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    itoko_gcki

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    itoko_gcki

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    本編後疎遠になっていたのにうっかり飲み会でばったり会ってしまうギンミツの話です。
    まだギン←ミツですがいずれきっと成立します。

    いずれ成立するギンミツ もしも言葉が漏れたとしたら、「げ」だろう。
     俺の顔を見た箕作もそう言いたいような顔をしていた。そんな俺たちの心情なんて露知らず、幹事の男は「ギンガくんの席はあそこね」と箕作の隣を指さした。周囲は和気あいあいと盛り上がっていて、「いやこいつはうちのCH爆破した害悪ガチ恋なんで隣になんて座りたくないんですけど」と言える雰囲気じゃない。首を傾げた幹事の男が再び口を開く前に、仕方なく箕作と同じテーブルに向かった。この飲み会には同業者がたくさんいる。中にはHZみたいに他人をさんざネタにする系の奴らもいる。俺とこいつの事情なんて話したら、面白おかしく動画にされてそいつらの数字になるだけだ。
     俺が隣に腰を下ろすと、箕作はびくっと肩を震わせて顔を青褪めさせた。なんでお前が被害者面してんだとイライラする。前に座っていた最近登録者数150万人を突破した女性三人組グループのリーダーの女が、「そういえばみーくんって、ギンガさんのファンなんですよね!」なんて能天気に言うので、曖昧に笑った。なんて返そうかと迷っていると、「そうなの!」と箕作が明るくてでかい声で言う。
    「俺昔っからギンガのファンでさ~! ギンガみたいな悪~い男って、男の憧れだよね!」
     隣の男はさっきの青褪めた表情は完全にひっこめて、いつも動画で見ているような笑顔を張り付けている。
    「ていうか久しぶりだね! 何飲む?」
     そしてまるで普通の同業者みたいに、メニューを渡してくる。
    「あ、ああ。えーと……」
     メニューを開くと、箕作が「俺のオススメはコレ! ここ日本酒美味しいんだよね!」とのぞき込んでくる。近え。出会ったばかりのころ、こいつの近すぎる距離感にビビっていたことがなんだか懐かしく感じた。その時、箕作が普段じゃ考えられないようなとても小さな声で「……ごめんなさい。今日、ここでだけ、話を合わせてください」と呟いた。
     今日、ここでだけ。普通の同業者と同じ扱いをしろということか。
     そっちの方が俺にとっても都合がいい。小さく頷いて、「とりあえずビールで」と言うと、箕作は「俺のオススメを無視するギンガ!」と嬉しそうな声をあげた。

     あの騒動から半年。ガチ恋を拗らせた結果、コズミックとHZを巻き込んで散々迷惑をかけた箕作は、罪を認めてそのまま配信者を辞めると言った。それを止めたのは、HZのメンバーと俺だった。配信業をやっていたから、一緒に仕事をしたから、俺はこいつがいかにこの仕事に向いていたのか、努力していたのかがわかる。箕作蓮のことは死ぬほど苦手だが、配信者ミツクリとこいつが作る動画のことは嫌いじゃない。だから償いたいならミツクリを続けろと命じて、こいつは燃えた身体でミツクリをやっている。
     今日の飲み会には動画を出せば毎回急上昇ランキングのトップに躍り出る登録者数500万人の大手NewTuberが来ると聞いていた。今後のコズミックのためにも、どうしてもコネを作っておきたい。そしてあわよくばコラボに繋げたい。しかし、元々行くはずだったコスモが急病、スバルにも別件の予定があった。だから俺が参加することになった。HZが来ることは知っていたがネモが来ると聞いていたから問題ないと思っていた。まさかネモが急用で欠席して、箕作が代役で来るとは思っていなかった。
     やけにテンションが高い箕作と普通に会話しながら、ビールを急ピッチで飲む。ずっと喋っている箕作は俺よりも早いペースでさっきオススメしてきた日本酒をガブガブ飲んでいて、そういえばこいつは酒が強かったななんて思い出していた。最近の配信者界隈や編集の素材や機材について。箕作の話は興味深くて面白くて、酒で思考が鈍ってたのも合わさって思わず笑いそうになったことに気が付き、俺はグラスの酒を飲みほした。何やってんだ。こんなやつと。
    「ちょっとお手洗い行ってくる」
    「そ! 行ってらっしゃい」
     箕作がほっとしたように小さく息を漏らしたのに少し苛つきながら、席を立った。戻ったときには別のテーブルに行けばいい。そうすればもう箕作と話さなくてすむ。知らない人と話すのは苦手だけど、箕作よりはずっとマシだ。

     トイレから出た俺は、席に戻らずに喫煙所に向かった。無性にイライラしていた。ニコチンを摂取したい。喫煙所の扉を開けると、そこにはひとり、先客がいた。
    「げ」
     銀髪の男がタバコを吸っているのを見て、さっきは飲み込んだ言葉が出た。それを聞いて箕作が歪んだ口角を下手くそに上げた。
    「げって何。失礼しちゃう」
    「いやお前も『げ』って言っただろ」
    「あは。聞こえちゃった?」
     くすくす笑う箕作にため息をつく。ストレスを解消したくて喫煙したいのに、ストレスの原因がここにいるなんて。このまま出ていくのも逃げるみたいで癪だ。一本だけ吸ったら出ていこうとタバコに火をつけた。箕作は口から煙を吐き出すと、さっきの調子で話しかけてきた。
    「ギンガってさあ、今日あの人目当てで来たんでしょ。飲んでるとき、チラチラ見てた」
     お近づきになりたいと思っていたNewTuberの名前をあげられる。そんなあからさまだったか?
    「……まあ、そんな感じ」
    「俺もそうなんだよねー! 絶対にコネ作っとけって、ネモから言われてんの。……でもコズミックが来るって聞いてたのに、俺が来るべきじゃなかったね。ごめんなさい」
     急に素直に謝られて少し動揺した。箕作の言っていることはもっともなのに、なんで俺が罪悪感を持たなきゃいけねえんだ。
    「……HZが来るって知ってて、俺も来たんだし、別に」
    「雲母さんは大丈夫? 急病って……」
    「ああ。ただ牡蠣に中っただけ」
    「あ、そうなんだ。ヴィクターも最近中ったけど、死ぬほどつらそうだったわ。ご愁傷様」
    「そういや、そんな動画出してたな……」
     ひと月ほど前に上がっていたHZの動画。「【ガチ】入院しました」というタイトルに、ベッドで横たわるヴィクターが映ったサムネイルの動画だった。食中毒に気を付けるように注意喚起しながら、その様子を面白おかしく動画化していた。
    「あれ、お前クズすぎてウケたわ」
     動画を思い出して笑うと、箕作が細い目をぱちくりさせた。
    「見たんだ」
    「え、ああ。急上昇にのってたから」
    「そっか」
     別に急上昇ランキングにのってなくても見てはいただろう。HZのCH通知はしたままだし、なんだかんだで動画はすべて見ている。こいつらが作るちょっと過激なエンタメは今の俺には作れないから悔しいとも思うが、それ以上に面白い。
     何故か箕作は黙ってしまい、気まずくなって話題を探した。
    「あー、そういえば。お前熱愛報道されてたよな。オメデトウゴザイマス」
    「アリガトウゴザイマス」
     箕作はペコリと頭を下げる。数日前に、箕作と一般女性がデートをしていたというネットニュースが出た。それを見て、ああ箕作の中で俺のことはもう終わったんだなと思った。やっぱりアレ本当だったんだな。箕作は俺の顔をじっと見て、ふっと笑った。
    「……あれ、ガセだけどね。ていうかフッた相手にそういうこと言うのってどうよ?」
     そういうところ、めっちゃギンガでいいけどね。と言う箕作に、しまったと思う。
    「あー……すまん」
    「謝らなくていいよ。それに、もう誰かを好きになったりなんてしないから。だから安心して」
    「俺相手は困るけど、普通に恋愛すればいいだろ」
    「あは! 困るんだ!」
    「困る」
    「知ってるー!」
     何が楽しいのか、箕作がケラケラ笑う。馬鹿にされているのかと不快になって眉を顰めた。
    「酔ってんのか?」
    「そうかも。飲み過ぎた。ギンガのせいで」
    「人のせいにすんな」
     そうは言っても俺も気まずくて酒を飲み過ぎたかもしれない。こいつも気まずかったんだな。そりゃそうか。
     早くここから出ていきたくて、煙草を深く吸った。隣で箕作がひとしきり笑うと、「フツウにレンアイ、ね」と溢した。
    「ねえ、フツウのレンアイってどういうの?」
    「は? 普通は普通だろ」
    「だから、フツウってなに」
    「は?」
     食い下がってくる箕作の方を向くと、じっとこちらを見ていた。俺の言葉を待っているらしい。普通の恋愛。普通。俺が考える普通ってなんだ?
    「お互いがお互いのこと、想いあって尊重し合う対等な関係を築くこととか……?」
     思い浮かんだことを言ってみたが、これは普通の恋愛というよりは理想の恋愛か? 普通を言葉にするのは難しい。だが、箕作はそれに納得したみたいに「やっぱり、それがフツウなんだ」と呟いた。
    「ヴィクターにもそれ言われた。そういう恋愛ができるといいねって」
    「あっそ。あの人が言うならそうなんじゃね。知らんけど」
    「ネモも色んな人を紹介してくるし。そうしたら写真撮られて記事にされるし、サイアク」
    「ふーん。でもいいんじゃね。その中で良い人がいたんなら、そっから恋愛に発展させてみれば」
    「でもネモが紹介してくる人間って良い人ばっかなんだもん。良い人は俺的にはちょっと……、ねえ?」
     箕作がこっちを意味深に見てくる。
    「……なんか、俺は良い人じゃなかったみたいな言い方だな」
    「あは! ギンガは良い人じゃないだろ!」
    「お前な」
     箕作は楽しそうに笑う。やっぱり相当酔っているのかもしれない。しばらく笑った後に、俺の方を眩しそうに見つめてきて、居心地が悪くなる。
    「ふふ、嘘。あんたは良い人だよ。尊重し合える愛し方が普通の。俺とは違う、ちゃんとした愛し方ができる良い人」
    「は? お前の愛し方ってなんなの」
    「この世で一番嫌いな人間と同じ愛し方」
     箕作がこの世で一番嫌いな人間。ミツクリの動画を、配信を、掲示板を追うようになったからか、それが誰を指すのか、なんとなくわかってしまった。
    「俺のそれは愛とは呼べない執着みたいな……。ああ、あんたのお友達にとっては執着も恋だっけ。理想の押し付けと支配と執着……」
    「あー……ちょっと身に覚えがあるような」
     こいつからの強烈な感情を思い出す。理想のギンガを押し付けて、俺の周りを巻き込んで俺を支配しようとしていた。アレはこいつなりの愛だった。
    「……本当にごめんなさい。その愛のまがい物を向けられたらどんな思いをするのかわかってたはずなのに、同じことしちゃうんだもんなあ。もう良い人を巻き込みたくないよ」
    「それがダメなことってわかってるんだったらいいんじゃねえの」
    「あのときだってこの気持ちは良くないってわかってた。だからあんたと距離を置いたり、考えないようにしてたつもりだった。……でもずっと頭からあんたのことが離れなくて、悪い気持ちが全然死んでくれなくてどんどん膨らんで、結局ぐちゃぐちゃになっちゃった。もし今我慢できたっていつか爆発するかもしれない。次失望されたら多分……俺は本当にダメになる」
     箕作の目が俺をとらえる。どこか諦めたような目だった。
    「その愛を向けてきた人間のことをどう思うのかも、わかってるつもり。だから本当にもうあんたに関わる気はないんだ。そこは安心してください。これだけは、言っておきたかった」
    「ああ、まあ。わかった」
     俺が頷くと箕作はにっこりと笑って、まだ残っていた煙草を灰皿に押し付けた。
    「じゃ! 俺先戻るね! あの人にギンガより先にコラボ依頼取り付けてやるんだから!」
    「おお」
     パタパタと小走りで喫煙所を出て行く箕作の後ろ姿を見る。箕作から急に連絡が来なくなったときのことを思い出していた。俺が構うって言ってやってるのになんなんだよと思っていたが、あいつなりに色々考えていたらしい。箕作のやったことは許せないし許すつもりもないけれど、もう人を好きにならないと言い切る男を、少しだけ哀れに思った。

     喫煙所から戻ると、飲み会の会場ではいくつかのグループがすでにできていた。俺はこういう輪の中に途中から入ることがとても苦手だ。だけど、登録者数500万人さんと連絡先くらいは交換したい。その人がどこにいるか探そうとすると、「ギンガ!」と声をかけられた。聞き覚えのある、今日はもう聞きたくない声。だが、無視をするわけにはいかないのでそちらを向くと、箕作の隣に目当ての人がいた。
    「こっちこっち! コレ、俺の推しです」
    「推しのことをコレって言うな。どうも。初めまして」
    「ギンガさん、初めまして」
    「今運動系の企画の話しててさ。それでギンガの話してたんだよね」
     箕作の言葉に驚いていると、500万人さんが箕作のスマフォを指した。そこにはコズミックの動画が映っていた。
    「ミツくんにオススメされたshort、さっき一緒に見てたんだけどさ。ギンガさんって運動苦手なんですね! 意外すぎるでしょ!」
    「うちは運痴いないし、コズミックはズルいよねー。真面目にやるだけで笑いがとれちゃうんだもん」
    「笑いを取ろうと思ってやってないんだけど」
     箕作が「そこがズルいっての!」と唇を尖らせたのを500万人さんが笑った。
    「ギンガさん。実は今、運動会企画やりたくて人を探してるんですよ。コズミックってそういう企画、興味ありませんか?」
    「! あります!」
     そのあとは連絡先を交換して、とんとん拍子にコラボの話が決まっていった。箕作が会話をリードしてしばらく3人で盛り上がった後に、ちょっとあっちの人とも話してきますと、500万人さんは席を離れてしまった。箕作とふたりになる。あー、どうしようかと思っていると、箕作がグラスを持って立ち上がった。
    「じゃ、俺は向こうに行こうかな」
    「あ、ミツクリ」
    「なに」
    「ありがとう。助かった」
     礼を言うと、箕作は「どういたしまして!」とだけ言って離れていった。相変わらず声がでけえ。
     あー、今日来てよかった。運動企画はギンガの格好悪いところを見せるだけになりそうだけど、そこで目立てばコズミックのチャンネルへの導線になる。それに、企画には他の配信者も呼ぶと言っていた。別のコラボのきっかけになるかもしれない。今日の飲み会は十分な成果といえるのではないか。

     その後もたくさん外交して、少し疲れて、もう飲み会終わらねえかなと端の席でちびちびと一人で飲んでいたとき。最初に同じテーブルについていた女性配信者の150万人さんが近づいてきた。
    「あ、どうも」
    「ギンガさん、あの、みーくん大丈夫ですかね?」
     会場を見渡してみると、箕作の姿はなかった。
    「トイレですかね?」
    「多分……。さっき真っ青な顔で、フラフラしながら出ていってたので」
     それに、あの人がついていってたんです。と配信者の男の名前を挙げた。登録者数90万人の過激な言動の多いNewTuberだ。
    「? 付き添いがいるなら大丈夫じゃないですか?」
    「あの人、あまりいい噂聞かないし、みーくんが珍しく結構酔ってたし心配で」
    「いや、箕作も男だし、そんな心配しなくても」
     俺の言葉に、女の顔が切なそうに歪む。今度グループでコラボしませんか? と言ってくれた顔が。HZをはじめ色々なグループとコラボしてる配信者界隈で広い顔が。男女問わず人気の高い配信者の顔が。登録者数150万の顔が。
    「でも、心配で……。ギンガさん、みーくんと仲良いんですよね? ちょっと男子トイレ見てきてくれませんか?」
    「……はい」
     彼女にそう言われたら、折れるしかなかった。決して「ギンガのせいで酔った」と言っていた箕作の言葉が過って罪悪感があったわけじゃない。

     男子トイレではひとつの個室のドアが閉じられていた。本当にここにいるんだろうか。耳をすますと、会話が聞こえてくる。
    「大丈夫?」
    「……ぶだから、もどっててください」
    「でも、一人になんてできないよ」
    「きもちわる……、さわんないで」
     箕作の弱弱しい声ともう一人の男の声がする。思わず、ドアを強めにノックした。
    「ミツクリー、無事かー?」
     声を上げるとドアの向こうで「ぎんが……?」と声がする。構わずノックを続けた。
    「開けてくださーい」
    「え、ギンガさん? 大丈夫ですよ。ミツくんには俺がついてるんで」
    「開けてくださーい」
     ドンドンと叩く音を強く早くしていくと、やっと扉が開いた。出てきた男は不機嫌そうな顔をしていた。
    「ちょっと、なんですか」
    「代わります。戻っててください」
    「いや、俺がみてるんで大丈夫ですよ」
    「代わります。戻っててください」
     同じ言葉を語気を強めにして繰り返すと、男はこちらを睨んできた。腕を引いて個室から引っ張り出すと、舌打ちをして出て行った。ああ、俺の好感度が。まあ、過激派NewTuberとのコラボはコスモが良しとしないだろうし、90万より150万からの好感度が高くなる方がずっといいだろと自分を納得させる。
     個室では箕作が便器を抱え、ただでさえ白い顔をもっと白くさせていた。
    「大丈夫か?」
    「……、あんたも、もろってろ」
     呂律も回っていない。相当具合が悪そうだ。
    「あいつが戻ってくるかもじゃん」
    「あんたより、マシ」
    「ああ、そう」
     置いていってやろうかと思ったが、さっきの男の顔が浮かぶ。箕作を放っておいて、あの男が気づいて戻ってきたら。あの男にこいつが何かされたとなると、俺には関係はないが流石に後味が悪いし150万人さんがなんと思うか。
     仕方なく介抱してやるかと、箕作の背中を擦った。
    「触んなって言ってたから、危ないと思ってたんですけどねえ」
    「……? なんか、あいつにせなかさすられて、きもちわるかった、から」
     なんだよ、あいつもただ介抱してただけじゃん! いやでも、舌打ちして出て行ったってことは下心はあったのか? そこまで考えて、自分の手が箕作の背中を擦っていることに気が付いた。
    「あ、悪い。これ嫌なのか」
     慌てて背中から手を離すと、箕作は「あんたのは、きもちいい」と呟いた。
    「ああ、そう……」
    「う」
     箕作がえずいた。肩の震えから、吐きそうなのがわかった。俺は少し迷って、そのまま背中を撫で続けた。

     吐いた後も、箕作は辛そうだった。俺は吐いたら結構スッキリするんだけど、箕作はそもそも吐くまで飲んだことが少ないらしい。
    「もうそろそろお開きだろうし、みーくんもう帰った方がいいんじゃない?」
     心配してくれている150万さんに、箕作が小さく頷いた。どうやら話すのも辛いらしい。
    「ギンガさん、みーくんをお願いできます?」
    「はあ、一人で帰すのも怖いですし」
     後ろであの90万も見ているし、そう言われると思った。箕作の瞳が揺れた気がしたけど、無視してタクシーを手配する。コラボの約束をした500万さんをはじめとした配信者たちに軽く挨拶をしてから箕作を連れて店を出た。
    「ごめん、ひとりで、らいじょうぶだから」
     そんなことを言う全然大丈夫そうじゃない男を無視してタクシーの運転手にHZの配信部屋の住所を告げる。
    「ごめ、なさ……」
    「……別に。飲み会の目標は達成したし」
     箕作はまだ何か言いたそうだったけど、喋ろうとして気持ちが悪くなったのかそのまま黙った。運転手が気を利かせたのか、少しだけ車の窓が開いている。風を感じながら、配信部屋にネモがいるといいな、この際ヴィクターでもいいと考えていた。

    「ありがと、もう大丈夫だから。それじゃあね」
     配信部屋があるマンションにタクシーが付くと、箕作はそう言って一人で降りた。さっきよりはシャッキリしてる。まだ顔は真っ青だけど呂律は回るようになっているし、少し快復したらしい。
    「あ、そう。じゃあな」
    「うん」
     箕作は突っ立ったまま俺を乗せたタクシーが動くのを待っていた。「見送りいいからはよ帰れ」と促すと、フラフラとエントランスに向かっていった。マンションの高層部、配信部屋には灯りはついていない。二人はいないようだけど、大丈夫だろうか。
     タクシーの運転手に行き先を聞かれたので箕作の後ろ姿を見ながら、自分の家の住所を告げようとする。そのとき、箕作が盛大にこけた。
    「あ!?」
    「あー……、大丈夫ですかね?」
     運転手も箕作の方を心配そうに、そして少し面倒くさそうに見つめる。
     箕作は少しだけ体勢を戻したが、座ったまま項垂れていて一向に立ち上がらない。
    「……すいません、ここで」
     会計だけして、箕作のもとに向かう。なんとなく泣いているんじゃないかと思った。けれど箕作は表情を無くして虚空を見つめていた。
    「大丈夫かよ」
     声をかけると虚な箕作の目がこちらを向いた。俺を視界に入れると縋るような顔でふにゃと笑った。何その顔。声を失っていると箕作はハッとした表情になり、ただでさえ白い顔を青ざめさせて「ヒ」と小さな悲鳴を上げた。なんだそれ。ムカつく。
    「おら、座り込んでねえで、立て」
     座ったまま動かない箕作の腕を掴んで立たせる。箕作はされるがままだった。
    「うわ、痛そう」
     ダメージジーンズをはいていたのが悪かったのかもしれない。膝はすりむけていて、血が滲んでいた。もたつく箕作の鞄からキーを出して、オートロックを解除する。エレベーターの中でも、箕作は無言だった。
    「とりあえず手当だけして帰るから。救急箱どこだよ」
    「あの戸棚……」
    「ズボン脱いでて。傷口洗うから」
     救急箱を出して、風呂場に行くとズボンを脱いで、パンツの上からバスタオルを巻こうとしている箕作が見えた。別に男同士でそんな気にせんでも。
     シャワーで傷口を洗い流して汚れと血を落とす。痛そうに箕作が顔をしかめた。結構ざっくりいってる。他にも転んだときに手をついたのか掌も傷ついていたのでそこも洗い流して、リビングに戻って膝に絆創膏を貼る。掌にも絆創膏を貼ってやっているとき、ずっと黙っていた箕作がぽつりと呟いた。
    「おれは、本当にだめだ」
    「は?」
    「なんで? なんでフツウになれないの? ちゃんとできないの?」
     もうやだと箕作は顔を歪ませて嘆く。
    「なに。何の話?」
    「……うれしいって、思っちゃった」
    「はあ?」
    「あんたにお礼言われて、うれしいって、思っちゃった。こんなのおかしい」
    「お礼? ……あー、コラボのこと? あれは助かったし、別にそれは変じゃないだろ」
     箕作のおかげで500万人さんはなかなか好感触だったし、コラボは実現するだろう。それには本当に感謝してる。というか、ありがとうって言われて嬉しいのなんて普通だろうが。けれど、箕作は「変だよ!」と声を荒げた。
    「だって、あんたに会えてうれしかった。あんたと話せてうれしかった。あんたと目が合ってうれしかった。あんたが俺の動画見てくれてうれしかった。あんたが触ってくれてうれしかった。あんたが優しくてうれしかった。こんな……、こんな気持ち、あんたは困るだけだって知ってるのに! こんなのフツウじゃない! あんたのこと尊重できてない!」
    「ちょ、落ち着けって」
    「フツウに、なりたい。ちゃんとできるようになりたい。まだ俺のこと見捨てないでくれてるあいつらを、もう裏切りたくない、のに……」
     箕作がこちらを見上げてくる。まつげに涙が絡んでいる。懇願するような目で見つめてくる。
    「お願いします……。どうかこの気持ちを殺してくれませんか……? 徹底的に、二度と息を吹き返さないようにしてくれませんか……? 自分じゃうまくできなかった……」
     助けて、ギンガ。
     箕作の手がこちらに伸ばされて虚空を掴み、床に落ちた。殺してほしいってなんだよ。どうすればいいんだよ。お前は俺に何を求めてるんだよ。
    「あー……、お前の気持ちに応える気はない。だから、正直困る。困るけど、俺の気持ちを尊重しようとしてんのはわかった、から。えーと、なんだ? ちゃんと変われてきてはいるんじゃねえの?」
     つっかえながら、思っていること、こいつが求めてるであろうことを伝える。これで合っているのだろうか。箕作は「……ほんと?」と首を傾げた。
    「たぶんな……。なんだっけ。お前の言ってた理想の押し付けとか、支配とか……? そういうの今日別に感じなかったし。なんつーか、俺と話せて嬉しいとか。そういうプラスの感情を持つのは別に……悪いことじゃねえだろ」
    「……俺がそう思うの、隆文さんは嫌じゃないの」
    「マイナスの感情でわけわからんくなられることの100倍良いわ」
    「マイナスの感情……」
     箕作が考え込んだ。そして意を決したよう「た、例えばさ、好きって感情はマイナス……?」と聞いてくる。
    「なんでだよ。プラスだろうが」
    「……好き・嬉しい・あなたのために何かしたいがプラスで、嫌い・嫉妬で狂いそう・そんなのギンガじゃない・あんたの周りから人間が全部消えて俺だけになればいいのにはマイナス……で合ってる?」
    「合ってるわ。最後のナニ、怖」
     箕作が俯いた。何か考え込んでいる。
    「……あと、なんだ? その、普通の恋だの愛だのって、一方通行じゃなくて、双方向というか、一方的に尊重するだけじゃなくて、お前の考えも尊重されるようなやつだと思うから、自分の感情が変だ殺そうってならんくてもいいじゃないか? 普通に、俺は今日助かったし。俺はお前のこと苦手だけど、配信者としてのお前は嫌いじゃないし……話せて楽しくなかったわけじゃない」
    「たかふみさん……」
    「なに」
    「きもちわるい、はきそ……、うぇ」
    「わー! 待て待て! バスルーム! 桶!」
     急いで桶を取りに行こうとしたとき、目の前の扉が開いた。
    「たっだいまー! 箕作戻って……え! ギンガくん!? どんな状況!?」
     ネモが俺の姿を見て、目を輝かせた。面白いことが起きてるって顔してんじゃねえよ。
    「これには事情が」
    「う」
     俺がネモに弁明しようとしている後ろで箕作が床に胃の内容物をぶちまけた。

     もう限界だったらしい箕作は寝室に寝かせて、ネモと一緒に吐瀉物を片付ける。なんで俺がここまでしてやんなきゃいけないんだよ。雑巾で床を拭きながら、そんなことを考えていると、ネモが明るく「いやー、悪いね! ウチのが粗相して」と言う。悪いと思っているならもっと塩らしくしろ。
    「……まあ、本当にね」
    「ていうか、箕作がここまで酔うの久々に見たわ~! あいつ酒強いし絶対無理して飲まないからな~。ギンガくん見てそこらへんバグったんだろうな」
     俺がいるから飲み過ぎたと言っていたし、その通りなんだろう。ネモは笑いながら、「ギンガくん、あいつと何か話した?」と聞いてきた。
    「まあ、ぼちぼち」
    「そ。あいつのことは俺らがなんとかするから、心配しないでね」
    「別に心配は……」
     そこまで言って、さっきの箕作のことを思い出す。元々情緒不安定な奴だったけど、一層ぐちゃぐちゃだった。
    「あー、……箕作さんに人を紹介したりとか、もうちょっとゆっくりやってやった方がいいんじゃねえの? なんか結構いっぱいいっぱいっぽいし」
    「それ箕作から聞いたん? いやー、あいつ変なところで箱入りで無知でウブじゃん? 今までは潔癖がそれをガードしてたんだけど、ここ最近は自暴自棄属性がプラスされたからなー。しかも、あの晒し配信から一部で箕作はギンガくんのガチ恋って噂立っててさ。まあその通りなんだけど。それで箕作がバイならワンチャンあるんじゃね!? って変な男からもモーションかけられるようになったみたいなんだよね。で、変な奴に弄ばれて傷つけられるくらいだったら俺らも信頼できる人間と付き合ってもらいたいなと思ったわけよ」
    「なるほど。今日も少し狙われてたみたいだったしな……」
    「まじで? 誰に?」
     90万の男の名前を出すと、「あいつ、男もイケんだ」とネモが驚いていた。
    「人から聞いた話だから、あくまで噂だけど」
    「ふーん。ちなみに誰に聞いたん?」
     迷ってから、150万さんの名前を出す。
    「あいつが言うなら信用できるわ! ちな、俺とめっちゃ仲良しで箕作に紹介した女の一人よ。結局普通にコラボして仲良い同業者で落ち着いたけど」
    「そうか」
     道理で彼女と箕作は飲み会中も親しそうだったし、箕作のことをよく気にかけていたわけだ。
    「でも箕作本人から今は恋愛できる気がしないって言われたし、あいつがもう少し自信が付くまでは人を紹介するのは止めるつもり」
    「自信がつくまで……箕作さんって、結構自分に自信ないんだな」
    「箕作はそうだなー。自信あるとことないとこの差が激しい! クイズとかは異様に自信あるけど。特に漢字系は強い! 理系のくせに!」
    「……ちょっと意外だったというか。何事も卒なくこなすイメージが、なんとなくあったから」
     動画内のミツクリは笑いもとれて身体も張れて頭も良い、なんでもできる自信に満ち溢れたオールラウンダーだった。それとメンタルぐちゃぐちゃで吐くまで飲んで泣いている箕作の姿はイコールで結びづらい。銀座の路上で号泣したときもそう思ったけれど。
    「基本はそうだぜ? うぜーくらいスマートにこなす男。でもギンガくんが絡むとてーんでダメ」
     ネモがこっちを指さしてくるので、少しムッとする。
    「俺だけじゃないと思うけど……。箕作さん、多分次失敗したらお前らに見放されるんじゃって怖がってる感じだったし」
    「はあ? ……あー、うん。なるほど。ちょっと前にバカ酔ってた時、『数字関係なく構われるってどうしたらいい』って言ってたこともあるしなあ。あいつ、基本ギブ&テイクだから、自分がギブできなくなったら捨てられると思ってんのかも。昔のこともあるし……。ていうか、見捨てるんならとっくの昔に見捨ててるわ! ここまできたら一蓮托生だっつーの! なんかムカついてきたから箕作起きたらシバくわ。教えてくれてどうも!」
     ネモが頬を膨らませて怒る。
    「……なんか、あいつのそういう意識から変えてかねえとダメなんじゃね」
    「それな。カウセとか通ってるけど、それで少しは変わってくんねえかな」
    「ああ。プロに任せるのが良さそう。……それでいつかそのままのあいつを愛してくれる人が現れたらいいね」
     ギブ&テイクの利害関係じゃなくて、もっとちゃんと普通の愛情を注いでくれるような。そして箕作も愛されていることを信じられるような。
     ネモは俺の顔を見てパチパチと瞬きをした後、「俺もそう思う」と言った。
    「でもギンガくん。それ絶対箕作には言わないでね」
    「? なんで」
    「箕作は他の誰でもないタカフミさんに愛してほしかったんだからさ」
     俺が言葉に詰まると、ネモが雑巾を手に取って「手伝ってくれてありがと。タクシー呼ぶね」と立ち上がった。

     次の日、ネモから『箕作がすげえ謝ってた! これタクシー代だって』というメッセージと共に、電子マネーが送金されてきた。LIME知ってんだから自分で送れよと、本当にあいつから連絡がきたら困るのにちょっとムカついたところで、通知が鳴った。500万さんだ。
    『昨日はありがとう。今度正式に依頼しますが、ぜひ一緒に動画撮りたいです。コズミックさんやHZさんはじめとしたNewTuberを呼んだ大型企画、絶対実現させますので!』と書いてある。
     ……やっぱり昨日の500万さんの感じだと、HZもいるよなあ。
     だけど、受けないわけにはいかない。俺は『昨夜はありがとうございました。ぜひよろしくお願いします。』と返信した。
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    Replies from the creator

    itoko_gcki

    DONE本編後疎遠になっていたのにうっかり飲み会でばったり会ってしまうギンミツの話です。
    まだギン←ミツですがいずれきっと成立します。
    いずれ成立するギンミツ もしも言葉が漏れたとしたら、「げ」だろう。
     俺の顔を見た箕作もそう言いたいような顔をしていた。そんな俺たちの心情なんて露知らず、幹事の男は「ギンガくんの席はあそこね」と箕作の隣を指さした。周囲は和気あいあいと盛り上がっていて、「いやこいつはうちのCH爆破した害悪ガチ恋なんで隣になんて座りたくないんですけど」と言える雰囲気じゃない。首を傾げた幹事の男が再び口を開く前に、仕方なく箕作と同じテーブルに向かった。この飲み会には同業者がたくさんいる。中にはHZみたいに他人をさんざネタにする系の奴らもいる。俺とこいつの事情なんて話したら、面白おかしく動画にされてそいつらの数字になるだけだ。
     俺が隣に腰を下ろすと、箕作はびくっと肩を震わせて顔を青褪めさせた。なんでお前が被害者面してんだとイライラする。前に座っていた最近登録者数150万人を突破した女性三人組グループのリーダーの女が、「そういえばみーくんって、ギンガさんのファンなんですよね!」なんて能天気に言うので、曖昧に笑った。なんて返そうかと迷っていると、「そうなの!」と箕作が明るくてでかい声で言う。
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