魔法の手のひら「癒宇」
「なんだ」
「手、握ってくれよ」
テーブルに突っ伏したまま残が癒宇に投げかける。コーヒーで満たされたマグカップからはとうに湯気が失せており、癒宇がそこに視線をやっても残は意識を向けようとすらしない。
「疲れた、から」
いつものように──いや、いつもよりも相当多くの思念を読み取った残はそのまま癒宇のいる保健室にやってきた。とうに下校時間は過ぎており、きっと、誰も来やしない。
何もかも投げ出すようにだらりとテーブルに横たわった残の腕は伸ばされることはない。ただ、少し広げるように手のひらを癒宇に向けて、残は彼の反応を待っている。
「……残」
「ん?」
癒宇の言葉には諦めにも似た重い吐息が滲んでいた。癒宇は一度だけ自分の手のひらを見つめたあと、残の指先ではなく彼のラズベリー色の瞳をはっきりと見て、言った。
「僕の能力は自然治癒力の活性化だ」
「ああ」
残は「知ってる、」とは言わなかった。ただ、ゆっくりと、一つだけ微笑み混じりの息を吐いた。そういう柔らかい感情を向けられる理由が癒宇にはわからない。そんな理由は、ない。
「……残留思念に疲弊した君を癒やすような力ではない」
もどかしさをひとつも見せずに癒宇は言う。だが彼がそれにすら心を痛めていることは彼と親しい人間なら誰でも知っていた。それが秘密のような影を伴っている理由は単純に、彼には親しい人間がいないだけ。当然、数少ない友人である残はそれを知っている。
それでも、残は笑う。
「……俺はさ、好きなやつと手を繋いだら元気出るけどな」
残の笑顔はひまわりに似ていた。それに向けられた癒宇の表情は相変わらず愛想のないものだが、声には若干の慈しみが灯っている。
「……くだらない」
「いいだろ? 好きなんだから」
だから、と残の唇が動く前に癒宇の手が残の指先に触れる。そのまま伝うように残の手のひらを包み込んで癒宇は言う。
「この接触に能力は使用していない」
「ああ、わかるよ」
「だから癒やされるというのは君の思い込みで……」
ゆっくり、残は癒宇の手を握り返す。
「言ってるだろ。俺はこれで癒される……これだけでさ、幸せになるんだ」
すごい力だと残は笑う。今度こそ、観念するように癒宇も笑う。
「……君だって同じ力を持ってる」
「……そっか」
ゆっくり、二人は手を繋いだまま時間を過ごす。コーヒーが冷たくなるのも気にせずに。