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    mimuramumi

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    mimuramumi

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    ツンちゃんと愉快なおにいちゃんたち(仮題)

     久々の帰省である──少ない荷物を手に輸送機を下り、故郷の土を踏んだツンドラマンは、清々しい気持ちで天を仰いだ。思わず小躍りしたくなるような、からりと晴れたよい天気である。

     第十一次世界征服作戦のあれやこれやであんなことになり、青くてちっちゃいやつにボコボコにされた挙句に実家へ送還されて勝手に機体を大改造したことが露呈してから早一年。多種多様な検査と機体の再調整を乗り越えて社会復帰を遂げたツンドラマンは、非常に充実した日々を送っていた。
     正気に戻って状況を把握した時は力に酔って暴れたロボットなど廃棄処分でもおかしくないと覚悟したものだが、それでも何とか処分を免れたのは──被害のほとんどが物損のみであった点での減刑のおかげもあるが──他でもないロックマンの執り成しとコサック博士の尽力のためである。ふたりには感謝してもしきれない、などと口で言うだけなら簡単なので、今後はよりいっそう社会貢献に励むつもりだ。具体的には三足のわらじで三倍の貢献を狙っていく。極地探索業務、美貌の研鑽、アイスダンスの鍛錬。いずれも本気で取り組んでいく所存である。
     無許可で機体を大改造した件については、兄たちにかなり厳しく絞られた。装甲を削ったせいで耐久力が想定の値を下回っているだとか、重心がずれているせいで片脚にのみ負荷がかかっているだとか、そのあたりを特に。ただそれもどことなくしょんぼりした博士の「まあ本人が納得できるのが一番だからなあ……」という一言で収束した。
     修理にあたって元のデザインに戻されるようなことはなく、むしろ外観には手を付けずに足りない耐久を補う形での改修が行われ、機体の状態は暴走前より格段に良くなった。兄たちも機能さえ基準を満たしているなら文句はないらしく、むしろ「自分でやったのはすごい」「俺たちじゃ出てこないデザイン」とお褒めの言葉をいただいた程である。
     一連の経緯は、ツンドラマンにとっては夢のような話だった。許されざる罪を許されただけでなく、自分にとっての理想の姿を認められ受け入れられた……それは彼にとって何より嬉しいことで、何より実現したいと願っていた理想であった。
     ツンドラマンは有頂天だった。業務に復帰して極地に戻ってからも、ずっと幸せな気分だった。嬉しすぎて小躍りした。というか普通に踊った。シロクマくんやアザラシくんたちはツンドラマンが何をしてもつぶらな瞳で瞬きをしたり、氷の上をつるつる滑ったりするだけだったが、それでもまあ良かった。何故なら今後は兄たちや世界中の人々にもこのダンスを見てもらえるので! うれしい! もっぺん踊っちゃお!

     と、まあ、そういうわけで。今回の帰省にあたっても、ツンドラマンはたいへんご機嫌だった。テンションが高かった。「折角だから研究所までは歩いていくよ!」などと空港までの迎えを断るくらいには。ちなみに研究所まではけっこう遠い。
     軽やかなステップを踏みながら数十分間歩いて、彼はようやく実家ことコサックロボット研究所へ辿り着く。今日は部下の研究者には休みが出ているらしいので、こちらの建物には誰もいない。研究所の出入口を通り過ぎて裏手の住宅部分の玄関へ。オートロックを解除し、勢いよくドアを開ける。
    「ただいま!」
    「おかえり、ツンドラ」
     高らかに響き渡るツンドラマンの声に、廊下の奥からやってきたロボットが応えた。彼の姿を見たツンドラマンは大きく両手を広げて喜びをあらわす。
    「ダストにいさん久しぶり! 元気だった? ……他のみんなは?」
    「元気だよ。君も元気そうで何よりだ」
     そう言ってダストマンは弟に手招きをする。ツンドラマンは彼に促されるまま家に上がった。
     ダストマンはずんずん廊下を歩いて、研究所の方向へと進んでいく。建物の中はいやに静まり返っている。ツンドラマンは少し不安になった。はて、こんなに静かなことがあるだろうか。今日は兄弟が全員揃っていると聞いた筈だが……首を傾げる彼に、ダストマンは落ち着き払った声を投げる。
    「ごめんね、出迎えが僕だけで。がっかりしたでしょ」
    「ううん、そんなことないけど……もしかして何かあったのかい?」
    「心配するようなことじゃないよ。でも、ツンドラに協力してほしいことがあって」
    「協力?」
     ダストマンはひとつ頷き、足を止める。彼の目の前にあるのはひとつの扉だ。その先にある部屋が何の変哲もない会議室であることをツンドラマンは知っている。知っているが、いったい何故この兄は自分をここへ連れてきたのか。いったい何に協力してほしいのか。分からないことだらけだ。
     困惑するツンドラマンに、ダストマンは静かに告げる。
    「ツンドラ。これから君には、面接を受けてもらう」
    「……面接……?」
     兄の口から飛び出した予想だにしない単語に、ツンドラマンはますます戸惑う。なんとも言えない表情で立ち尽くす彼に、ダストマンは畳みかけるように続ける。
    「ただの面接じゃない。この扉をくぐったら、君はお嬢様との交際を目論んでいるという設定になる」
    「……えちょっと待って、本当に何? お嬢様と??」
    「ああごめん、急だったね。順を追って説明するよ」
     説明しても分かるかどうか不安だけど──と前置き、ダストマンは淡々と語りだす。
     曰く。ダストマンやツンドラマンが言うところのお嬢様……コサック博士の一人娘カリンカは、通っている学校でたいそう人気なのだという。俗っぽい言い方をすれば、モテる、のだ。
     確かにカリンカは可憐で才気と活力に満ちた素晴らしい女性で、魅力を語ろうとすれば千夜一夜では足りない──これは一部のナンバーズの主張であり、全員がそう思っているわけではないことを併記しておく──が、社会においてその魅力は時に仇となる。そう、幼い頃からカリンカを愛し見守ってきたコサックナンバーズが危惧するのは、彼女に「悪い虫」がつくことなのだ。
     もし、万が一、カリンカに交際相手ができたとして。それがとんでもない相手である可能性は決して否定できない。いやナンバーズの面々とて彼女の恋路を進んで邪魔したいわけではない。ただ、将来彼女が不幸になる可能性を少しでも見過ごすわけにはいかないのだ。
     老若男女、有機物無機物、なんなら生死も問わない。誰であろうがこの目で審判して、本当にお嬢様に相応しい相手なのか見極めなければならない!
    「……というのを今後実践するためのリハーサルをしたいから、ツンドラには練習相手になってほしいってわけ」
    「ごめんひとつ訊きたいんだけど、実際にお嬢様に恋人ができたってわけじゃないんだね?」
    「そうだよ。予行練習だよ」
     平然と答えた兄に、ツンドラマンはそう……と頷いた。突っ込まれた上でそのテンションでいられるなら、もう何も言えることはない
    「それで、他のにいさんたちはその面接? のためにボクを待ち構えてるってこと?」
    「そうなるね。ちょうど、この扉の奥にいるよ」
     と、ダストマンは目の前の扉を指さす。ツンドラマンはうーんと唸った。そう言われると見慣れた扉も何だかにわかに重々しく見えてくる。
     ツンドラマンはしばし悩んだ。楽しい帰省のつもりが、なんだかよく分からない事に巻き込まれてしまった──だが、他ならぬ兄たちの頼みを無下にするわけにもいくまい。あとここで自分が断ったら身内じゃない人やロボットが巻き込まれる羽目になるかもしれないし。それはちょっと避けたい。恥ずかしいし。
     覚悟を決め、彼は兄に向かってひとつ頷く。
    「分かったよ。でもちょっと待って、必要だから。メンタルリハーサルが」
    「うん、待つよ。準備できたら言ってね」
     兄の言葉に甘え、ツンドラマンはじっくり時間を取って電子頭脳の内側で己に言い聞かせる。ボクはお嬢様との交際を目論む一般ロボット……交際……交際って何するんだろう……やっぱりダンスとかかな……お嬢様とダンス……うーんそれは確かにやってみたいかも……ドレスもキラキラでヒラヒラなやつを用意して……氷の上は動きづらいから、ボクがエスコートを……なんかやる気出てきたかもしれない。よし、やるぞ!
     むん! と気合を入れ、ツンドラマンは重々しく鎮座する扉へ向き直る。と、その前に彼はふとダストマンを振り返った。
    「ダストにいさんはやらないのかい? その面接官ってやつ」
    「ははは、何を言ってるのさツンドラ」
     弟の問いかけに、ダストマンはいつもと同じ落ち着き払った調子で答える。しかし、その目はどう見ても笑っていない。怯むツンドラマンに彼は静かな声で告げる。
    「僕の仕事はごみ処理・・・・さ……分別は、捨てる前にするものだろ?」
    「に、にいさん……?」
    「準備はできたかい? さあ、始めようか……」
     ダストマンが扉に手をかけた。背中を押されるがまま、ツンドラマンは部屋の中に足を踏み入れる。面接開始だ。今から彼は、カリンカお嬢様の貞操を狙う悪のロボットである。
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