泉玲
【緊急連絡】
暑い毎日いかがお過ごしでしょうか。一大事発生につきお知らせいたします。
我らがマトリの泉玲さん、最近非常に夏バテ気味です。
あまりの暑さに夜も眠れず、食欲も減退。お仕事に支障をきたす前にこの事態なんとかしなくてはなりません。
hal
玲ちゃん、昼にとんかつ定食大盛食べてたよ
夏樹
食欲減退…
泉玲
ハルくん。ばらさないで
夏樹
うける笑
泉玲
つきましては、この連日の猛暑を利用した贅沢の限りを尽くすことで夏バテ撃退をしたいと考えております。本日21時、お時間がある方がいらっしゃいましたらご一緒にいかがでしょうか
泉玲
※割り勘です
===
「仰々しく言うから何事かと思ったらこういうことねー」
メッセージの内容からして、どうせ大したことない話なのは予測していたけれど。
仕事の処理で少し遅れて指定の場所に行くと、厚労省に務めている友人が2人。すでに軽く出来上がっている様子で、こちらに手を振ってくる。
「菅野君、お疲れ様!」
「お疲れー」
「おつかれさまー!」
笑いながら、グラスを掲げると、同じようにグラスが持ち上がり、騒がしい声に紛れて3つのグラスがぶつかり合う音が耳に届いた。
確かにこれは夏バテも撃退する、最高の夏の贅沢だ。
彩られた電飾の熱、混雑した人々の賑わい、普通の居酒屋よりも距離の近いテーブル。夜と言えど、気温25度を超える熱帯夜の風は生ぬるく、程よい熱気の中で、飲み干すキンキンに冷えたビールは、最高に『生きてる』って感じがする。
「聞き込み中にビアガーデン開催‼ってポスター見かけたら、今の仕事一区切りついた絶対行きたいって思って招集かけちゃった」
ようやく来れたよ~、とうっとりしながら玲はグラスを掲げてまた一口飲み、ぷはーっとCMで見るかのような息を吐いた。
「ってことは、マトリのほうは業務落ち着いたかんじ?」
「今の案件は今日、ようやくね」
ビールに夢中な玲に代わって、枝豆を口に含みながら、答えた夏目くんは肩をあげて困ったようにため息をつく。
「その様子は…残業多かった系?」
「めっちゃたくさん」
この手の仕事に就いている人の中では珍しく、やることはきっちりやった上で定時に仕事を終えることに執念を燃やしている夏目くんが心底いやそうな表情を浮かべた。話を聞く限り、自分の仕事を終えれば空気なんて読まずに問答無用で帰宅する彼が『めっちゃたくさん』の残業をしたということは、よほど大変な仕事だったのだろう。
「そっちは?お巡りさんのほうはどうなの?」
「こっちも丁度忙しかったけど、今日色々落ち着いたかな。まじで疲れた」
「そ、お疲れ様」
「お互い大変だね」
本当だよ、とけらけらと笑いながら、気がつけば玲が追加注文しておいてくれたらしい、ビールの2杯目に口をつける。
(なんか、力、抜けるなぁ)
気が付けば、自然と緩んでいた頬と、肩から抜けていく力に救いを感じながら、他愛もないくだらない話に花を咲かせる。
正直。普通に、友達は多いほうだと思う。
警察の捜査一課という超ハードワークな部署に身を置いてはいるけれど、それを理解し、ドタキャンを許してくれて、なおかつ、急な誘いを振ってもフットワーク軽く乗ってくれる友達が多い。オンオフ充実、ワークライフバランス…なんて言うと求人サイトの触れ込みのような文言だけれど、まさに自分は友人たちに恵まれて、それが出来ている自信がある。
でも、たまに、ふっと。
―――仏さんの様子は
―――検死結果は、死後一週間以上経過。死因は窒息死。暴行の痕ありますが、どれも致命傷には至りません
―――苦しめるだけ苦しめたいって感じがある殺害方法ですかね
―――怨恨の線が強いってことか…
仕事中のことが脳裏をよぎった瞬間。
一緒にいるのに、日常の裏側で手を招く非日常でラインを引かれて、周りのみんなとは住んでいる世界を分け隔てられる感覚に陥る。
もちろん、変な風に取られないように笑顔を貼り付けておくことはなんてことないけれど。
(それが、ないんだよなぁ)
ほら今だって。
一瞬、今日の昼間の出来事に気をとられても、表情を特に管理する必要もない。自分がどんな顔かなんてどうでもよくて、そのままシームレスに、くだらないことでキャットファイトをはじめた目の前の友人を眺めながら、自然と腹の奥からこみ上げる笑い声を感情のままに素直に吐き出すだけだ。
「人数分頼んだから一人一本って言ったのに‼ひどいよハルくん」
「早い者勝ちだし、割り勘なら少しでも多く食べないと損するじゃん」
「くっ…そうだった、ハル君はこういう性格…。こうなったら、必殺技……すみません、焼き鳥盛り合わせもう1皿――」
…まぁ、普通にこの人たちが愉快な人たちだから思わず笑ってしまう、というのはあるけど。
彼らだって今日まで仕事が大変だったということは何かしらを見ていたはずだ。薬物に苦しむ人か、薬物をばらまく悪か、それとも…。
想像はできないけれど、玲の頬に貼られた絆創膏や、いつも身綺麗にしている夏目くんのワイシャツの袖についた何かを擦ったような黒い線が、きっと大変だったであろうことを語っている。
そんな2人だから。
いつだって今の裏側に何かが起きていることを知りながら、日常を送る彼らだから、いつだって同じ世界でいられる大切な友人たりえるのかもしれない。
「……俺、2人とも大好きだわー」
何杯目かのビール。
くらくらと酔った勢いに任せて告げると同時に眠気がそっと瞼を閉める。
ああ、なんか恥ずかしいことを言った気もする。今日はこのまま潰れてしまおう。そのままテーブルに突っ伏して、意識を手放すことに決めて、俺は心地よい夢の世界へと落ちていった。