【ギンミツ】元カノ電凸企画 リキッドファンデーションがブラシで伸ばされ、コンシーラーで目元の隈と赤みが消された。無駄な粉を落としたパフで肌を撫でられて、その後にハイライトだシャドウだチークだをいれて、散々いじくり回してから、ヴィクターは俺の顔を解放した。
渡された手鏡を覗き込む。そこにはいつも通りの俺がいた。
「……ありがとう。さすが、完璧だね」
ヴィクターが満足げに微笑む。少し化粧は濃いかもしれないけど、きっと大丈夫。恋人と別れて泣き腫らした目も、カメラ越しじゃわからないだろう。
俺は1週間前、大好きだった恋人と別れた。ずっとずっと憧れていた人と紆余曲折を経て付き合って。だけど、たぶん最初からうまくいってなかったんだと思う。3か月の短い交際期間は喧嘩と仲直りの繰り返しだった。今回の喧嘩もいつも通りで、でもお互いの虫の居所がいつもより悪かった。
売り言葉に買い言葉。恋人は俺の気持ちを信じてくれなかったし、俺は恋人の大切なものを馬鹿にした。そうして「もう無理。別れる」と吐いてしまった言葉に、「俺もちょうどそう思ってた。せいせいするわ」と返されて、それで終わり。
あの人を手に入れるためにあんなに必死に奮闘していたのに、失うときは一瞬だ。怒りが冷めて後悔に代わり、謝りたくてもなんて連絡をとったらいいのかわからなくて泣きまくった。ふとしたときにそれを思い出して泣いてしまうから、目はどんどん腫れあがるし、ネモにもヴィクターにも迷惑をかけた。死んだ顔で仕事をしていたらしく、ネモに「そんなんで面白い動画が作れると思ってんの?」と怒られてしまった。実際うまくできなくて見かねたヴィクターが「今度メシ奢ってね」と代わってくれたんだけど。
「はい、じゃあ今日の撮影の最終打合せするなー」
ネモが資料を俺とヴィクターに配る。今日の撮影は以前人気だった企画の第二段。メンバーの元カノに電話をかけるという企画だ。前回のヴィクターの元カノに電話をかけた動画は、普段聞けないヴィ様の裏話が聴けると大好評だった。その時ネモが「次は俺の元カノに連絡しよー」と言っていたが、ひそかに企画を進めていたらしい。
「今日のゲストは13時から俺がアポとってあるから。俺が電話をかけて、付き合ってたときの話をしてもらう……まあ、前と一緒だな。これ、事前に確認しといたOKとNGの質問リストな。このリストは元カノちゃんにも共有してあっから。NGにのってる内容じゃなければ大体の質問はしてもいいって許可もらってるけど、まあ臨機応変に頼むわ」
受け取ったリストに目を通す。過激な動画を撮る配信者と世間に思われているし実際そうだけど、最低限のラインは超えてはならない。ゲストが気持ち良く撮影に参加してくれなくては、リスナーも不快な気持ちになるし数字が取れない。
リストを見たヴィクターの「あれ? この子は下ネタNGなんだね」という言葉に、ネモが「そうなんだよー」と唇を尖らせた。本当だ。NGリストには下ネタ全般とだけ書かれている。
「そういうのが一番ウケんのにな」
「前回のヴィクターのやつとかね」
「はは。やり返してやろうと思ったのに……」
ヴィクターの目がキラリと光ってネモを睨んだのを、ネモが笑い飛ばす。
「別にファンからのお前の印象悪くなってねえんだしいいじゃん! あれでお前とヤリたいってガチ恋増えたし」
「というか○○○がしつこいのっていいことなんだ? しつこいって言うくらいだから嫌なのかと思ってた」
「嫌な奴は嫌なんじゃね? 元カノちゃんは嫌そうだったし」
「ねえ! しつこいじゃなくって丁寧って言ってくれない?」
不満そうなヴィクターに謝って、リストを読み込む。台本がしっかり決まっていない方が自由で面白い動画が撮れる。だからOKの質問リストはあってないようなものだけれど、一応きちんと頭に入れておく。
「名前(イニシャル)」「職業」のパーソナルな情報から、「交際期間は」「付き合ったきっかけは」「どうして別れたのか」「どこが嫌いだったのか」「どこが好きだったのか」「今は相手のことをどう思っているか」といった情報まで。まあ、無難な質問たちが並んでいる。
きっと元恋人のネモはこの質問の回答を知っているのだろう。前回のヴィクターも大体は知っていると言っていた。でも俺は隆文さんが俺の「どこが好きだったのか」なんて知らない。だって付き合っていた3か月の間に、好きだと言われたことなんて一度もなかった。もしかしたら好きなところなんてなかったのかもしれない。配信者のミツクリと違って、箕作蓮は人から好かれるタイプの人間じゃないことは俺が一番わかっている。その証拠に隆文さんは俺が別れるって言っても引き止めてくれなかった。
隆文さんのことを考えたらまた目に涙が浮かびそうになった。せっかくヴィクターに誤魔化してもらったのに、こんなことを考えている場合じゃない。あの男のことを頭から排除するために、リストをもう一度読み込んだ。
そうこうしているうちにあっという間に時間になった。3人で撮影部屋に行き、定位置に着く。
「よし、じゃあ始めるか」
ネモの手でカメラの録画ボタンが押される。さあ、切り替えろ。箕作蓮という存在を消し、配信者のミツクリになるんだ。
「ヴィクター」「ミツクリ」「ネモ」「「「○×△★ルゾーンです」」」「今日の企画はー?」「メンバーの元カノに電話かけてみたー!」「ほら、ヴィクターの元カノに電話をかけてみたってあっただろ」「夜の話とか、結構エグかったやつだよね」「あれ本当恥ずかしかったんだけど……。でも今日の主役は俺じゃありません!」「今日の元彼さん、誰~!? ……俺!」「ネモの元カノってうるさそうだよね」「ネモよりは静かそう」「それはそう」「俺がうるさいってのか!」「うるさいだろ」「確かに元カノちゃんはうるさくはねえけど。じゃあ、早速話してもらおっか!」
オープニングトークを終わらせて、早速ネモはスマフォを弄って録音アプリを起動した。「はー緊張する~!」とネモが思ってもなさそうなことをぼやきながら電話をかけると、スピーカーモードでコール音が鳴る。
うるさくはないって言ってるけどネモ基準だし、高いキンキンした女の声がすると予想していた。けれど、聞こえてきたのは『はい』という掠れた低音の声だった。どう聞いても女の声ではない。俺がこの声を聴き間違えるわけない。
「は!? ちょ、ォま……ッ」
「え? ネモ、まさか」
俺とヴィクターの声を無視して、ネモがテンション高く電話の相手に話しかける。
「はーい、お名前をイニシャルで教えてくれますか?」
『……はい。Gです』
「Gちゃん! CじゃなくてGだからね! ギャラクシーのGね!」
「イニシャルの意味あるの? ソレ……」
ヴィクターが呆れたような声を漏らすが、俺はそれどころではなかった。
なんで隆文さんが!? 俺にはあのあと連絡くれなかったのに、ネモとは連絡とってたんだ、そうですか……。というか、この企画の出演を隆文さんはOKしたってこと? これ元カノ企画なんだけど知ってんの? 知らなきゃ電話でない? まだ1週間しか経ってないのに、俺とのことは隆文さんの中でもう過去のことなんだ。もうネタにできるんだ。そりゃそうか。俺のこと、別に好きじゃなさそうだったもんね。
頭の中がぐちゃぐちゃだ。隣にいるネモの「Gちゃんは誰の元恋人なんですか?」という声が、どこか遠く聞こえる。やだ、やめて。お願いだから。
『……ミツクリさんです』
隆文さんがそう答えたことに、俺は小さく息を吐いた。
良かった。隆文さんは俺と付き合ってたんだ。そっか。隆文さんもあの3か月をそう認識してくれていて嬉しい。実は本当にネモが元彼で付き合ってたなんて言われたら、ベランダから飛び降りるところだった。
「というわけで、今日の企画は【ミツクリに内緒でミツクリの元恋人を電凸企画に呼んだらどうなるのか】ドッキリでした~!」
ネモが笑う。それに無性に腹が立つ。ふざけんなクソガキ。
さっき食べたものが腹の中をぐるぐると回って吐きそうだ。最近食欲がなくて、でももうそろそろ食べないと流石にヤバいからって、無理矢理詰め込まなければ良かった。頭も靄がかかったみたいにうまく働かない。苦しい。泣きたい。帰りたい。消えたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。
でも今の俺は箕作蓮じゃない。ミツクリだ。俺はちゃんとできる。大丈夫。ミツクリなら、ネモともギンガともちゃんと話ができる。できるんだ。
「……ちょっと何! まじビビったんだけど! ネモの元カノって言ってたじゃん、嘘つき!」
「ネモくん、も~。せめて俺には先に教えておいてよ」
ネモに突っ込みつつも、ヴィクターが視線を一瞬だけこちらに向ける。惨めになるから見ないでほしい。
「というか、俺らの関係って秘密にしてたんだけど!? 別れたからって、俺に許可とれよな!」
「おかげでいい表情が取れた! ……ていうのは冗談で、公表してねえのに動画にするわけないだろ」
「え……?」
ネモが急に真剣な顔になり、「というか!」と指を差してくる。
「お前は泣きまくってて全然仕事にならねえし、連絡とればって言ってもなんて送ればいいかわからないとか、中学生かよ! いつまでもうだうだうだうだウゼエんだよ!」
「う……」
正論すぎて何も言えない。だけど、言うなよ隆文さんの前でそんなこと! ちらりとスマフォの方を見たら、ネモは電話口に向かって「ギンガくんもさあ!」と怒鳴った。
「スバルくんに聞いたけど、別れてから様子おかしくて仕事に身が入ってねえって何なのお前ら!? そんなとこそっくりでどうすんだよ! 気になるなら連絡とれよ! ふたりとも受け身体質だから話がこじれるんだろうが!」
『……はい』
隆文さんの小さい返事が聞こえる。隆文さんも仕事に身が入ってなかったの……? なんで? 意味がわからない。
ネモがスマフォをタップする。スピーカーモードが解除されたスマフォを渡してくる。
「とりあえず、お前らはちゃんと話し合え。それで別れるなら別れるで、お互い納得して別れろ。腹割って話さないから抉れるんだろうが!」
「話……」
俺が隆文さんに話したいこと。聞きたいこと。いっぱいあるはずなのに、言葉が出てこない。何と言ったらいいかわからない。
そのときヴィクターが俺の肩を叩いた。2枚の紙を手渡してくる。
「……もし何話せばいいかわかんねえって言うなら、そのリストに載ってあることでもいいんじゃない?」
「どうして別れたのか」「どこが嫌いだったのか」「どこが好きだったのか」「今は相手をどう思っているか」無難だと思っていた質問だけれど、それは俺が知りたかったことだ。
「うん……。ありがとう」
「俺らはあっちの部屋で編集でもしてっから。2時間以内に頼むな! 今日もう一本撮る予定だから」
「頑張ってね」
ネモがカメラの録画を切って、ヴィクターを連れて部屋を出て行った。「ネモならマジで撮るかと思った」「流石の俺でも本人たちが世間に言ってないことを公表はできねえよ」とふたりが話す声が遠くなる。
渡されたスマフォに表示された名前を見て、胸が締め付けられる。大好きな人の名前だ。彼とまだ繋がっている。
「……もしもし」
『……おう』
おそるおそるかけた声に、返事がある。ただそれだけで嬉しかった。
「あの……」
『まじでビビった……』
隆文さんが電話口ではーっと息を吐いた音が聞こえる。
「あ、ごめん。ネモ、怖かった?」
別のグループのメンバーに怒られたんだし、打たれ弱い隆文さんがビビってしまうのもわかる。
「でも、あいつは俺のために怒ってくれてるから、あんま悪く思わないであげて」
『それはわかってる。ハッキリ言ってくれんのはありがたいし。……違くて、』
隆文さんが言い淀んでから、『まじでお前が元カノ企画に俺を呼んできたんかと思った……』と呟いた。
「ネモからドッキリって聞いてなかったの?」
『聞いてねえよ……。別れたんなら元カノ企画撮りたいってことしか言われてねえし、お前も了承してんのかと……』
「してないよ……」
『うん。だから、さっきのネモの話聞いて安心した』
「……っ」
安心したってどういうこと? 隆文さんも付き合ってたときのこと、過去のことだってネタにできないってこと? それとも俺と付き合ってたなんて恥だからただ晒されたくなかっただけ? 隆文さん、あれから仕事手がつかなくなったって本当? なんで? 俺とおんなじ気持ちだったりする? それとも違う? 今どこにいるの? 連絡してない間何してたの?
「う、えと、俺、隆文さんに聞きたいことがいっぱいあって」
『うん』
隆文さんが『なに?』と囁く声が甘く聞こえるのは俺の気のせいだろうか。頭が真っ白になって、俺はとっさに手元の紙に縋りついて文字を読み上げた。
「えと、【名前】と【職業】は……?」
ふっと電話口で笑う声がして、ハッとした。テンパりすぎた! 脳死で喋ってた!
『まじでリスト通りに聞くんだな』
「いや! 今のなし!」
流石にこれは知ってるし、別に聞きたい事じゃない。だけど隆文さんは律儀に『劍隆文。Newtuberです』と答えてくれる。そういうところも好きだ。
「えっと、【交際期間は】……?」
その続きの文字を読んで、これも知ってるじゃんと気づいた。もうダメだ。頭が働かない。もうリスト通りに読み上げていこう。そうすればいつか聞きたいことも聞けるんだし。
『3か月前からです。蓮に告白されて、それを承諾する形で交際が始まりました。お前がギンガを好きなのは知ってたけど、俺を好きだって一生懸命伝えてんの見て、なんかグッときて。絆されました』
「そ、そうだったんだ。絆されてたんだ……。知らなかった」
隆文さん、そんなこと思ってたんだ。告白したときも今みたいに頭が真っ白で、何を口走ったのかよく覚えていない。でもちゃんと隆文さんに届いてたんだ。身体がポカポカしてくる。俺はそのままリストを読み進めた。
「……えと、【付き合ったきっかけは】、……あれ?」
『今言ったな』
隆文さんが笑う。さっきからうまくできなくて恥ずかしい。隆文さんが、『次は、【どうして別れたのか】ですか?』と尋ねてくる。隆文さんも同じリスト共有されてるって言ってたし、まあわかるよな。
「はい……」
『俺が悪かったです』
「そんなことない……。俺が嫉妬して暴走したのが悪かった」
『まあ、それはあるけど』
あるんかい。いや自覚あるけどさ。
『でも、俺も言い方悪かった。ちょっと仕事の方でもうまくいってなくて、イライラしてて。いつもは気にしないようにしてるところに突っかかった』
「俺も……余裕なかった。ごめんなさい」
隆文さんが「俺もごめん」と返してくれる。いつもの喧嘩のときよりもきちんと仲直りできている気がして、ほっと息を吐いた。
「……じゃあ、その……【嫌いなところは?】」
『あー……』
怖くて聞いたことなかったけど、聞いておきたいと思ってたことだ。色々あるんだろうな。COSMICに嫉妬するところとか。喧嘩のときもあのふたりのことを言ったし。無条件で隆文さんから大切にされるあいつらがいつまで経っても好きになれなくて、隆文さんの大事なものを大事に思えない。
けれど隆文さんの回答は予想外のものだった。
『……【ギンガ】が好きすぎるところ』
「え……? 俺に好かれたくないってこと……?」
『いや、そうじゃねえけど。お前って【ギンガ】が好きだろ。俺のことも好きって言ってるけど、どうせ【ギンガ】には一生勝てねえんだろうなと思う』
たまーに、それがむなしくなる。と隆文さんが呟いた。喧嘩したときも、隆文さんは「お前って別に俺のこと好きじゃないだろ」って言ってたの、そういうことだったのか。俺がこんなに愛してるのに、なんでわかってくれないのかと思っていた。こんなところですれ違ってたなんて。
「――ギンガのことは愛してるけど、でも俺が恋してるのはギンガじゃない……隆文さんだよ」
電話口で隆文さんが息を呑む音がかすかに聞こえた。
「ギンガだけが好きだったら、こんなになってない。ギンガと付き合いたいとも愛してほしいとも思ってないけど、隆文さんとは一緒に恋したいって、愛してほしいって……。そういう意味で好きになっちゃったから俺は……こんなにぐちゃぐちゃになっちゃった」
『……そういう意味で好きなのは【隆文】だけか?』
「はい……」
『じゃあ、プライベートでふたりでいるときは【ギンガ】ってあんま呼ばないでほしい、かも。なんで俺が【ギンガ】に嫉妬しなくちゃいけねえんだよ』
「わかった」
隆文さん、嫉妬してたんだ。ギンガに? そんなの、まるで俺のことが好きみたいじゃん。次の質問が目に入る。もしも、もしもこれが存在するならとても知りたかったこと。
「……俺の【好きなところは】どこでしたか?」
『努力家なところ。俺に持ってないものをたくさん持っているところ。たまに面倒くせえことあるけど、それも面白いなと思ってきた。知識が多いところ、勉強熱心なところ。話してて、心地いいところ。ダメなところを指摘してくんのも、ムカつくことあるけど、でも俺のためなんだなってわかってきた』
もしかしたらあるのかもと思ってた、俺の好きなところがつらつらと出てきて、キャパオーバーだ。隆文さん、俺の数字以外も好きなんだ。幸せを噛み締めていたら、隆文さんが『お前は?』と聞いてくる。
『俺のどこが好きなの?』
「全部」
間髪入れず返した言葉に、隆文さんが吹き出した。
『割りと格好悪いところもあるんだけどな。……嫌いって言われて、連絡できなくなったり、ちゃんと謝れなかったり』
「うん。その情けないのも隆文さんだし……。でも、俺の気持ちを否定されたのは本当に嫌だった」
『悪い。気をつける』
「……うん」
リストにある質問はラストだ。付き合ってる時も、ずっと聞けなかったこと。今なら聞ける気がする。
「隆文さん、【俺のことどう思ってる】?」
隆文さんは少し唸った。飛び出しそうな心臓を押さえつけながら、彼の言葉を待つ
『――なあ、お前今日って何時まで仕事?』
「今日はもう1本撮るからそれ次第だけど、夜は空いてる、と思う」
『じゃあ、夜メシでもどうですか。……そのとき、ちゃんと、伝えるから』
「……うん」
隆文さんにまた会える。彼の気持ちを直接聞ける。俺、期待してもいいよね?
【今は相手のことをどう思っているか】という文字を指で撫でていると、ふともう一枚のリストの方にも気がついた。
「そういえば、隆文さん、下ネタNGだったんだね」
『お前、あいつらの前で夜の話とかしてもいいのかよ』
「絶対嫌!」
『だろ。絶対想像されるだろ。無理だわ』
「ふたりに想像されたくなかったから嫌だったの? じゃあ、俺とふたりならしてもいいの?」
『まあ……それはそうだろ』
「ふーん。じゃあ、夜会ったときにいっぱいエッチな話もしようね?」
『アホ』
隆文さんが笑う。それが嬉しくて仕方がなかった。
電話を切ってふたりが待機している別室のドアを開けると、「お疲れー」と出迎えられた。編集作業をしていたネモに、スマフォを返す。
「ネモ、その、ありがとう」
「どーいたしまして。しっかり話せたか?」
「うん」
「元鞘戻れた感じなの?」
「戻れそう……。夜ご飯行くことになった」
「じゃあ、撮影終わったらメイク直そうか。これは配信映え重視だから、デート用にしてあげる」
「お願い……。お前らがいてくれてよかったよ」
ふたりがいなかったら、隆文さんと会話できないまま、彼の気持ちも知らないまま本当に終わっていただろう。
「なに急に? 気持ち悪い」
「知らんけどミツクリできるようになったんならそれでいい」
ネモが紙を何枚か渡してくる。
「今日撮るもう一本は本当に俺の元カノ電凸企画だから。本物のリスト配るなー。ちなみに小中高のときの元カノ3人な!」
「了解!」
さあ、しっかり仕事をしなくちゃ。それで、大好きなあの人に会うんだ。あの人が俺のことを今どう思っているのか聞くことが、こんなに楽しみになるなんて思わなかった。
このときの俺は知らなかった。
スピーカーモードが外されたネモのスマフォは、裏で録音アプリが起動したままできっちり会話が記録されていたこと。ネモが録画を止めたカメラ以外にも撮影部屋にはいくつも隠しカメラがセットしてあったこと。ネモは「公表してないのに動画にするわけない」と言っていたけど、交際を公表したら動画をアップロードするつもりだったこと。
俺たちが関係を公表して、ネモに動画の確認を依頼されるまで、俺たちは知らなかった。隆文さんは動画が投稿される前はすげえ嫌そうな顔をしてたけど、話題性は抜群で再生数はそれはもう伸びた。企画発案者のネモは案の定その週のメシ選択権を得て、美味そうに焼肉を頬張っていた。