にゃあ、と声がするたび、頭上の枝が不安定に揺れる。帰り道を見失って所在なさげに前脚を彷徨わせる黒猫に向かって、彼はゆっくりと手を伸ばした。
数秒の沈黙。身を乗り出してより近くへ手を差し出した次の瞬間、枝の上にいた猫はぴょんと跳んで彼の胸に飛び込んでくる。
「うわっ!」
押し倒されるような形でひっくり返った彼の耳に、慌ただしくこちらへ近付いてくる足音が届く。身を起こし、胸の上をふみふみとしながら陣取っていた猫を抱え上げた──同時に背後から声が響く。
「ブルース!」
「博士。見てください、捕まえました!」
振り返った彼がそう言ってにこやかに猫を掲げれば、父は安堵と困惑がないまぜになったような表情でひとつ息を吐いた。
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