The monster in the child's roomThe monster under the bed.―――「子供部屋のベッドの下、或いはクローゼットの中には恐ろしい怪物が潜んでいる」とは、欧州の子供たちが一度は恐れる怪談である。例に漏れずデイビットも、またそのひとりであった。
父親がいる夜はいい。ベッドの下から這い出てきたモンスターに襲われても、デイビットの悲鳴に気づいてきっと助けにきてくれるからだ。でも、父のいないひとりきりの夜は怖い。そして、仕事に忙しい父であるため、大抵の場合デイビットひとりで夜を過ごさねばならなかった。
夕食と歯磨きを済ませたデイビットはベッドに飛び込んだ。ひとりきりの家で、デイビットは目のすぐ下までブランケットを引き上げる。天井には薄青い闇がどこまでも広がっていた。
ごうごう、ざわざわ。
窓の外で風が吹く。濃い緑たちがざわざわと揺れている。
寝返りを打つ。なんだか眠れなかった。
ベッドの下から、じわじわと濃い闇が染み出してくる気配。デイビットは慌てて毛布の下に潜り込んでぎゅっと目を閉じた。毎晩感じるこの感覚にはいくつになっても慣れない。
倒れたインク壺のように、闇はどくどくと広がっていく。ベッドの下の気配は大きくなり、じとりとデイビットのブランケットに手をかけた気さえした。それはもうすぐそこまで来ている。闇がひたすらにデイビットを見つめている。
「今夜はそう寒くないだろう」
男の声。
でも父さんじゃない。
不審者、誘拐目的というワードが頭をよぎったが、男はぽんぽんとブランケットの上からデイビットを優しく叩いた。それはあまりにも、暖かく温度があった。そして、父親がしてくれるそれにとても似ていた。そっとデイビットはブランケットの殻から顔を出した。渚の貝のように。
見知らぬ金髪の男が立っていた。トウモロコシの髪に、湖の瞳。
「おじさん、だれ?」
「おじさんだと!?相変わらずのクソ度胸だなオマエ………」
男はサングラスを外して、またかけた。
見たことがないくらいにうつくしい男。しかし服装があまりにもパンクである。デイビットはロックバンドがお仕事なのだろうと勝手に納得した。
「あとロックバンドって何だ。神やってるんだぞ、それも全能神」
「そうなの」
全く理解していないデイビットに男はため息をついた。
「毎晩ブランケットに籠もるとは。蝸牛の真似か?」
「ううん。こわいの」
「ベッドの下にいたヤツか?」
小さな頭が頷いた。デイビットは毎晩、ベッドの下の気配に怯えている。
「それならもう喰ったぞ」
男が何でもないようなことのようにのたまうので、ひゅう、とデイビットの喉が小さな音を立てた。目の前の男はあんなに恐ろしいモンスターを「食べた」という。
「………おいしかったの?」
いいや、と男が答えた。
「オマエの味がしたから。恐れと絶望の味だ。よく肥えていた」
デイビットは首を傾げた。男の言っていることはわからなかったが、男は食べたかったから食べたということらしい。
男は語る。ベッドの下のモンスターはまるまると肥え太っていた。モンスターらしからぬ間抜けな醜悪さは、いっそ滑稽なほど。暗闇を怖がるデイビットの恐怖を毎晩たっぷりと吸い上げていたからだ。
モンスターはもういない。
大丈夫だ。
男はそっとデイビットの額にかかる髪を除けた。あの悍ましいモンスターを食べたとは思えない、やさしいやさしい手つきであった。
「おじさんは明日も来てくれる?」
「ずっといるさ。オマエのいるところにな。」
男の落ち着いた低い声にそっとデイビットは目を閉じた。ベッドの下からしていたあの気配はもう微塵も感じなかった。
デイビットの部屋には相変わらずモンスターがいる。
そいつは笑ってデイビットにそっと毛布をかけ直した。