無機物に花束をとある世界
既に全ての区画を制圧し蹂躙した武器たちは現在、カリバーを通じた工場内で待機…いや、療養していた
珍しく我らが主であるカジオー様は我々に「休め」と言ったのだ。明日は溶湯の雨でも降るのだろうか。いやそんな事はどうだっていいのだ、今は
複数種いる武器の中で、2人が謎の症状に見舞われている。我々は生き物ではないが故に呼吸も元来そこまで必要としないが体構造的だったり声を発するためだったりで僅かだが無意識にしている…らしい。全てカジオー様からの受け売りの説明だが。まあそれも置いておこう。苦しそうに息をする2人の前で我々はどうしようもなく眉に眉間を寄せることしか出来ない
「具合はどうだ」
「これはこれは、ブーマー殿。偵察は済みましたので」
相変わらず重たそうな鎧を身に付けているのに音もなく現れる。赤い武士のような武器は外から戻ってきた様子で、肩に乗った"植物"を手で払い除けると同時に燃やした
「変わらないままですな。苦しそうに息をして、魔法どころか声すらまともに発せない。あとやたらと甘い香りがしますねェ」
「現地民を問いただしてきた。カジオー様には報告済みだがお主らにも共有しておくべきだと思うてな」
「はあ」
ヤリドヴィッヒが首を傾げる。僅かな動きでもカタカタと小刻みに揺れる様はどうにも周りに若干の不安を与える
「"花吐き病"。と言うらしい。外部の存在によく発生する現象だとか。武器にとって縁遠いと思っていた病気とやらにまさか2人も感染するとはワシも思わなんだ」
カシャン、と鎧を鳴らしながらその場に屈むと、いつものような元気はまるで見られないユミンパとケンゾールの顔を覗き込んだ。ケンゾールの横ではホッピングが不安そうな表情でオロオロとしている
「…ふぅむ……やはりワシには分からんな…この2人は侵攻時どこへ?」
「確か、花畑と蔓の森に行っていたはずだ。交戦はあったと聞いたが大した損傷は受けていなかったぞ」
ブーマーの問いに、オノフォースで2人を迎えに行っていたレッドが答える。ヤリドヴィッヒは町の方に行っていたから2人の当時の様子は知らない
「…そういえば、ユミンパは確か玉のようなものを撃たれたと言っていたな。鉛玉ではなかったから痛くも痒くもなく拍子抜けしたと小馬鹿にしていた」
「……」
「おそらくその玉だろう。原因は」
ピリ、とした緊張が療養中の場に走る。話に入り、奥の方から歩いてきたのは我らが主君のカジオー様
右手にはいつものハンマーを、左手には……何か、ズタズタにされた…原住民のようなものが握られ引きずられていた。要所が若干焼け焦げたような色に変色している。何をされていたかは言うまでもない
「カリバーを雪山の頂上に配置して正解だったな。火山だからと敢えて選んだ場所だったが幸運だったようだ」
近付いてくる途中で左手の屑を手放し、そのまま一直線に2人の元へと歩いてくる。傍に座っていたブーマーは流れるような所作で立つとその場から退いて道を開けた
「…………ゥ"………かじ、お……さま…」
「……」
申し訳ありません、と眼孔のない目が訴えているようにも見える。ユミンパの方はカジオーの方に向くことすら出来ず、意識を保つので精一杯のようだ
「見せてみろ」
その場に屈むと、まずはケンゾールの胴に手を当てる。するりとその大きく無骨な手からは想像できないような手つきで触れていくと、とある部分で手を止めた。丁度胸部の部分。胸の取っ掛りに指を引っ掛けると、そのまま力づくでガコンッとその部位を開いた。ビクンッとケンゾールの体が波打ち、耐えるような呻きが聞こえる
胸部を開いた瞬間、この場にあまりにも似つかわしくないむせ返るような甘い香りが溢れ返った。それを吸ったのか、ケンゾール本人も噎せるように咳をする。同時に、その口から色のついた植物…花と呼ばれるものがその場にいくつか撒き散らされた。それの色は、炎のように赤く、眩い
思わずその甘い香りにカジオー以外のメンバーは手やマントで目以外の顔を覆う
「寄生か。火が勝てぬはずないが…?ふむ」
おもむろに胸部の穴へと手を差し込むと、何かを握りしめそれをブチブチと引きちぎりながら引っ張り出した。握りしめた手からポタポタと半透明の緑の汁が流れ落ちる
「なるほど、水分の多いものを、か。くく、考えておる。火に特化させたはずのコイツが負けるはずがないと思っていたが改良の余地があるらしいな」
「…は……もうしわけ、ありま…せん、…っ……」
「あとで叩き直してやる。ワシの魔法でもこれの完全な処理は出来んからな」
カジオー様の魔法でも?と思ったが声に出さないよう慌ててヤリドヴィッヒが口を手で押さえる。幸いにも王は気づいてないようで、立ち上がるとそのままユミンパの元へと移動していく
「……………」
「むん?ユミンパの方が症状が酷いか?オノレッド、回収したのはどちらが早い」
「はっ!拠点に近かったユミンパの方になります!しかし、連絡によれば2人の制圧はほぼ同時だったと思われます」
「ふむ…もしや…」
レッドの報告に眉が左右非対称に上げ下げされる。暫く考えたあと、おもむろにハンマーを横に置くと両手でユミンパの胴に手をかけ引き裂いた
「ッッッ"!!!〜〜〜〜ッッ!!!が…ッ…!!」
「静かにしろ」
メギメギ、ミシ、バキ、と金属ではなく木が裂けるような激しい音を鳴らしながら胴が縦に開いていく。静かにしろ、と言われた以上ユミンパですらその言葉には素直に従わざるを得ない。鉄の床に手袋越しに爪を立て、必死に耐える。何か言いたげに口を開閉させる度にそこから鮮やかな水色の花が止まることなく溢れ続けた
雷の色だ
その光景を見ていたヤリドヴィッヒは表情を引き攣らせながらそう思った。まさか…
「やはりな。ユミンパはお前たちと違い別の素材を使って製造したから寄生しやすかったのだろう」
引き裂いた場所をそうっとカジオーの背中の端から覗き込むようにして見れば、体内で植物がほぼ融合するようにして絡み合うのが見えた。もちろん、水色の花もそこには多く咲きほこっていて
「これは叩き直すのではダメだ。ユミンパは全て新しい体にする必要がある。…構わんな?」
「………は…………ィ…」
「次は寄生されにくくする必要があるな」
ユミンパのいつもの騒がしさからは想像もできないほど弱々しい返事に、カジオーはどこか満足気な表情をしているように見えた
「さて、修理と場の準備が整い次第別の世界に向かう。ヤリドヴィッヒ、お前は外で花の調達を行え」
「は……カジオー様、理由を伺っても…」
「ここの花は魔力を喰らって成長している。抽出すればお前たちの魔力液にもなるものだ。それにお前がこの中で一番寄生されにくい。花は全て奪え」
床にぐったりと伏せているケンゾールの首根っこを掴み、同じくユミンパを小脇に抱えるとそのまま自身の鍛造部屋へと戻っていく
「了解しました」
やはりヤリドヴィッヒが先程考えた魔力を吸い上げて成長している花なのではという考えは正解だったようだ。それならば、この花は先程よりも幾分か魅力的に自分たちの目には映る
「レッド、オノフォースを出せ」
「別にいいが、手伝いは必要か?」
「いやいらん。手柄を取られる訳にはいかないからなァ?」
「またそれか。お前がそれでいいのなら私は口を出さないけどな」
「ワシは一緒に行こう」
「ああ?いいって。アンタも休んでれば…」
「全て童の手柄にすればよい、のだろう?」
「…はぁ、分かったよ。指示通りに動いてもらうからな」
「心得た。まだ少し動き足りんと思っていたのでな」
場に残された花は工場の熱に当てられ、先程よりも萎えた色合いに変わっていた