kiss×∞■Kiss×∞
「肥前、肥前の」
蕩けるような笑みが視界いっぱいに広がる。細められてなお朝焼けの色を湛える目が閉じられるのを確認してからようやく肥前も目を閉じた。
直後、唇に触れる柔らかな感触。同時に薄く開いた隙間から熱い舌が差し入れられた。
「んっ、ふ、ぁ――」
熱く柔らかな感触が咥内を愛撫していく。同時に頬に添えられていた手のひらも首筋から肩、胸元と全身を這い回り始めた。
陸奥守は前戯が長い。
他を知らないので一般的なまぐあいがどんなものなのかは分からないが、とにかく肥前からすれば陸奥守の前戯はねちっこいの一言に尽きる。
元々、自分達の関係はとても歪なものだった。想いを抱え込み情欲を拗らせてしまっていた自分達が恋仲という関係性に落ち着けたのは奇跡だったと思う。
恋仲になった事自体が嫌な訳ではない。ただ、恋仲になってからというもの優しいという一言では済ませられないほど長く執拗になった前戯に辟易しているのだ。
口吸いから始まる全身への愛撫。秘所を解すどころか全身を溶かして鉄に戻す気かと問い質したい。
「あっ、つ、も、もういい、から――」
早く。言いかけた口は口吸いで封じられてしまった。
「だーめじゃ。肥前のがちっくとも痛うないようちゃーんと解すきね」
(ぜんっぜん痛くねえ! むしろ焦らされ過ぎてキチぃんだよ!)
胸の内で叫ぶも、実際に出るのは甘ったれた喘ぎ声ばかり。結局今夜も散々焦らされて蕩けさせらてからの挿入となった。
陸奥守とのまぐわいは前戯が長い。散々焦らされ、啼かされようやく挿れたと思えばその先も長い。
とろとろに解された後口は堅く雄々しい逸物を容易に飲み込み、痛みの欠片も無くただひたすらに快楽を享受する。
加えて遅漏気味の陸奥守がじっくり肥前の中を堪能したいとかで挿入直後はゆっくりとしか動いてくれず、挿入したまま繰り返される口吸いや全身への愛撫と併せ肥前はもう喘ぐことしか出来ないでいた。
結果、陸奥守が満足する頃には喉が枯れ、身体は指一本動かせないというありさま。
脇差しの年若い姿で顕現しているとはいえ、事後も元気に後始末をしている陸奥守を見ていると情けなくなってしまう。
ぐったりとされるがままの肥前と違い、陸奥守は汗やら何やらで汚れた身体を清め、敷布を代え、着替えさせ、腹が空いたと言えば夜食まで用意してくる。
今も鼻歌交じりで楽しそうに肥前を清めている。
(何がそんなに楽しいんだか)
以前は身体を清めるにもこんなに丁寧ではなかった。肥前を起こさないよう、気付かれないよう、必要以上に触れないよう、慎重に汚れを拭き取るのみだった。
それが今では汚れを拭う傍らで口付けを落とし、拭いた傍から舌を這わせてくる。
清める傍から汚してどうすると力を振り絞って殴ってみたこともあったが、何故か喜ばれた。
「こうして肥前ののお世話出来るんが嬉しゅうてたまらんのじゃ」
満面の笑顔で後始末を続ける陸奥守が少し気持ち悪くてそれ以降、何かを言った事はない。
肥前としてはまぐわい自体は前と同じ程度で十分だった。ただ目を閉じずに己を抱く陸奥守の表情を見たり、最初と最後に口を吸ったり、恥ずかしい喘ぎ声をかみ殺したり出来ればそれで十分だったのだが、恋仲になった陸奥守のしつこさは声を我慢出来るような生やさしいものではなかった。
最中に肥前を見つめる目には深い愛情があった。口を吸いたいと願えば肥前が何かを言うより先に察して口を吸ってきた。甘ったるい声を我慢しようものならあらゆる手段をもって口を開かせ以前より更に甘ったるく喘ぐ羽目になった。
結局陸奥守の望むとおりに身体を暴かれているのに変わりはない気がするのだが、暴かれる事自体が嫌という訳ではないので何となく許してしまっている現状だ。
「ほいたら、軽く食べられるもの持ってくるきちっくと待っとうせ」
身体を清め終えた陸奥守が温くなった桶を手に立ち上がった。これから汚れた敷布を軽く洗ってから洗濯物置き場に置き、桶を戻して予め用意してあった夜食を持ってくるのだろう。
まさに至れり尽くせり。
危険を冒してまで夜に忍んで来ていたのだからそれなりに執着されているのは分かっていた。その根底に情もあるだろうとは思っていた。だがまさかこれほどとは。
寝たふりをしたまま犯されていたあの頃とどちらがマシだろうか。
考えるまでもなく、好き勝手にされていた頃より今の方が遙かに恋仲らしくあるはずなのだが、執着という点においては日々悪化の一途を辿っている気すらする。
今はまだ一振り部屋の陸奥守の所へ肥前が通う形だが、近く陸奥守と肥前は二振りでの部屋となる。
建前上は南海の書物が増えすぎた為、書庫に近いもっと広い部屋へと一振りで移り住むからだ。以前からの南海の希望でもあり、南海の練度が上限に達した報償として与えられた一振り部屋でもある。そのどさくさで肥前との二振り部屋を決めてしまったのは流石陸奥守、といったところか。
週に何度か通うだけでこのありさまだ。毎日同じ部屋で寝泊まりしていたらどうなってしまうのだろう。
同じく練度上限となった陸奥守は今は肥前と同じ部隊で遠征を主としている。いつか肥前にも極めの修行が許されたならまた練度上げが必要となるが、そこにも陸奥守が居るような予感がする。
どんな根回しをしたのか、本丸ではすっかり肥前と陸奥守が恋仲なのを受け入れられている。
遠征だけでなく、特別戦場への出陣も。内番も。気付けば常に陸奥守が同じ部隊に居た。
どう考えても異常だ。古参の連中は陸奥守が初めて見せた執着を「人間らしい」と歓迎しているようだが、政府から来た連中や新参は皆一様にぎょっとした目で肥前を見ている。とある刀などは嫌なら政府に逃がしてやろうかとまで言ってきた。うなずきはしなかったが。
本丸で起きたことは全て主の耳にはいる。本丸とはそういうふうに出来ている。そして、主の耳に入った事柄は、望めばすべて陸奥守も知る事が出来る。
それ程に、戦争の最初期を乗り越えた本丸初期メンバーと主の絆は強い。
今更何かを言ったところで、もう陸奥守は止まらないだろう。
「肥前、まだ寝ちょらんね? 今日は酒盛りしてる連中のつまみ分けて貰ってきたき、ちっくと豪華な夜食ちや」
「……起きれねえ、食わせろ」
「おん! まかしちょき!」
言葉の通り、いつもより品数の多い夜食をもって陸奥守が戻って来た。
確かに腹は減っているが起き上がれる気がしないのでそう言うと、相変わらず嬉しそうに肥前の世話を焼き始めた。
抱えられ、食いたいものを言えば口元まで持ってきてくれる。合間合間に口を吸われたり身体を支える手が不埒な動きをしたりもする。
夜食を食べ終えるのが先か、肥前が我慢出来なくなるのが先か。どっちにしても肥前が満たさせることに変わりはない。
際限なく強くなる陸奥守の執着を肥前は放置している。
おそらく、肥前が何らかの事情で折れてしまえば陸奥守も自ら折れるだろう。
もしかしたら主もそれに気付いているから明らかに異常な現状を放置しているのかもしれない。
別にそれでも構わないと思う。
どうせ仮初めの身体、仮初めの時間だ。好きな様にして何が悪い。
「おい、陸奥守、もういい」
「ほうかえ……なら、もういっぺん、えい?」
程良く腹が満たされた。まだまだ夜は長く、幸いなことに明日は非番だ。陸奥守の目に再び欲が灯る。
「ちゃんと満足させてくれんだろうな」
「まかせちょき」
常軌を逸した執着すら心地良いと感じるのだから、肥前も陸奥守と同類だ。
(さあ堕ちてこい。イカレタてめえにはおれが似合いだ)
再び長い前戯からの長い長いまぐわいが始まる。