ゆっくりと目を開ける。
目に入ったのは赤。赤すぎて現実味がない。
いや、果たしてこの色は赤だったろうか。答えは出ない。
僅かな身動ぎとともに、眼前に広がる“赤”がゆらりと波打つ。
視界の変化に伴い、ようやく周囲を見回すという行為を思い出す。
そして、己が置かれている状況の把握。
赤い液体が満ちた、白いバスタブ。
それにもたれかかるように座り込んでいた。
左の手首はバスタブに満ちた赤い液体に浸かっている。
ゆっくりと左手を引き上げてみる。
バスタブの液体が赤いのは自らの手首によるものではないようだった。
ふと脳裏に浮かぶ。
“ついさっき”見た光景。
光あふれる空間に手を伸ばす。
その手は何に届くこともなく、虚しく空を切る。
光に包まれて殆ど見えない笑顔が。
悲しみを孕んだ笑顔が。
手から零れて散っていく。
ああ、この手に残ったのは絶望だけだった。
ならばバスタブの中に広がるのは絶望の色ということだろうか。
もう自分には何も残っていない。
自覚してしまう。
生きるための目的は失われてしまった。
虚無と絶望を抱えて、この先何がある。
失われたものはあまりにも大きく。
長く永い歩みを止めてしまうには充分過ぎて。
積もり積もった思い出も、今はただ、悲しい。
――生きていたくない
このまま苦痛を抱え込んで生きるよりは。
ああ、心の底からこんなことを望むのは初めてかもしれない。
――死んでしまいたい
果たして、今の自分に死は許されているのだろうか。
また目を開いて死ねない絶望に苛まれやしないだろうか。
「……エックス……」
半ば無意識に小さく呟く。
指の間をすり抜けていく、大切な友の名。
どうして。
只々その4文字が頭の中を支配する。
バスタブには見覚えがあった。
『血の風呂』。
散々“作業”してきた対象だ。
どうか引きずり込んでくれ。
赤い赤い絶望の底へと沈めてくれ。
そして願わくば、二度と目が覚めぬよう。