雪と物好き「俺、雪って好きだなあ」
窓辺の椅子に腰掛けた貴方は何故か楽しげな顔で外を眺めていた。暖炉から遠いそこは冷えるだろうに、ほらご覧なさい。もう頬が赤らんでいるではないですか。
わざと聞こえるように溜め息をつき、先程淹れたばかりの紅茶を目の前に差し出すと『お、サンキュな』なんて当たり前のように貴方はカップとソーサーを受け取るから、つい嫌味が口をついて出てしまった。
「雪が好きだなんて物好きもいたものですね。燃料費の高騰、交通網の混乱、物流の遅延、物損、転倒、屋根からの落下……除雪作業に軍まで駆り出されるんですから税金と労力の無駄遣いですよ」
「おまえって本当そーゆーやつな」
「それはどうも」
そういうやつですから。
呆れたような物言いをしたくせに、振り向いた貴方の口元は笑みを携えていた。今しがた貴方が紅茶に落とした角砂糖のような甘さをその口元に潜めている。じわりと溶けて沁み込むような。
「大抵の大人は雪が嫌いだと思いますよ。嫌いというより面倒になる、か」
「はいはい俺はまだまだガキですよー」
やっと嫌味が通じたらしい。
私に続いて暖炉の前のソファーに移動し、ようやく貴方はカップに口をつけた。ふ、と湯気がたなびく。
「蓼食う虫も好きずきって言葉知ってる?」
「よくそんなことわざ知ってましたね」
「まあね」
えへん。
途端に得意げになった横顔に満足して栞を挟んでいたページを捲る。十七行目、と紙面を指で辿る。目的の行に達し読み始めようとした時。
「ジェイドって雪に似てる」
そんなことを貴方は言う。
冷たくて厄介で税金の無駄遣いで大抵の人間に嫌われていると言いたいんですかと流すことはできなかった。
角砂糖はもうすっかり溶けてこの胸に沁み込んでしまっていたから。