本末転倒 友情とはどのようにして育まれるのか。
人間はコピーアンドペーストで増殖したわけではないのだから、そんなものは『人それぞれ』だろう。しかし、清澄九郎からこの真摯な悩みを向けられたプロデューサー業を営む男は、持論を一般論のように述べた。
「んー、その人が好きなものに興味を持つ……とかかな」
「好きな人が、好きなもの……」
清澄は独り言のように呟いた。意識には、自らを「九郎先生」と呼ぶ人物を思い描きながら。
「例えば俺は読書が好きだから、好きな本を面白かったって言われたら嬉しいし……清澄も抹茶に興味があります、って言われたら嬉しいだろ?」
「それは、確かに……」
「だろ? なんつうか、わかりやすい好意の示し方だと思うんだよな」
その言葉には説得力はあったが、茶の湯を広める道ではひとりの友人も得てこなかった清澄に響いたかと言われればそこまでではない。だが、見つけた手段は試す。それが清澄九郎という人物だった。
「ありがとうございました。やはり、プロデューサーさんに聞いてよかったです」
礼を言って清澄は立ち去る。そして、その足で書店へと向かった。全ては北村想楽と仲良くなる、そのために。
「一人旅ー?」
「はい。北村さんが好きだと仰っていたので、私も興味が湧いたのです」
ばさばさとテーブルに広げられたのは旅雑誌だった。北は北海道から南は沖縄まで、ありとあらゆる観光地のガイドブックが我こそはと存在を主張している。
「ですから是非とも一人旅のことをご教授いただければ、と」
「そうなんですかー。ご当地の、茶の湯を巡る、一人旅。なんていうのも楽しそうでいいですねー。僕でよければ、いくらでも教えますよー」
そう言って北村は雑誌を取った。このあたりは遠すぎ。このあたりは時期じゃない。そう口にしながらいくつかの雑誌をわきに避けていく。
「でも、ずいぶんいきなりですねー」
「え?」
「ああ、なんていうか……旅に出たいきっかけとか、あるんですかー?」
そう言われて咄嗟に言葉が出るほど、澄は器用にできてはいなかった。ただ、仲良くなりたいという心だけはなんとか隠し、口を開く。
「……そうですね、自己研鑽の一環でしょうか」
「なるほどー?」
「成したい物事がありまして。信頼できるお方に相談したところ、こうするのがよいと」
「自分磨きに一人旅かー。たしかに、いいと思います-」
ふんふんと北村は納得し、いくつかの雑誌を手に取った。どれもこれも、神社仏閣が観光名所になっている土地だ。自己研鑽という言葉から連想したものなのだろう。
「それなら一人旅じゃないとダメ……ですよねー」
「え?」
「九郎先生と一緒に旅行っていうのも楽しそうだと思ったんです。でも一人旅と二人旅って全然違いますから、ダメだなーって」
言葉の最後は独り言のような、言い聞かせるような声色だった。
「……北村さんのご趣味は、一人旅でしたよね?」
「そうですよー? だから九郎先生は僕のところに来たんですよね?」
「はい。その通りです」
そうだ。だから清澄はここにきた。そうして、あなたの好きなものに興味がありますと、好意をひとつの形にしてみせた。清澄は目の前の男と仲良くなりたかったのだ。
だから、一人旅でなくてはダメなのだ。
「いくつか見繕っておきますよー。雑誌、お借りします。明日は事務所に来ますか-?」
「はい。明日は雑誌の取材が終わったあと、顔を出そうと思っております」
それでは、と二人は明日の待ち合わせをして別れた。仕事に向かった清澄を見送った北村は雑誌に目を落とす。少しだけつまらなそうに、ページを捲る。
「……一人旅じゃなきゃ、ダメかー」
呟いて、カバンから付箋を取り出して貼っていく。
「……仲良くなりたいのは僕だけ……なのかなー……」
有名なお土産に目立つ付箋を買った。買ってきてもらおう。そして、話がたくさんできたらいい。九郎先生のお茶を飲みながら、このお土産を一緒に食べれたらいい。
本当は、一緒に旅行に行けたら嬉しいんだけど。
憂鬱と幸福をないまぜにしながら、北村想楽は一人旅のプランを考えることにした。
「さすがはプロデューサーさんです」
ふいに言葉がこぼれる。たった一人の帰り道で清澄は上機嫌だった。助言に従ったらちゃんと会話が盛り上がったからだ。
「北村さんは二人旅も楽しそうだと仰ってくださいました。つまりは、好意を持っていただけたのでしょう……」
二人旅の提案が出るのなら少なくとも嫌われているわけはない。清澄は本当に嬉しかったのだ。
「いつか……二人で旅行ができるほど仲良くなりたいですね」
仲良くなるために二人旅の誘いを断って一人旅。なにかがおかしいと声を上げる人間は、彼のそばにはいなかった。