壁から海老フライが生えているんだが この人はついに呪われたのだ。
依頼人である霞ヶ丘煌平の話を聞いて狐はそう思った。
2メートルはある巨体を丸めて話す様子は小人の国を訪れたガリバーのように見える。確か年齢は自分と同じ35歳のはずだ。大の大人から相談されるには、今聞いた話はあまりにも馬鹿げている。
「煌平さん、酔ってませんか?」
公園のベンチに並んで座っていた狐は、コーヒーの缶で煌平を指した。
そもそも煌平との出会いは行きずりのバーだった。そこで狐は早々に酔い潰れ、散々に嘔吐しながら煌平に絡んでいた記憶がある。後で店と煌平に弁償と謝罪をしようと店のある場所を探したが、誰に聞いても「そんな店は知らない」との事だった。
あの夜の馬鹿騒ぎが夢の中の出来事だったのだろうかと自分を疑ったが、煌平の名刺だけはしっかりと財布に残っていた。名刺を頼りにその住所を訪れると霞ヶ丘煌平はしっかりと存在し、古美術商を営んでいた。
そんな奇妙な縁から、狐は度々煌平の古美術店に足繁く通い、妙な、特にいわくのありそうな物を渡してはどんな反応をするのか独自に調査していた。
そして今日、珍しく煌平から葛ノ葉探偵事務所に電話がかかってきた。狐を指名し公園へと来るようにとの依頼で、狐も単純に仕事の話だと想像していた。
店の休み時間に出てきたのであろう煌平の顔色は悪かった。少し痩せたようにも見える。落ち着いた色味のジャケットが余計に疲れた印象を強めていた。
公園のベンチに並んで座り、項垂れた様子の煌平を全く気にしていない素振りを見せ、狐は缶コーヒーを飲んだ。
少し前に双子の兄がいると聞いたが、その兄に何かあったのだろうか。
煌平は兄の話になると興奮してしまい冷静に話ができない。こちらから兄の話題に触れない方が良いだろう。一人っ子の狐にはわからない世界なら尚更触れてはいけない。
そもそも狐では煌平が暴れたらひとたまりもない。一度酒の席で見せてもらったが、恵まれた体躯と通信教育で体得したという格闘技の組み合わせは、まさに肉体という凶器と呼ぶに相応しいものだった。
お兄さんの話だったらなんとか言いくるめて逃げてしまおう。
狐が逃走計画を立てていると、煌平はようやく口を開いた。
「信じられないかもしれないですが、聞いてください」
煌平はそう前置きをした。
狐はひとまず相槌を打つ振りをして、一番近い公園の出入り口に目星をつける。
「実は」
狐が飲みかけの缶コーヒーをそっと煌平に投げつける準備をする。これで変な動きをされても時間稼ぎにはなるはずだ。
「壁から海老フライが生えているんです」
そして冒頭へと戻るのである。