ドッヂボールの様にさ 大人の分別というのは、他人の領域に立ち入らないことだと、いつの間にか学んでいた。家族でも友人でも、誰もが必ず白線を引いている。見える見えないにかかわらず、踏み越えてはいけないし、重んじらなければならない。立場と距離が、社会を整理している。他人はもちろん、ましてや仕事の同僚や、そして上司に至っては。
初めの顔合わせで挨拶されたときの上司の印象はどうだったろうか。五味丘はたまにその瞬間のことを思い出す。例えば夜勤明けのまだ人のいない街を一人帰っているときや、南雲に現場を任される程度の小さな事故の処理が終わった後などに。
急増する犯罪に追われるように立ち上げられた部署への異動を志願したのは、誰かがやらないと行けない仕事だと理解し、またまっさらな部署なら思う存分仕事が出来、評価も得られるという野心からだ。実際揃った顔ぶれは機動隊などで揉まれた覇気溢れるものばかりで、新進気鋭のエリート部隊と呼ぶに相応しいものだった。そんなホープを率いることになる警部補は、背筋を伸ばし、眉間に力を入れ、気の強さを隠そうともせず、涼しげな声で鋭く檄を飛ばしてきた。いわく、日本初、いや、世界初のこの部署において、我々の働きがこれからの社会とレイバーのあり方すら変えるのだ、我々の部隊は選び抜かれた先鋭として、この重責を担い、そして見事期待に応えられる力を持つ、と。そして着任の挨拶のあと、「あなたが五味丘巡査部長ですね」と言われたときの声はいまも鮮明に耳に残っている。この穏やかな声のなかに、先ほどまでの熾烈さを収めているのかと。彼女もまた、戦って勝ち抜いてきた、一流の戦士なのだ。
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