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    85_yako_p

    カプ入り乱れの雑多です。
    昔の話は解釈違いも記念にあげてます。
    作品全部に捏造があると思ってください。

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    月がきれいですね系の想楽雨(2021/11/1)

    ##想雨

    いつかあなたと海岸で 月がきれいですねってやつ、たぶん伝わると思うんだ。雨彦さん、僕はね、あなたを愛しているんだ、って。
     それでも例えば僕が雨彦さんの家に行って、ベランダから見える位置で電話を鳴らしてちょっと月を見ませんかなんて言う日はたぶんこない。きてたまるか、くらいの心境だ。雨彦さんがどう反応するかは何パターンもイメージが浮かぶけど、必ずそこには僕の若さってやつが浮き彫りになってしまうのは目に見えていて、それは僕の望むところではない。
     メッセージはどうだろう。ねぇ雨彦さん、月を見て。雨彦さんがどう捉えるかはまだわからないけど、その表情が見えないのはちょっと、いや、かなり惜しい。照れるにせよ、笑うにせよ、それは一回きりの表情だと思うから。
     それでもチャンスというのはやってくる。今日は満月で、僕らが明日のために泊まり込んでいるホテルでは隣の部屋に雨彦さんがいた。ビジネスライクが売りな僕たちはとうに解散して各々が好き勝手にすごしている。そういう夜だ。
     月がきれいだった。それだけの理由で雨彦さんへ続く扉をノックするなんて、これも若さだったんだと思う。それでも雨彦さんの家まで行って終電を逃してまで月を見るのに比べたらどうってことない。僕が終電を逃したら雨彦さんは家にあげてくれるんだろうか、だなんて、空白の時間にどうでもいいことを考える。
     寝ちゃったかな。そう考えた瞬間にドアが開いた。備え付けの作務衣を着て髪を下ろした雨彦さんってのはなんとも新鮮で、同時に外に出るには着替えなきゃいけないことを思い出す。
    「どうした、北村」
     雨彦さんの表情は読めない。僕が月を見に誘っても、人を殺したから埋めるのを手伝ってくれと頼んでも、雨彦さんはなんにも変わらないんじゃないかって思う。それでも僕は人殺しなんてやましいことはしていないから、目的はスムーズに口に出来た。
    「月明かり、仕事ついでに道すがら。ねぇ、月を見に行かない?」
    「お前さんひとりかい?」
    「ふたりっきりになれたらいいなって、思っているよー」
     それなりにダイレクトな言葉で意味は通じたんだと思う。雨彦さんは着替えるから待っていろと言って部屋に引っ込んだ。僕はと言えば雨彦さんと全く一緒の作務衣姿だったものだから、急いで着替えて雨彦さんを待った。
     待たせたな、と笑いもせずに雨彦さんは言う。髪は下ろしっぱなしで少しだけ幼く見える。それでも彼は僕よりもうんと大人で、酷く狡い。


     たとえば海沿いのホテルだったらよかったんだけど、あいにくここはアクセスの良いビジネスホテルだ。少し歩けば街灯に当たる。月明かりは霞むことなくきれいだったけど、余分な視覚情報が多い。
     下手をすれば昼間の太陽よりも明るいコンビニの呼び声に逆らわず、僕と雨彦さんは飲み物を買った。雨彦さんがコーラを買うから僕も釣られてコーラを買う。喉を通る炭酸は甘ったるくて、妙に刺激的だった。
     少しだけ明日の仕事の話をした。でも、早く戻って寝なければとはお互いに言わなかった。そういう時、僕は自惚れる。僕が雨彦さんを好きなほどは、雨彦さんは僕のことを好きじゃない。でも、例えばクリスさんと僕のどちらかと付き合わないと死ぬって言われたら、雨彦さんは死にもしないしクリスさんとも付き合わないって、そう思う。
    「ねぇ、見てー」
     月がきれいですね。口にはできなかった。ねぇ、僕はあなたを愛しています。なら、雨彦さんは僕のことをどう思ってるのかな。
    「今日の月はさ、きれいだと思いませんか?」
     雨彦さんに敬語なんて、なんだか慣れなくて喉の奥がムズムズした。でも、月がきれいですねっていうのが定型文みたいなものだから、意図を伝えるにはこう口にするしかない。
     別に、ただ月がきれいな夜だった。だから、きれいだと言われたって、それは僕の自惚れにすぎないんだけど。
     でもね、聞いてみたいじゃない。
    「ああ。月が、きれいですね」
     雨彦さんが僕に敬語を使ってる。定型文通りの愛してる。ねぇ、若さってことにして自惚れてもいいかな。僕は雨彦さんよりも十歳以上年下なんだから、いくら雨彦さんが悪い大人だからって、僕が間違えていたら叱ってくれないと、いやだよ。
    「……僕も、きれいだと思います」
     伝わったかどうかなんて答え合わせはなくて、お互いの認識だけが月にぶらさがっている。狡い大人と臆病な子供はそれ以上を口に出来なかったけど、双方普段よりは言葉を素直に交わしたほうだと思う。
     慣れない敬語を取っ払って雨彦さんがもう戻るかと問い掛けてくるから、あと少しだけ、と僕は彼の指先を捕らえた。月を見る雨彦さんの横顔は月明かりではなく街灯に照らされていて、ああ、夜の海にふたりで行きたいなって強く願った。
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