しっぽ穴 テラにおける人類のおおよそ半分に共通の悩みとして、服の尻尾穴をどうするかというものがある。無論、金持ちや貴族であればぴったり自分のサイズに仕立てた衣服を纏っているためこのような悩みとは無縁だろうが、エンカクのような庶民、それも流浪を日常とするサルカズともなれば自分のサイズに合った服を手に入れられることすら奇跡的な確率であり、ましてや尻尾穴のサイズともなれば自身で調整するのが当たり前の世界であったので、目の前の小柄な痩身が不思議そうにエンカクのズボンの尻尾穴を観察していることにいささかどころではない尾の置き所の悪さを感じているのだった。
「まだか」
「だって私の服にはついてないのだもの」
どこか上の空の――この男が集中しすぎるときによく発する――口調とは裏腹に、エンカクの腹に抱き着いたままの男は両手を伸ばしてエンカクの臀部をまさぐっている。厳密には尻ではなく尻尾の付け根のところにあるズボンの布地に開けられた穴である。サルカズの尾はヴィーヴルほど太くはなく、ヴァルポのように豊かな毛に覆われているわけではない。分類としては細尾であり、維持する穴のサイズも比較的小さく済む。種族によってはやれ穴に毛が引っかかっただの位置が悪くて尾の表面が削れただののトラブルが日常茶飯事ではあるが、サルカズである自分は幸運なことにその類の問題とは縁遠かった。長さだけはあるため、着替えの際急いで通そうとすると留め具に絡まることがあるくらいだ。そのような何の変哲もない尾ではあるのだが、このテラでも指折りの頭脳を持つ男にとっては立派な観察対象であるらしい。
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