた。
「わたシの名前は、C-13だ」
「……バカ野郎が」
「サヨナラだ。A-30」
あの日確かに交わした心はもうここにはなく、二人はもうあの時のように互いの名前を呼び合うことはない。
穏やかだった、あの束の間の時間を共有していた二人には戻れないと、お互いが充分すぎるほどに理解していた。