「やっぱり実家っていいよなぁ…」
ベッドの上で寝返りを打つと、きしり、とスプリングが鳴る。新英雄大戦が終わり、束の間の休日ということで潔は実家に帰省していた。この前までこの部屋で寝起きして高校に通っていたのに、「実家」「帰省」なんて言葉が自分から出てくるだなんて、なんだか不思議な気持ちになる。ピッチの上に立てば日本の中でも屈指の好選手、世界の強豪と渡り合っているけれど(渡り合えてた?よな?)、この部屋にいるときは少し前までサッカーの強い高校にいたただの十七歳の潔世一に戻る気がする。こういうのって部屋に人のいないままだったちょっとした埃っぽさだとか、ベッドの冷たさだとかそういうものが感傷を引き起こすのかも、なんて。
試合の動画でも見て研究しようと、ベッドサイドで充電していたタブレットを手に取った瞬間、インターホンのチャイムが鳴った。
潔の部屋から一階のインターホンで応対をするまで少し時間がかかる。けれども相手はそんなことは知ったこっちゃないわけで、急かすようにもう一度チャイムが鳴る。
「宅配か?はーい、今出ます!」
ドタバタと階段を降りる。こういうのって子どもの仕事みたいにされてる気がする。サンダルをつっかけて、うっすらとドアを開ける。モニターを見てから開けるのってめんどくさくて大体シルエットで宅配かな、押し売りかな、みたいなノリでドアを開けてしまう。それってちょっと防犯上危ないよな。
黒いダウン、細めのパンツ。なんだか高そうなサングラス、細くさらさらとしたプラチナブロンドの髪、の先に見える綺麗な青の長い襟足。
つい先日までチームメイトだった、ドイツの皇帝、ミヒャエル・カイザーが立っていた。
『来てやったぞ、世一』
ヨイチ、しか分からない。おそらく来たぞー、みたいなことをこのニヤけた面でのたまっているのだろう。そういえば初めて会った時もドイツ語でペラペラ話してたっけ。その時もヨイチ、しか分からなかったが。
まあいいや、とドアを閉めようとすると、ものすごい勢いでドアを蹴っ飛ばし、脚先を捩じ込んでくる。こいつ自分の脚の価値が分かってねーのかよ?!反射的にドアを開けてしまう。「ミヒャエル・カイザー負傷、ドアに脚を挟まれたか」なんてことになったらたまったもんじゃない。
『俺がわざわざお前の家まで来てやってるのに、その対応はなんだ?日本人は礼儀正しく親切だと聞いたがお前は「わざわざ」やってきた客人に対してそういう対応をするのか?』
ものすごい勢いでドイツ語を喋っている。外国の言葉って早くないか?ちょっと勉強し始めたにしたって全く聞き取れない。唯一わかるのは「日本人」くらいだろう。
「ちょっと待って、わかんない」
片手を突き出して、制止する。カイザーはいつも通り「ハァ?」と形の良い眉毛を歪ませて、こちらを睨みつけてくる。この顔よくやってる。基本いつも不機嫌なやつだから。
「だからぁ!まだドイツ語わからないの!俺は!」
耳の辺りを指さして、両手でバッテン。ゆっくりと大袈裟に話す。言葉の通じない時はボディランゲージだって、誰かが言っていた。
その仕草でやっと気付いたようで、しばらくダウンコートやら細身のパンツのポケットを探し回る。完全に失念って感じのカイザーだ、珍しい。でもカイザーってこういう変に抜けてるところある、最近知ったことだけど。やっと見つけたイヤホンを乱暴にこちらの耳に詰めてきた。
「…世一ぃ、聞こえるか?」
「聞こえる…お前ドイツ語でペラペラ話すなよ。俺まだ分からないんだから…」
「おい、この俺がわざわざサイタマに来て、世一の家まで来てやったんだ。喜べよ」
「一昨日までバチバチやってた奴を実家に出迎えて喜ぶ奴がいるかよ。しかも教えてねえし…そもそも自由行動が許されてんのか?」
「いや?他の奴らは観光でもしてるんじゃないか?」
「えっ、お前、いいのかよ。それで?なんで俺んち知ってんだよぉ…教えてねえよ」
もー、意味わかんない。玄関先でずるずると座り込む。なんでカイザーが俺の家に来てんだよ。
「とにかく、早く入れろよ、客人だぞ」
「客はこんなに態度デカくねえ」
ピッチの上では五分五分で勝てても、俺はまだこの横暴さには勝てないらしい。