雨男「なにこれー?」
記憶の中にある小学校。その教室にそっくりな空間に僕はいた。教室には椅子と、机と、僕。後ろの壁や目の前の黒板には、僕の詠んだ川柳が所狭しと飾られている。黒板の真ん中に、誇らしげに賞状が飾られていた。
窓からは草原が見える。そして、頭上には飲み込まれそうなほど鮮やかな青空が広がっていた。そう、空が見える。
教室に天井はなかった。蓋のない箱のなかに僕はいた。扉の先の気配は華やかに萌えていて、きっとこの箱は草原の中にぽつりと置かれているんだろう。
どこに行くつもりもないのに僕は扉に手をかける。が、開かない。振り向いて開け放たれた窓を見ると、そこには雨が吹き込んでいた。僕の頭上は快晴なのに、外はひどい雨だ。引き寄せられるように窓から乗り出して外を見れば、覗いた窓の下には見知った人影が座り込んでいた。
「……雨彦さんー?」
飄々とした、狐の顔。
「よぉ、北村」
ずぶ濡れの雨彦さんはなんだか可哀想だ。髪がぺたんこになって、項垂れた前髪のせいでいつもより若く見える。
「ずいぶん濡れてるねー」
「ああ、仕方ないさ」
諦めたような声が雨音に溶ける。
「……こっち、入りなよー」
「そいつはできない」
「なんでー? 足の長さなら足りてるでしょ-?」
簡単に入ってこれるくせに、雨彦さんは困ったように笑った。
「俺が入ったらそっちも雨になっちまう。北村の川柳が濡れるだろ?」
壁一面の、僕が生み出したもの。
「お前さんを台無しにしちまうからな。そっちには行けないんだ。行っちゃ、ならない」
「……ふーん、そうなんだー」
なんだか腹が立った。視線を外した雨彦さんの頭上から、僕は窓を乗り越えて外に出る。
「……何やってるんだ、濡れるだろう」
慌ててなんていないくせに、受け入れられないような声を出す男の横に座る。全部ぐちゃぐちゃに濡れちゃったけどどうでもいい。
「僕がこっちで濡れる分にはいいでしょー? 僕はダメにしたくないものくらい、自分で守れるよー」
窓越しの教室には日差しが降り注いで、勲章をきらきらと照らしている。
「だからさー……そばにいても、いいよねー?」
問いかけたけど、味気ない返事なら聞くつもりはなかった。雨彦さんは一言、「好きにしてくれ」と呟いた。