土曜21時、いつものバーで。
学生時代からの長い付き合いになるメンバーとの集合の連絡だった。
チームで組んでる情報屋という仕事柄もあるけれど、もはや集まるのは習慣に近い。
なんとなく誰かが声をかければ、理由なんてなくても自然と集まる4人組。それが僕らだった。
その心地よい関係性に1人加わったのはいつからだっただろうか。
カランコロン。
扉についたベルを鳴らしながらバーの扉を開けると、カウンター席にいつものメンバーと、もう1人の姿が見えた。
最初こそ、誰かが彼女をここに誘うたびに、挨拶のように「なんでここにいるの?」と悪態をついていたような気もするけれど、気がつけば、むしろ居ない時にはつい不在の理由を確認してしまうくらいには彼女はすっかり自然にここに溶け込んでいる。
「おつか…」
「玲ちゃん、このお酒おいしいね。気に入ってくれた?」
「ソウ、ダネ。羽鳥、クン。」
「君のために用意したんだよ」
「ワァ、アリガトウ…」
…訂正。
あれはさすがに不自然のかたまりだ。
羽鳥はいつもどおりとして。
彼女・泉玲は、カウンター席に座っている状態だというのに、ロボットダンスでもしてるのか、というくらいガチガチに関節を固めた不審な挙動で、口元は口角を吊り上げて無理やり笑顔を貼り付けているのに、視線だけは隣の席の羽鳥をにらみつけている。
「あ、亜貴。おつかれ」
羽鳥たちの奥から、にゅっと体を後方にしならせて慶ちゃんが手を振ってくる。 それと同時に、バッ、と泉が僕の方に視線と上体をあわせてくる。
「神楽さん!!おつかれさまです!!是非、私のお隣、席、いかがですか!?!?」
「えっ、ちょっと、勢いが暑苦しいんだけど」
隣の席をバンバンを指し示す泉に僕は軽くため息をつく。
普段、全員が揃ってる時に座る位置にはなんとなくの定位置がある。カウンターであれば、僕が座るのは慶ちゃんの隣で1番端の席。
今の位置は、泉、羽鳥、桧山くん、慶ちゃんの順での並びになっている。他の二人に声をかけるとしても、誰と話すときでも、必ず羽鳥の方向を常に向くことになる現状を彼女はおそらく変えたいのだろう。
……仕方ない。
あまりに助けを求めるような必死な表情をするものだから、いつもの調子で「いや」と棄却するのはやめて、彼女の隣に着席する。
「へぇ、珍しいね。神楽が玲ちゃんの隣に座りたがるなんて」
「その目、節穴なんじゃない?今、この子がどうしてもここに座って欲しいって言うから、わざわざ仕方なく座ってあげてるんだけど」
「本当に、ありがとうございます、ありがとうございます」
拝むようにしてくる泉は何度も頭を下げながら、いつの間に注文してくれたのか、僕が大体最初に頼むカクテルをそっと差し出してきた。それに軽くお礼だけ返し、軽く喉を潤す。
今日は午前中から忙しくて、ご飯を食べる暇すらなかった体にじんわりとアルコールが染み渡って心地が良い。
「ま、おおかた。また羽鳥が泉からかってあそんでるんだろうけど」
「そうか!あれはからかっていたのか!」
「桧山くん…気づいてなかったの…」
相変わらずの天然を発揮する桧山くんに対して奥の席から慶ちゃんが苦笑しつつ説明をしてくれた。
曰く。
羽鳥が泉(ひいてはマトリ)に捜査協力をして、お礼として、『俺、今よりもっと玲ちゃんと親密になりたいんだよね』とふざけた回答をしたそうで。
「…うわ、音声付きで明確に想像できるのが嫌すぎる」
「再現してあげようか?」
「いらない」
「とにかく、その結果、今日一日、泉はタメ口で会話することになったらしい」
「いつも思うけど、羽鳥だけ情報屋としての報酬毎回そんな罰ゲームみたいな内容でいいの?」
慶ちゃんの説明が終わったあとに、泉は頭を抱えながらカウンターデスクに両肘をつく。
「大変に恐れ多いことですが、皆さんとは良い関係性を築けているというか、こうしてプライベートでも仲良くしていただけてありがたいなという気持ちでいっぱいなんですけど、仕事関係で出会った年上の方にタメ口を聞けるほど私の肝は座っていないといいますか」
「えー、年上って言ってもたったの1歳差だよ?もっと気軽に話してくれていいのに」
笑ったあとに、羽鳥はふと僕を見てにんまりと笑みを浮かべる。
「あ、それなら、【同い年】の神楽なら話せるんじゃない?」
「……え"??????????」
先程まで、こちらを神と崇める勢いで救済を求めていた表情が今度は面白いくらいに青ざめていく。
「仕事関係で出会った同い年の槙にタメ口なのに、玲ちゃん、神楽にはずっと敬語だよね。」
「なんて恐ろしいこと言うんですか!羽鳥さん」
「玲ちゃん、今日は俺と仲良くする日だよね」
「羽鳥くんは!!冗談が!!!面白いなぁ!!!」
「あはは」
隣の席での小競り合い。
いつもなら、僕は「勝手に僕を巻き込まないでくれる?」と反射的に返して羽鳥を睨む場面だ。
でも、ただ、それは、
(確かにそうだった。)
慶ちゃんだけじゃない。
「スタンド」という組織にたまに協力してあげはじめて以降、同い年だからという理由で、泉の同僚である夏目くんや菅野くんたちと集まる時もあるけれど、彼女はいつも、僕にだけ、敬語を決して崩さない。
まあ、出会ったばかりの頃…しばらくは、
見知らぬ人に対する自己防衛の1種として、
許容されるであろう範囲で
ほんのちょっとだけ
本当にすこーーーしだけ、
脅かした自覚は、なくはないけど。
それにしたって、今ではたまに2人でご飯を食べに行くこともある、そんな関係だというのに、いつだって彼女は僕に対して敬語を崩さないのだ。
僕はそれが、
ずっと、面白くないと感じていた。
「確かになんで僕にだけ、敬語なの?」
羽鳥が彼女で遊ぶために僕を利用すると言うなら、僕も羽鳥を利用しよう。
珍しく【乗っかってきた】僕に羽鳥が一瞬だけ目を見開いたあと、にんまりと笑みを浮かべる。
あれはこの面白い展開を見逃したりはしないだろう。
「亜貴、あれは絶対酔ってるな」
遠くの席から慶ちゃんの声が聞こえた。
ああ。そうか。僕は今日酔っているらしい。
空きっ腹に流し込んだお酒が効いているのか。どこか夢心地なふわふわした感覚を抱えながら、それでも、標的は捕捉した。
酔っているなら、むしろちょうどいい。
普段の僕がなら絶対に言わない、羽鳥のセリフを借りてこう、告げる。
「泉、僕とも仲良くしようか」
羽鳥と僕に包囲されている彼女に逃げ道はない。
今はまだ少しだけ遠い、彼女との距離に1歩。
土足で今、無理やり踏み入ってやる。