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    85_yako_p

    カプ入り乱れの雑多です。
    昔の話は解釈違いも記念にあげてます。
    作品全部に捏造があると思ってください。

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    85_yako_p

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    眉見がかわいそうです。(22/6/14)

    ##眉見鋭心
    ##花園百々人
    ##カプなし

    彼の好きなもの、りんご。 マユミくんの脳天にカラスのくちばしが突き刺さってしまった。どうやら、カラスの自殺に巻き込まれたらしい。
     世を儚み地面へと真っ逆さまに墜落したカラスの真下にマユミくんがいた。冗談のような、漫画のような巻き込まれかたをしたマユミくんは病院で精密検査を受けたが大事には至らなかった。事実、数日間の休養の後、マユミくんは元気に学校に通っている。
     では何も起こらなかったかというとそんなことはない。マユミくんの脳に何が起きたのかは定かではないが、マユミくんの味覚は壊れてしまった。かと言って全ての味覚があべこべになったわけではない。マユミくんが理解できなくなったのは、リンゴの味だけだ。
     マユミくんはもうリンゴの味がわからない。マユミくんがリンゴを口にするたびに彼が知覚する味は変わる。今日食べたリンゴは麻婆豆腐の味がしたらしい。昨日食べたリンゴは生ハムの味。もう少し前に食べたリンゴは生クリームで、病院のお見舞いで食べたリンゴはカレーの味がしたとマユミくんは言っていた。
     生活に支障は無いとマユミくんは言う。だから誰にも言う必要は無いとマユミくんは言う。
     このことを知っているのは、ちょうど病院でお見舞いのリンゴを剥いてマユミくんに食べさせていた僕だけだ。

     平坦な日常だった。僕たちは鬼のようなレッスンのあとで正直僕は少しだけ吐きそうだったけど、これはもう日常だ。
     アマミネくんがいなかったのも大きかった。振り付けの確認くらいしかすることがなかった僕たちは少しキツめのトレーニングメニューをこなして、いまこうやってぐったりとレッスン室の床に転がっている。
     熱くて、喉が渇いて、お腹が空いた。僕はスポーツドリンクを一気に半分くらい飲み干して、マユミくんに声をかける。マユミくんは動きすぎたのか、それとも元々寝不足だったのか、なんだかうとうととしていて溶けた砂糖にどこか似ている。めずらしく床と一体化しているマユミくんに僕は問い掛けた。
    「疲れたね。僕ちょっと気持ち悪いけど、それよりお腹すいちゃったかも」
    「ん……」
     うっすらとした返事だった。甘えるのが下手な人間が見せる甘えのような、そういう不完全なものを漠然と感じる。
    「マユミくんはさ、何か食べたいもの、ある?」
     どこかに食べに行こう。そう誘うつもりだった。でも、マユミくんは消え入りそうな声でぽつりと呟いた。
    「……林檎」
    「え?」
    「……林檎が食べたい……」
     返事になりきれないそれは独り言だったのかもしれない。僕が返事を持たずに息を潜めていたら、マユミくんが僕に気がついたように口を開いた。
    「……すまない」
    「え? ……ううん。すまなくなんてないよ」
     でもマユミくんはリンゴの味がわからない。言い出せずにいると、マユミくんは困ったように笑う。
    「……俺は思ったよりも林檎が好きだったみたいだ」
    「……そうなんだね」
    「ああ。……林檎は母の知り合いが定期的に送ってくれるんだ。だから俺が林檎を好きだと言うと、その人と母が喜んだ」
     答え合わせだと思っているのは僕だけだろうか。この人は、他人の期待に応えることが癖になっている。
    「そうやって答えているうちに、林檎が好きなんだと思うようになっていた。でも、どこか他人事だったんだろうな」
     マユミくんは上半身を起こした。僕と目を合わせて、ふっと微笑む。なんだか、ひどく寂しそうだ。
    「……でも、いまは林檎が食べたい。俺は林檎が好きなんだな」
     そう言って、マユミくんは俯いてしまった。まっすぐに目を合わせて背筋を伸ばすマユミくんらしくない。だから、泣いてしまうのかと思った。
    「……林檎が食べたい」
     脳に障害が出ている。その不安はきっと大きかったんだ。マユミくんはずっと生徒会の仕事やアイドル活動に支障はないと明朗な声で言っていたけれど、マユミくんは僕より一年長く生きただけの人間なんだ。
    「……僕、リンゴ味の飴を持ってるよ、だから、」
     リンゴじゃないならいいのかもしれない。マユミくんが食べたいのはリンゴだけど、偽物で気が紛れるのなら。
     僕がこんなことを言った本当のところを、僕自身がちゃんと知っている。僕が、マユミくんに何かをしてあげたいだけだ。
    「リンゴの飴をあげる。食べてみよう?」
     本当に無意識に、僕はマユミくんの髪に触れていた。一度撫でたらマユミくんはくすぐったそうに笑って、一度深く息を吐く。
    「……俺はいま、百々人に甘えたんだろうな」
     呆れたように、それでも柔らかくマユミくんは言う。
    「いいよ。たくさん甘えて」
     髪から離した僕の手を、マユミくんがゆっくりと握る。
    「……林檎の味を、忘れたくない」
     マユミくんの僕よりも少しだけ手が僅かに震えていた。
    「……うん。大丈夫、きっと治るよ」
     僕は無責任なことしか言えなかった。それでも、飴玉を取りに鞄に手を伸ばすなんてことはせずに、マユミくんの手を握り返す。
     しばらくそうやって息を潜めていた。僕はお腹がすいていて、マユミくんは林檎が食べたいだけだった。
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