ケチャップで絵を描く 僕はオムライスが嫌い。
赤いマニキュアを見た。なんだか、ケチャップによく似ていた。
撮影の余り物らしいそのマニキュアをもらっていったのはワカザトくんだった。別の人がもらっていくかと思ったけど、そういうのは言わなかった。言う前に、彼はぴぃちゃんに笑いながら口にしていた。お母さんに塗ってあげるんだ、って。
ワカザトくんのお母さんは最近、赤い髪飾りを買ったらしい。だからきっと赤いマニキュアが似合うって、ワカザトくんはそう言っていた。ふと思う。僕のお母さんの爪は何色をしていたんだろう。
爪の色が思い出せない。もっと言うと、髪に何を飾っていたかも思い出せない。最近はもう顔を合わせることもないし、そう言えば一年くらい前から僕はまともに彼女の顔が見られなかったんだから当たり前だ。察知していたのは顔色だけで、それくらいがわかればあとは気にする余裕なんてなかったからどうしようもない。
薄情だと思う。でも、じゃあ、お母さんはどれくらい僕のことを覚えているんだろう。僕は、いつもひよこの絵を描いていたオムライスを思い出す。
『大好きなオムライス食べて、また頑張ろうね。百々人』
お母さんはよくオムライスを作ってくれた。一番になれなかった僕を励まして、これを食べて頑張ろうねって。だって僕はオムライスが大好きだったから。僕はオムライスが大好きだって、お母さんはずっと思い込んでいたんだから。
僕がオムライスを好きだったのは小学校高学年くらいまでだった。中学に上がる頃には、豚の生姜焼きのほうが好きだった。でも僕はそれが言えなかったし、お母さんがそうと気がつくことは最後までなかった。勘違いを正す前に僕たちは『さようなら』をした。だから僕が何を考えてオムライスを食べていたのかだなんて、もうあの人は知ることがない。
僕のためにニンジンを抜いたチキンライスを食べながらぼんやりと思ってた。僕はもうニンジンが食べられるのに、って。
僕がいつもひよこを描くたびに褒めてくれる声を聞いてぼんやりと思ってた。僕はもうそんなに子供じゃないよ、って。
それでも言えなかったから、僕は失敗するたびにいつもオムライスを食べた。半熟のとろとろとしたたまごに、いつだってひよこの絵を描いた。だからいまの僕はオムライスが嫌いだった。でもお母さんはもう、それを知ることすらないんだろう。あの人の中では僕は一生オムライスが好きな出来損ないだ。あの人はあと何年、オムライスを作るたびに僕を思い出すんだろう。
数日後のどうでもいい日、アマミネくんがたくさんのおかきを持ってきた。
「婆ちゃん、俺が小さい頃おかきが好きだったからっていつも買ってくるんですよね……」
わかる、って僕は返事をした。マユミくんも頷いた。
「俺の家もそうだな。……祖父母や両親は聡明な人間だが、俺が子供の頃に好きだったものは今も好きだと思い込んでいる」
アマミネくんもマユミくんもそう言っているからやっぱりどこの家もそうなんだろう。違いはその思い込みを解くチャンスが今もあるかないかだけだと思っていたら、思考を読んだようにアマミネくんが口にする。
「きっと、一生思い込んでますよ」
アマミネくんが言うならそうなんだろう。彼は天才で生きる理由があっておばあちゃんと暮らしているけど、僕と同じで一生勘違いは正されないらしい。
だったらいいかなって思う。僕はずっとオムライスが好きだし、アマミネくんは一生おかきが大好き。僕なんかとおそろいなアマミネくんは、ずいぶん憐れでなんだか笑えた。