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    85_yako_p

    カプ入り乱れの雑多です。
    昔の話は解釈違いも記念にあげてます。
    作品全部に捏造があると思ってください。

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    鋭百。目隠し鬼をする二人。(2021/11/18)

    ##鋭百

    夜に遊ぶ、名前を呼ぶ。「百々人」
     そう恋人を呼ぶ、自分の声が好きだった。
     百々人がそれを聞いて振り返り、笑う。そういった化学反応にも近い絶対を他人に求めても裏切られることのないという慢心に近いものがあったのだと思う。
     言葉に灯る熱は時間帯で温度を変える。いや、太陽が塗り替えるのだろうか。陽光の届かない真夜中のシアタールームで百々人を呼ぶ声は、自分でも驚くほどに色に濡れていて、滑稽だ。
    「なぁに? マユミくん」
     満遍なく広がった夜の、ざらざらとしたスクリーン越しに見る百々人は楽しそうだ。ソファーで隣り合っていた距離をめいっぱいに詰めて、百々人は当たり前みたいに俺の肩に頬をよせて吐息だけで笑う。そうすると俺はどうしようもなく愛おしくなってしまい、いつも百々人にキスをしていいかを問い掛けてしまう。数秒の沈黙が俺たちの作法だ。百々人から与えられるものは肯定ではなく否定だけだから、なにも与えられなかったら俺は好きにするしかない。頬に触れ、薄暗い部屋で色彩を失った唇を舌で舐めれば百々人は口を少し開いて応じるように目を伏せた。ぱくりと呼吸を飲み込んで、そのまま背中を支えてソファーに押し倒す。俺たちはお互いに手探りで貪り合ったせいで、キスだけは大人の味を覚えてしまった。舌を割り入れて、内側に入り込み、百々人の目尻に涙が浮かぶような箇所を執拗に辿る。抵抗なのだろうか、奉仕なのだろうか──百々人が絡めてきた舌を甘噛みして、快楽から少しだけ目をそらすようにしてただ二人で息をしていた。
     ごく、と百々人の喉が動いた気がした。きっと俺を構成していた物が、少しだけ飲み込まれた。唇を離せば名残惜しそうに唾液が糸を引いた。一度、納豆みたいだと言ったら百々人は笑いながら怒っていたので金輪際言わないと決めているのだが、三回に一回くらい俺は納豆を思い出してしまう。くだらないが、逆でなくて良かった。納豆を食べるたびに百々人との口付けを思い出していたら、毎朝の食事は洋食しか食べられなくなってしまう。
    「……百々人」
     声が、甘く、深くなっていく。自分の声のはずなのに、妙にぞわぞわとした。
     自然と組み敷くような体勢で見下ろしていた百々人が笑う。屈託なく、秘めやかに笑う。百々人の膝が俺の中心を押して、その欲を自覚させた。
    「ねぇ、僕らはいつ、どうにかなっちゃうんだろうね」
     それは催促や誘いにしてはあまりにも無邪気だった。こうなると、俺はためらう。俺は二人で少しずつ階段を上がっていきたいのに、百々人の言葉は落下に似ているのだ。踏み外す、というイメージが舌の裏にべったりと張り付いて、離れない。
    「……望むなら、いつでも」
     体勢を整えながら百々人を抱き起こす。ふにゃりと力が抜けたからだは女を抱いたことのない俺からしたら十分すぎるほど柔らかくて、じくじくと熱を持った中心が収まらない。
    「……マユミくんの、抜いてあげよっか?」
     こともなげに百々人は危うげな提案をする。それに対して俺は、返事を避けて問い返す。
    「いや……百々人は大丈夫なのか?」
    「んー? 僕は収まりそう」
    「そうか……」
     平然ではいられないのは俺だけのようで、なんだか恥ずかしいような、情けないような、腹立たしいような気持ちになる。最後の気持ちはお門違いだとわかっていても、自分だけが興奮していて恋人が平然としていたら、やはり多少は思うところがあっても仕方ないだろう。
     思案で熱が落ち着いていく。俺もどうにか静まりそうだ。少なくとも、いまは。
     こうやって、大人の階段を上れず──あるいは踏み外せずに、宙ぶらりんで俺たちは夜に沈んで行くのがお決まりだった。百々人はどうにかなってしまいたいとは言うがどうにかする気はないようで、俺は自分でも驚くほど停滞から逃れられない。
    「トイレ行ってきたら?」
     あっけらかんと自慰を勧められれば俺だって恥ずかしい。大丈夫だと己に言い聞かすついでに口にすれば、百々人はそれきり興味が失せたように笑う。
    「マユミくん、したいことないの? 僕としたいこと」
     狡い。どうにかする気は無いくせに、どうにかなってしまうことを望むような危うい言葉を口にする。
     ない、とは言わない。でも、あると言っても伝わらないだろう。それはまだ早いのではないかという予感がある。きっと俺は百々人が無邪気に差し出してくるものでは足りそうにないから、この自覚のない生き物を皿の上に乗せるのをためらっているのだ。
     きっと食らい尽くしてしまうという、確信にも似た恐れがある。だから俺はヘンゼルを閉じ込めた魔女のように、愛を食わせて、体温をわけて、俺が食べきれないほど百々人が満たされるまで食事の時を待つ。我慢の効かない魔女とは違い、俺はいつまででも待てる。
    「百々人はないのか」
    「なにが?」
    「俺と、したいことだ」
     俺は、俺のワガママをこのふわふわとした生き物にぶつけるのがこわいのかもしれない。
     代わりに百々人のワガママはいくらでも聞いてやりたい。そうするだけの価値をあると、知ってほしかった。伝え方はきっと間違っている。でも、そういう手っ取り早い手段は魅力的だ。
    「……どんなことでもいいの?」
    「俺にできることならな」
     意識して、その柔らかな髪に触れた。欲ではなく、慈しみを与えるように。そうやって、自分自身をごまかすように。
    「……じゃあ、僕はマユミくんと遊びたいな。ふたりっきりで。いますぐ」
    「いますぐ……?」
    「うん。いいかな?」
     できることなら、と返事をした。この映し出すだけの部屋で、何も持たない俺たちに何が出来るんだろう。
     百々人は笑う。力仕事だよって言って、怒られちゃうかもって嘯いて、笑う。
    「じゃあ、家具を全部すみっこに移動させよう。……いい?」
    「……ん? ああ」
     怒られるかは知らないが、元に戻せば問題はないだろう。しかし、意図が見えない。
     それでも二の句を待った。緩慢な動作で全ての家具を端に避け終えたとき、百々人が楽しそうに言った。
    「目隠し鬼をしよう。僕とマユミくんの、二人で」

    ***

     僕が鬼ね。
     百々人はそう告げて、カバンからスポーツタオルを取り出して俺に手渡してきた。状況を飲み込もうとする俺に背を向けて、無防備なうなじを晒してそっと促してくる。
    「目、塞いで」
    「あ、ああ……」
     他人の目を塞ぐ機会などそうそうない。ましてや、百々人の視界を閉ざすなんて。なんだか罪悪感があった。そして、少しの興奮があった。
     目元を覆い、タオルを結ぶ。拘束が終わると百々人は口元に笑みを浮かべてくるくるとまわりだす。
    「ほら、マユミくん」
     そういえば明かりをつけるのを忘れていた。ぼんやりとした間接照明が、感覚をひとつ閉ざされた鬼をうっそりと照らしている。
    「逃げて」
     柔らかで冷たい声だった。秋の神社の、森と社の境界に座り込むような、そういう物悲しさがあった。
     離れがたかったが距離をとる。くるくるとまわっていたものだから、百々人は俺に背を向けていた。
    「……百々人、どうすれば」
    「そっちにいるの? マユミくん」
     くる、と百々人はこちらを──こちらよりも、少し右を見る。きっと、これでは俺まで辿り着けないだろう。
    「ねぇ、呼んで?」
     手で空を切りながら、百々人は一歩を踏み出した。窓ガラスが割れるように、俺はルールを思い出す。手を叩いて、名前を呼んだ。
    「こっちだ、百々人」
     俺は捕まるために声を出す。それに従って百々人は足を踏み出した。何も見えていないとは思えないほど、こちらが不安になるほど躊躇なく歩を進める百々人を見ていると、歩くことを覚えたばかりの赤子を見ているようで、ヒヤヒヤして、息が詰まった。
    「……マユミくん?」
     足を止め、俺の名前を呼ぶ。まるで、俺しか寄る辺がないかのように。
    「……百々人、こっちだ。もう少し、右に」
     違う。いま、確かに、百々人には俺しかいないのだ。あんな片手で解けるような拘束も解かず、俺を信じ切って声を待っている。
     嬉しい、のだろうか。いや、俺はきっと怖い。百々人が無条件に俺を信じていること、そして、それに満たされそうな自分のあさましさが、怖い。
    「マユミくん」
    「百々人」
     緊張で声がうわずりそうになる。こんな声で百々人を呼んだ事なんてない。聞き慣れない自分の声が、耳の内側を引っ掻いていく。
    「……マユミくん」
     百々人が宙に手を伸ばす。どくりと心臓が跳ねた。百々人はいま、必死に自分を求めている。そういうまやかしめいた錯覚が俺の心を薄暗く満たして、恐怖とない交ぜになった愉悦が肺いっぱいに広がっていく。
     いますぐに駆け出して抱きしめたかった。だが、それはとんでもない裏切りだと理解していた。足は縫い付けられたように動かない。鬼から逃げることもせず、ただ縋るように名前を呼んだ。
    「百々人」
     ふらりと方角が定まった。
     俺の数歩先に百々人がいる。
    「そのまま、まっすぐだ」
     その言葉を聞いた瞬間、百々人は駆け出した。俺のほうに、まっすぐに。
     あっという間に詰められた距離に驚きつつ、どこに俺がいるかなんてわかっていない百々人を抱きとめた。俺に抱きしめられて動きを止めた百々人は一言、捕まっちゃったと笑う。
    「……捕まったのは俺だろう。鬼は百々人だ」
    「あ、そっかぁ。ふふ、面白かった」
     百々人は目隠しを取ろうとしない。俺は百々人を抱きしめたままで、その拘束を解いてやれない。
    「面白かった。本当に……さっきね、僕、マユミくんを信じるしかなかったんだよ」
     キミしかいなかった。当たり前の認識が百々人の口から紡がれるだけで、それは容易く意識を焼いて心臓を焦がした。
    「こわいのに、楽しかった。……甘えるって、こういう感じなのかな?」
     わからないけど。そう笑いながらぎゅっと抱きしめ返されて、俺はもう身動きがとれない。
    「あとね……気分がよかったよ。そういう遊びだからだけどさ、マユミくんが何回も僕を呼んでるの、なんか、よかった」
     布に覆われた百々人の瞳は見ることが出来なかった。感情を読み取ろうと見つめた唇が弧を描く。
    「……必要とされてるみたいだった」
    「……いつだって、お前は必要だ」
     いい加減、目隠しを解いてやりたい。それなのに、それを阻むように百々人は俺の手を取り、指を絡めて遊んでいる。
    「百々人」
     口から出た声は平坦だった。うわずってもいない。甘くもない。ただ、俺の好きな俺の声じゃない。
    「なぁに?」
     百々人の声は甘ったるかった。香るはずのないアルコールのイメージが鼻孔を掠めていく。大人向けの、洋酒がたっぷりと使われた洋菓子のような、甘い香りが意識を漂って惑わせる。
    「俺は……少し怖かった」
     なにが、とは言わなかった。この感情だけを伝えてあとは不確かなものになってしまえばどれほど楽なのかと不誠実なことを考えた。それなのに百々人はなんの感慨もなく息を吐く。
    「……僕に信頼されるのが?」
     心臓を掴むような質問だ。それなのに、俺は驚くほど冷静に返す。
    「少し違う。きっと誰からでも、無条件の信頼を向けられたら俺は恐怖する」
     信頼には応えたい。先輩として、生徒会長として、眉見の二世として、孫として。それは関係性に依存する信頼で、俺が果たすべき義務だ。
     でも今の俺たちは違う。無力な鬼になった百々人と逃げる俺。その関係性はあまりにも幼稚で拙く実体がない。その信頼に返せるものを、俺はこの声しか持っていなかった。
    「……そして、百々人が俺だけを求めていると錯覚した自分が怖かった」
     あの瞬間、確かに百々人は俺だけの存在だった。自分が百々人の世界全てになったような錯覚で、ため息が出るほど満たされた自分自身が怖かった。
     白状した。だから、もう終わりのつもりで指を解く。名残惜しそうに、体温がふわりとはぐれていく。
     瞳が見たい。タオルを外そうと持ち上げた手首を──思い切り、掴まれた。
    「本当に、無条件の信頼だと、思った?」
     力なら俺の方が強い。でも、その手を振り払うことはできなかった。
     百々人の目を見ることができないから視線が定まらない。表情の半分を隠された目の前の男は、誘うように蠱惑的な声を出す。
    「マユミくんならね、僕になにをしてもいいよ」
     どうにかなっちゃったっていいんだ。口癖のような破滅願望だ。
     狡い。どうなったっていいと言いながら、踏み外す最初の一歩は俺に委ねられている。なにもできない俺に、百々人は言う。 
    「ねぇ、どっちだと思う?」
     悪い人間だと思った。無邪気な子供のような悪徳だった。サンタの正体をぶちまけるように、歌うように百々人は笑う。
    「マユミくんは僕に酷いことしないんだって、信じてるんだと思う?」
     楽しそうな声に、ふと気がつく。無条件の信頼は──理想の押しつけでもあるんだろう。あなたは私を裏切らないという、祈りにも似た呪いなんだ。
     パッと、掴まれていた手が離された。百々人の手は彷徨って、手探りで俺の頬へと辿り着く。
    「それとも、マユミくんにならなにをされてもいいと思ってるって言ったら……こっちを信じる?」
     祈りを紡いだ唇を歪めて囁く様は、ひどく官能的で目眩がした。
     百々人の指先がゆるゆると降りてきて俺の唇に触れる。そのままふにふにと唇を弄んでいるものだから、酩酊に従ってぱくりと甘噛みしてやった。
    「……もっと強くていいよ」
     瞬間、繊細なその指先が俺の歯に思い切り押し当てられる。突然の自傷行為に慌てて口をひらいたが、数拍後にはうっすらと血の味がした。
    「血が出たっていいんだ」
     冷たく、ほのかに震えた声だ。「教えてあげる」と空っぽの声が聞こえたから、思わず俺は言葉をこぼす。
    「百々人、俺は」
    「僕はね、マユミくん……なんにもできないけど、なにをされてもいいんだよ」
     そういってこちらを見る百々人の目は覆い隠されていて、感情の見えないマネキンを想起させた。
     魔法を解くように目隠しを暴いていく。花嫁のヴェールをあげるように布を払えば、諦めたように笑う百々人がそこにいた。
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