壊れた世界で最愛を言祝ぐ「誕生日おめでとう」
「あ?」
砂と埃と瓦礫に塗れた戦地に突如降って湧いたその言葉の意味を、頭で理解するのにずいぶん苦労した。
なにせ、ついさっきまで人を殺し見知らぬ人々が暮らす家々を粉々に叩き潰してきたばかりなのだ。
事後処理を終え、ようやく徴発した施設の簡易ベッドに腰を下ろした時には疲労困憊で日付が変わっていたことにすら気がつかなかった。
生々しい感触の残る手は未だに震えている。
わずかな休息を取ったあとは後退した敵軍を追い詰めるために進軍する。
『誕生日おめでとう』
なんて間抜けな言葉だ。しかもその言葉を一番初めに告げたのは、死人よりも辛気臭いツラをしたライナー・ブラウンだった。
「ピークが…その、今日はガリアードの誕生日だから伝えておいてほしいと……」
「………そーかよ」
馬鹿らしい。
先祖の罪を贖うために更に人殺しを続ける俺たちが生まれたことを言祝ぐのか。
「……ガリアードは」
「………」
「愛されている」
「…はァ?!」
今、コイツは何を言った?
愛されてる?
誰が?誰に?
怒りに引き攣る敵兵の顔が、己が血を怨みながら泣き叫ぶ同胞の顔が、死にゆく恐怖に歪んでいく様が目に焼き付いて離れない。
皆、濁った目でこちらを見つめ俺が死ぬのを待っている。
その俺が……
「お前の帰りを待つ人達がいる」
渦を巻く暗い妄執を断ち切ったのは、掠れながらもしっかりと響く淋しい声だった。
「……どうかそれを忘れないでほしい、だそうだ。」
「…っ!!」
わかっている。わかっていたはずだった。
祖国のため、愛する家族のために戦っている…それだけだ。それだけでいいのだ。エルディアもユミルの血も関係ない。ただ俺が俺である証明の為に戦うのだ。
………それで良いんだよな、アニキ?
「……オイ」
「ん?」
「それ、ホントにピークからの伝言か?」
「ぐぬっ!?あ、あぁ…いや、ど、どう…だったかな…」
俺が落ち込んでいるとでも思っていたのか、固い表情で顔を覗き込んできたヤツに意趣返しのハッタリをかませば、分かりやすく動揺を見せた男の狼狽えっぷりに気分は上を向く。いつもいつもすましたツラで泣くのを我慢してるドベが久しぶりに見せた懐かしい顔だった。
「ふっ…そういうことにしといてやるよ…」
「…えっ?」
「"ピークに"誕生日を祝ってもらえるなんてなぁ?」
「そそそうだな!さすがピークだ!あ、寝るところだったのにすまない!それじゃ!」
頻りにピークを褒めながらあたふたと部屋を出ていく鎧の継承者の姿に笑いが込み上げてきて久々に腹を抱えて笑った。笑った勢いで軋む簡易ベッドに寝転び、薄っぺらい毛布を抱きしめる。
「……誕生日、か…」
いつの間にか重くなった瞼を閉じると直ぐに睡魔で意識が薄れていった。
夢か現か…遠退く意識の中、温かい手に頬を撫でられた気がした。
「誕生日おめでとう、ポルコ」