黒野玄武は嘘を吐く 黒野玄武は嘘を吐く。
極稀に、意味のない嘘を。
朱雀はと言えば玄武の言動、その一つ一つを全面的に信用しているため、騙される。それはもう簡単に。
玄武は吐いた嘘をその場で撤回するため害はないが、もしも玄武がその嘘を黙っていたら、きっと困る。だが、朱雀は玄武を疑わない。
まだ、冬ではない。でも、冬のように寒い。朱雀はこの季節の名前を知らない。秋と呼ぶには冷たすぎる。でも、暦の上では冬でもない。名も知らぬ季節の風に晒されながら、玄武ならこの季節の名前を知っているのだろう、と思う。名前も知らない存在が、朱雀にはたくさんある。
「布団、まくるなよ」
「ああ」
朱雀の忠告を玄武はそのままに受け入れる。だから朱雀はいつも理由を言い逃がす。こたつの中ににゃこがいるから。理由が宙ぶらりんのまま、二人はコタツで暖をとる。
じわりと広がる温度に目的を忘れかけるが、玄武の広げる文具の音で朱雀は我に返る。宿題、宿題をやらねば。
示し合わせたわけではないが、お互いに無言を選んだ。図書館のような静寂。こたつのぶーん、という音。淀みなく流れる文具の音と、勢いよく動き、すぐに止まり、また動きだす、ひとつだけ賑やかな音。
音の合間、戯れに足が合わさった。色も艶もない、単純な衝突。
戯れの延長に足を伸ばしたのは朱雀だった。玄武の足の甲に乗せるようにかかとを押し出す。玄武が応じる。目は合わせずに言葉は交わさずに、戯れは続く。
「コタツで足が触れあえる距離ってのは、相手に許せるって心理のあわられらしい」
唐突に、玄武が呟く。
「許せるってなにがだ?」
「性交」
せいこう。唐突に出てきた単語と意味が繋がらなかったらしい。朱雀が素っ頓狂な声をあげた。
「なに?」
「性交。セックスのことだな」
直接的な単語で表現されて、ようやく意味を理解した朱雀が飛び退く。膝をしたたかにコタツの天板にぶつけたが、痛みよりは驚きが勝った。
「どうした」
「いや、だって、おまえ」
セックスって。
どういう意図で言ったのか、聞いてはいけない、気がする。でも聞いてみたい。朱雀は思う。自分は玄武にどこまでを許せるのか。玄武は、自分とそうなっても受け入れるのか。だって、なぁ。どういうつもりでこんなことを言い出したんだろう。
ぐるぐると思考が回る。笑いもしないで玄武が告げる。
「嘘だぜ」
嘘。ああ、よかった。いつもの嘘だった。
黒野玄武は嘘を吐く。
今日のこれも、また益体のない嘘だった。
それでも一度ざわついた心はささくれたままで、なで下ろそうとしたした胸が熱い。
苦し紛れに思い切り足を蹴りつけてやれば、巻き込まれたにゃこが思い切り玄武の側の布団から出てきた。宙ぶらりんの理由が顔を出して、玄武がいつものようにくしゃみをする。そうして二人は顔を見合わせて笑い、何事もなかったかのように勉学へと戻っていった。