おモチウォーズ「あまみねくん……おなかすいたよぉ……たすけてよぉ……」
「……ダメです」
「おなかすいたよぉ……しんじゃうよぉ……」
「……あの、そのアテレコやめてもらっていいですか?」
秀はため息と共に吐き出した。その口元には罪悪感が滲んでいる。
秀と百々人と鋭心が先程まで勉強していたスペースをHigh×Jokerに譲り、誰も座っていなかった事務所のソファに腰掛けたのが数分前の話だ。同じソファに座っていた秀に向けて百々人が声を出したのを見て、対面に座る鋭心が声をかける。
「百々人、腹が減っているのか? それなら確か給湯室にクッキーが……」
「ああ、違うんだマユミくん。ごめんね、ありがとう」
百々人がやんわりと否定する。ハテナを浮かべたような顔をする鋭心に言葉を返したのは、百々人ではなく秀だった。
「百々人先輩は俺が育ててるモチのアテレコをしてるだけですよ」
モチ、と言われて鋭心は得心が行った。秀と百々人が話しているのは、いま事務所で流行っているゲームのことだ。
『おモチっち』という、昔に流行ったゲームをパク……オマージュした携帯ゲームを、隼人たちが出演したゲーム紹介番組のスポンサーから大量にもらってしまったのがことの発端だ。『ご自由におモチください』というプロデューサー渾身のギャグと共に並べられたおモチっちは意外なほどにアイドルたちの手に取られ、たちまちこの事務所にムーブメントを巻き起こしたのだった。
おモチっちは小さな餅に似た地球外生命体である『モチ』を育成する小型の電子ゲームだ。手のひらに収まるほどのころりとした丸いフォルムは愛らしく、カラーは充実の八色展開。食事を与えたり、遊んでやったり、住んでいるところを掃除してあげたり……世話をしてやるとモチは様々な姿に進化する。育て方によってどのように進化するのかが変わるので、成長した個体を見ればどのように育てたのかがわかるだろう。
「あまみねくん……どうしてごはんをくれないの……? ぼく、しんじゃうよぉ……」
百々人が悲しそうな声でモチのアテレコをしていると、ふいに秀のおモチっちからピー、という電子音が鳴った。
「ほら、おモチがおなかすかせてる。かわいそうだよ」
「わかってますけど……」
百々人の咎めるような声に秀はばつの悪い顔をする。そんな秀に、何も知らない鋭心が投げかけた。
「秀、おモチが腹を減らしているのなら食事を与えるべきだ」
「あまみねくん、おなかすいたよぉ、いじわるしないでよぉ……」
「あー! 違うんですってば!」
耐えかねた、というように秀が少しだけ大きな声を出す。軽く驚いている鋭心と、あまり驚きのない百々人に秀は言う。
「俺、全部のおモチを集めたいだけなんです」
ああ、と鋭心が納得したように息を吐く。百々人は「わかるけどさぁ、」と呟いたものの、その瞳には憐憫の情が浮かんでいた。
おモチっちは育て方によって様々な姿に進化をする。しっかりとお世話をすればキレイなおモチになるが逆も然りで、ずさんなお世話をすればそれはもうずさんなモチになる。モチの進化分岐はそれなりに多い。それが秀のゲーマー心に火をつけた。
「コンプ欲っていうか……やっぱり育成ゲームなら全部の進化先が見たいじゃないですか……」
言い訳のように口にした秀への賛同はなかった。百々人は絶妙な顔をしていたし、鋭心はそういうものか、という顔をしている。
「それがモチに食事を与えない理由か」
「そうです。いま俺が狙ってるのは【餓鬼モッチ】ってやつで、常に空腹で育てないと進化しないんですよ」
「かわいそうだよ……」
百々人は冗談半分、ガチの悲哀半分で呟いた。ジトリと向けられた百々人からの視線に、秀はぷいと目を逸らす。
「そうか。進化先はいくつもあったな。俺は【いそべモッチ】にしかなったことがないが……」
「鋭心先輩はいつも完璧にお世話をするから、それにしかならないんですよ」
「僕も【いそべモッチ】か【みたらしモッチ】にしかならないなぁ」
「そう。ちゃんと世話をするって意外とできるんです。だから餓鬼モッチみたいに、あんまちゃんと育ててないモチのがレアっていうか……」
難しい、と秀は続ける。
「餓鬼モッチ、常に空腹だから判断を見誤ると餓死するんで難易度が高いんですよね」
「餓死!?」
「それは……少し可哀想だな」
「アマミネくんのモチ殺し!」
「まだ殺してません!」
「まだ!?」
「あっ、いや……その……」
完全に秀の目が泳ぐ。鋭心は少しだけ身構えながら問いかけた。
「……殺す予定があるのか?」
「えっと……【おばけモッチ】ってのがいてですね……その条件が5体連続でおモチが死んだときに……」
「やっぱり殺すんじゃん!」
「それに関しては本当に罪悪感あるんですよ!」
だからまだやってません。そう言いながらも秀はモチに食事を与えることはしなかった。百々人が「まだ、」と呟いたのを無視して秀は弁明を始める。
「俺だって本当に罪悪感あるんですよ? でも全部の種類が見たくって……」
「アマミネくん、もしかして恋人とかできたら泣いてる顔も見てみたい、とか言い出すの……?」
「ゲーム限定です!」
わいわいと三人が騒いでいたら事務所の扉が開く。そこにいたのは龍だった。
「プロデューサーさん! ……って、いないんだ」
龍はくるりと事務所を見渡して、三人を見つけて太陽のように笑う。
「あ、みんなおはよう!」
「おはようございます」
「おはようございます」
「おはようございます。ぴぃちゃんは急に用事ができちゃって……あと30分くらいで戻ってくると思います」
「そっか、ありがとう。じゃあちょっと事務所で待とうかな……」
そう言って給湯室に足を向ける龍を秀が呼び止めた。
「あ、ねぇ龍さん。龍さんのおモチっちって【ねじきれモッチ】になったことがあるんですよね?」
「え? うん。なったことがあるっていうか、それにしかならないっていうか……」
困ったような龍を後目に、秀はテーブルに突っ伏してうめく。
「いいなぁー……」
「よくないよ!?」
しなしなになってしまった秀に驚いたような声をあげる龍を眺めながら、百々人と鋭心は首を傾げる。
「ねじきれもっち?」
「聞いたことがないな」
その二人の言葉を聞いて、龍と秀は同時に、違う種類のため息を吐いた。
「ねじきれモッチって育て方とかは関係なくて、突然変異的な感じのモチなんですよ。ランダムで進化する、完全に運のおモチです」
「え? じゃあ木村さんはラッキーですね」
ほわ、と桜がほころぶような笑みを向けた百々人に龍は言う。
「逆なんだよ……これって、運が悪いとなるおモチなんだ……」
「そうなんですか?」
鋭心の疑問に答えたのは秀だった。
「ねじきれモッチになるってことは正当進化しなくなるってことだから一応不運であってるんですけど……ただ、本来は確率がすごく低いんです。龍さんが連続でねじきれモッチになってるの、天文学的な確率ですよ」
「やっぱりラッキーなんじゃ……」
「うーん、俺はいい加減ほかのモチが見てみたいけど……」
とほほ、と肩を落とした龍は一瞬で背筋を伸ばしてニカっと笑う。
「でも捉え方次第ではすっごいラッキーってことなんだな! 元気でてきたよ。ありがとう!」
そう言って今度こそ龍は給湯室に歩き出す。その背中を視線で追いながら秀は言う。
「ねじきれモッチ……」
「ん?」
「フルコンプの最難関ですよ……」
こればっかりは努力や才能でどうなるものではないだろう。かといって秀に諦める気がないことは、秀の性格をよく知る二人には手を取るようにわかる。
「頑張ってどうにかなるものじゃないけど……頑張ってね」
「そうだな。それにいざとなったら木村さんに育ててもらうというのは……」
「それは嫌です」
即答。自分の手でコンプリートするからこそ意味があるのだと秀は言う。そういうものなんだな、と二人は納得して台本や宿題やお菓子を広げていく。モチには断食させて置きながら、秀はポテトチップスに手を伸ばした。