お願い!恋して、偽装婚約者様!「だ、旦那、あの、何で…」
「フッ…それはどれに対してだ?」
ベッドで所在無さげに座っていたスパンダムは呆然としたようによく見知った美しい顔を見上げる。
そして、大股で歩み寄ったルッチは、スパンダムの隣に腰掛け、楽しげに喉を鳴らした。
優しく紫の髪先を節ばった男らしい指がくるくると弄ぶ。
それは猫がご機嫌そうにのどを鳴らし、獲物をいたぶるような動きで、スパンダムは体が固まった。
何故ならば、あのロブ・ルッチが目の前に居る。
超名門校、CP学園が始まって以来の完璧超人、最高傑作と名高い生徒会長、通称、総監がスパンダムの隣に座り、ゴロゴロと喉を鳴らしていた。
いや、なんでこいつが居る?
スパンダムの自宅、と言うか、スパンダムの部屋、それも深夜にだ。
何時も学校でスパンダムに意地悪ばかりをする元後輩にして、現クラスメート様であるルッチが本来居るはずがない場所と時間だった。
「何を考えている?」
「…旦那の事ですかね、ワハハ、ハ」
今日、スパンダムは結婚した筈だ、家の為に。
顔すら知らない年上の資産家だった筈だ。悪趣味で、若い男をいたぶる趣味があって、特に育ちのいい男がいい変態野郎だ。
絶対、そのうち消してやろうと少ない手駒で調べていたから、顔まではチェックしていなかったが、少なくとも、こんな男前じゃないのは確かである。
そう、スパンダムの旦那様は、そんなクソッタレだ。
この美しい獣みたいな男じゃなかった。
家の為に結婚した。
スパンダムを欲した誰かと結婚した筈なのに。
どうして、前途有望なエリート間違いなしの生徒会長であるルッチがスパンダムの手を握っているのだろうか?
混乱するスパンダムを宥めるようにルッチの手が撫でる。
それが妙に熱を帯びていたから、スパンダムは下を向いた。
心臓がドクドクと音を立て、喉が渇く。
「どれって…いや、何で俺の部屋に居るのかなって」
「…昔は一緒の部屋でした、昼も夜も貴方は俺のそばに居た。そうでしょう?スパンダムさん」
「ルッチ…お前」
あまりに久々に聞いたルッチの柔らかな言葉遣いに、つい、スパンダムの敬語も解けてしまった。
今のルッチは大変、スパンダムに意地悪な男でだ。
やれ、毎日、飯を作ってこいとスパンダムに言い放ち、弁当を無理矢理作らせたり、俺から離れたな…と選択授業が違うだけでキレてきたりと理不尽の塊なのである。
それがなんだ!?中身だけ入れ替わったのか!?めちゃくちゃ、優しい!!何だ!?怖い!!
だって、優しいのだ!!あのルッチが!!
普段は靴底にくっ付いたガムみたいに疎ましげに見てくるのに!?
今日のルッチは、スパンダムに砂糖よりも甘ったるい対応をしていた。
スパンダムの部屋のベッドで、一緒に腰掛けて、熱っぽい目でスパンダムの頭の先から足の先まで見てくるとか、何の冗談だ??
混乱しながらも、逃げ出さないスパンダムにルッチは内心ガッツポーズを決めていた。
なんなら、ちょっと、潤んだ紫の瞳に心臓が高鳴っていく。
可愛い男だ。
多分、世界一可愛い。
あの変態は結婚相手にスパンダムを選んだ事だけは褒めてやっていい。
奴を社会的にぶっ殺した甲斐があった。
何故そんなことをしたか?なんてのは、野暮な質問だろう。
だって、ルッチはスパンダムに恋をしている。
ルッチの甘酸っぱい現在進行形の初恋だ。
スパンダムとルッチの付き合いは意外と長い。
実は幼少からの付き合いなのである。
ルッチはスパンダムの父親、スパンダインの部下の子だ。
将来的にはスパンダムの部下になればと、そばに置かれた優秀な子供の一人であった。
それにスパンダムは昔からドジばかりして、スパンダインとしても、1人にするには危なっかしかったのである。もちろん、スパンダインの政敵に誘拐されかかった事もあった。
だから、幼少期のスパンダムとルッチは常に手を繋ぎ、どこに行っても一緒と言うくらいべったりだったのだ。
スパンダムはお兄ちゃんぶりたかったし、ルッチはスパンダムにだけは素直だったから、常にどんな時でも一緒に過ごした。
特にルッチはスパンダムが大好きで、お昼寝の時に2人を離そうとした使用人に噛みつこうとして、大騒動になったのは有名な話である。
だが、ルッチの深い愛はスパンダムには、一切、伝わらなかった。
残念ながら、スパンダムは割と薄情なのだ。
それに、スパンダムは偉大な父を愛していた訳だ、ルッチよりも。
親父、カッコいい!と小さな頃からキラキラとした目で話す彼にルッチが無言で唇を尖らせた回数は朝食で食べるトーストよりも多いだろう。
まぁ、ルッチはスパンダムが自分を1番そばに置くなら、それで良かった。
スパンダインより自分の方が長生きするし、スパンダムの最後の1番は自分が貰うと決めていたのだ。
お義父さんを大事にしなければ、スパンダムさんが悲しむ。
少し猫ちゃんな所があるルッチだが、好きな人を甚振るつもりはない。
恋するルッチはスパンダムにとびっきり甘いのだ。
だから、素晴らしい政治家であるスパンダインが首席で卒業した名門校、CP学園へと2人が進路を進めたのは当然の話である。
CP学園は政治家の登竜門と呼ばれ、そこの生徒会長になれば、総理になるのも夢ではないと言われていたのだ。
実際、歴代総理の多くがCP学園を卒業していた。
野心家のスパンダムも猛勉強をして、首席で入学したのだ。
首席で合格したぞ!!ワハハ!!俺なら当然だぜ!!な!!!!ルッチィイ!!!とはしゃいで頬にキスをしてきたスパンダムを思い出すだけで、あのスパンダムさんも可愛いかったなァと思う。
後、可愛過ぎるから、俺が守ってやらなくてはならない。
全く、紫のふわふわの髪ってなんだ…可愛いが過ぎる、ふざけるな…ッ!!
ルッチは秘書として、生涯スパンダムに付き従おうと決めていた。
俺がスパンダムさんの人生のパートナーだが???公私共にそばに居るが????
だから、CP学園にニ年遅れだったが、愛しのスパンダムを追いかけ、ルッチも入学したのだ。
スパンダムの部下と名乗る雑魚共は蹴散らしてやればいい。
俺が居れば、事足りる。
むしろ、俺以外に価値なんてないだろう。
だが、これからは俺がずっと、スパンダムさんと一緒で、1番の部下だと期待に胸を膨らませたルッチにスパンダムは容赦なかった。
「留学して来てくれ、ルッチ」
「……は?」
「留学って言ってもよォ、新設された海外校なんだわ。本校から優秀な生徒に一年ほど来て欲しいらしくてな。俺が頼まれたんだが、今は動けなくてよォ」
「………は?」
「頼むぜ〜!!な!?ルッチしか頼れないんだ!!それにやっぱり、本校の凄さってのを教えてやらなきゃいけねェだろ?1番優秀な奴じゃなきゃダメだろうが!なァ…頼むよ、俺のルッチ。俺にはお前だけなんだよ、ルッチ」
「仕方ありません…確かに俺が適任でしょう」
「ワハハハ!!流石は俺のルッチだッ!!」
恋する男はチョロかった。
スパンダムに上目遣いでお願いされただけで、入学して1ヶ月も経たないうちにルッチは1年の留学を決めたのである。
まぁ、帰って来たら、撫で回して貰うと固く誓ってルッチは飛び立った。
1年間、海外校で色々と暴れ回った結果、本校で生徒会入りが決まったが、それよりもルッチとしては、スパンダムが重要だ。
だから、本校への帰還が決まった瞬間、飛行機に飛び乗って帰って来たのだが…。
「スパンダムさ、ん?」
「へへ…お帰りなさい」
可愛い顔に厳つい矯正器具をつけたスパンダムが気まずそうにルッチにヘラリと笑いかけて来たのである。
まぁ、帰って来たら、スパンダムは他校生の喧嘩に巻き込まれた怪我により休学して、留年。更に政敵に嵌められて、スパンダインは失脚していたのだ。
通い慣れた屋敷は維持されていたが、使用人は古参が数人残っているくらい。
部下達もスパンダインの懐刀のラスキーが残ったくらいで、ルッチの親はさっさと見限ってしまっていた。
しかも、ルッチが留学先から帰ってこないようにとスパンダムに関する情報を秘密にしていたと聞いて、ルッチはブチ切れたのは言うまでもない話である。
それに関して、親と盛大に喧嘩したルッチは事実上、絶縁してしまったが、それは割とどうでも良い。
だって、スパンダムが笑いかけてくれなくなっていたのだ。
こんな恐るべき事態を前にすれば、全ては些事である。
ルッチは正直、全身が震えて、口から血を吐いて死ぬかと思ったくらいだ。
同級生になっていたスパンダムは生徒会入りしたルッチに過剰に媚びるようになってしまっていたし、余所余所しくなっていた。
と言うか、エリートのルッチに敬語で話されると更にいじめられるから、話しかけないで欲しいし、ぶっちゃけ、距離を置きたいとはっきりと言われたのだ。
ちなみにスパンダムをいじめた人間は既にCP学園には居ない。
いじめを行うような人間はCP学園に相応しくないし、個人的に千回殺しても許されるだろうと思ったが、スパンダムにルッチって…怖いと後からバレたら言われたくなかったので、適正に処理をした。
嘘だ。
ちょっと、何本か骨は折ったかもしれない、多分、62本くらい折った。
だが、ルッチが人間が有する骨の206本のうち、62本をへし折ったとしても、事態は変わらない。
恋する男に世界は厳しかった。
撫で回すどころか、スパンダムから5メートルくらい距離を取られて、ルッチが毎晩、泣いたのは、カク、カリファ、ジャブラ、クマドリ、フクロウ、ブルーノと言った幼馴染達くらいしか知らないだろう。
ちなみに幼馴染達も留学やらなんやかんやで一年ほどスパンダムから離れていた為、何も知らなかったらしい。
カリファも父であるラスキーから少し立て込んでいるくらいしか聞いていなかったから、留学先から帰って来て、報告連絡相談ッ!!と父をポカポカと殴っていた。
ただ、ラスキー的には、スパンダインが時たまやらかすミスだなくらいだったので、連絡しなかったらしい。
家は残ってるし、閑職にまわされただけだろとの言い分である。
カリファは無言で父の膝裏に蹴りを入れた、十分、問題だった。
特に、CP学園内で孤立したスパンダムが大問題だ。
スパンダム自体と言うよりは、ルッチが大問題なのである。
あの性格ドブカス男がいじめられて泣き寝入りなどしないとは分かっているが、飼い猫気取りの化け猫が問題なのだ。
幼馴染達がこの事態を知っていたら、ルッチに真っ先に連絡していただろう。
ルッチがキレるとヤバいと良く知っていたし、スパンダムが関わるとルッチのヤバさのギアは3段階ほど上がるのだ。
CP学園が更地になる可能性もあった。
だが、たった一年でこうなるとは予想外である。
あのドジっ子親子が…とたった一年の間の没落劇にジャブラが天を仰いだし、周りも深くため息を吐いたのは言うまでもなかった。
そして、あのふわふわで、か弱くて、可愛い人をいじめる?は??とルッチがキレ散らかし、暴れ回り、ついでに余所余所しいスパンダムに傷付き、最終的に、ルッチが居なかった間にスパンダムをいじめた人間全員、地獄に叩き落とし、スパンダムを側に置く為にありとあらゆる手段を使った結果、CP学園の頂点である生徒会長、総監に登り詰めたのである。
暴走する化け猫は怖いの…とカクも深く頷いた。
スパンダムの為だけに総監なったルッチはスパンダムを片時も離さず、スパンダムがルッチに嫌われちまったから、嫌がらせで側に置かれてんだろと言ってんぞとジャブラに聞いては、ジャブラのケツを蹴り飛ばし、若干、涙目になりながらも、スパンダムを大事に大事にしてきたのだ。
ルッチだけの初恋のお兄さん。
性格は人間全員、俺の駒で、父親の七光りがゲーミングしているクソッタレの外道だし、恐らく、ルッチが失脚すれば、さっさと後釜に媚を売るような男だが、初めて会った日にルッチと遊ぶ!と選んだのは奴だ。
無口で愛想の無いルッチの手をぎゅっと握り締めて、目をカッと見開いたルッチに猫ちゃんみたいだなァとふにゃふにゃと笑った紫色の子どもに心臓を撃ち抜かれてしまった。
恋に落ちたルッチに罪はない。
仕留めたスパンダムが責任を取るべきである。
だが、まぁ、ルッチは最終的にスパンダムの全てを絶対手に入れるつもりだが、無理矢理なんて事はしたくなかった。
考えるだけで腹の奥が嫌なざらつきが這い回り、それは失敗したからなと誰かが囁くような気がしたのだ。
だから、甘く、優しく、いつの日か、ちょっと照れながら、俺…優しいルッチが好きだと言って貰おうと邁進してきた。
優しくしてきたのだ、ルッチなりに。
スパンダムについ、素直になれずにツンツンしてしまうが、ドジっ子なスパンダムの魅力に気付き出したクラスメート達を隣で蹴散らして来たのだ。
そう、スパンダムには恐ろしい豹が憑いていると噂になるくらいにはルッチはそばに居た。
ルッチと言えば、スパンダム。
スパンダムと言えば、ルッチ。
だからこそ、ルッチは、スパンダムが家の没落を止める為に成金の変態と結婚しようとしていると知って、はァ!?!?となったのである。
どう考えても、結婚相手に選ばれるのは俺だろうがッ!!と。
CP学園の総監として君臨し、スパンダムの庇護者と名を馳せたルッチを選ぶだろう、普通。
まぁ、スパンダムが変態を消す予定だったとまで調べたので、ルッチの憤りは落ち着いた。
骨まで利用して、躊躇いもなく目的の為なら消す。
スパンダムらしくて、まさしく、解釈一致。
ルッチはときめいた。
そうそう、クズな所が良いのだ、スパンダムの素人は黙っとれ。
そして、そんな世界一可愛く、残酷非道なスパンダムを狙う変態を蹴落とし、ルッチはこの場にいるのである。
スパンダムに対して、情で訴えかけるのは悪手だ。
ルッチが好きだとか、愛しているだとか囁いても、無駄なのである。
そんな簡単な男だったなら、最初に媚びて来た段階で口説き落とせていただろう。
這いつくばって、愛を叫んで、縋り付いて、それでスパンダムが愛してくれるなら、ルッチは全てを投げ打つ。
だが、そんな物に価値はないのだ。
愛してるだけじゃ、足りない。
強欲なあの男に必要なのは、そんな安っぽいモンじゃねェ。
ルッチは誰よりもスパンダムを愛している。
だからこそ、愛だけは足りないと知っているのだ。
愛なんて当然のもので、落ちてきてくれる安い人じゃない。
合理主義である男を口説き落とすには、メリットを並べ立て、交渉を成立させるしかない。
「スパンダムさん、貴方は家を復興させたい。貴方にとって、結婚もその為の手段でしか無いのでしょう?貴方は、もう一度、ここで頂点に立ちたい。だから、相手は、誰でも良い。なら、俺で良いでしょう?スパンダムさん。むしろ、俺以上に適役は居ますか?いえ、居ません。賢い貴方は分かっている筈です。CP学園で歴代最高傑作と呼ばれる男のパートナーと言う価値が。貴方ならその切り札を最大限に使いこなせる」
「いや、それは…確かに俺なら使いこなせるけど…そんな、ルッチ、お前にメリットが無いだろうが…」
「いいえ、メリットはあります、俺にとって最大のメリットが」
「なんかめちゃくちゃ圧がすげェ!?」
さっきから、グイグイと来るルッチにスパンダムは混乱していた。
いつの間にか手を握られ、押し倒さんばかりに前のめりになっているルッチに、スパンダムは、目を白黒とさせる。
ルッチのプレゼンは素晴らしい。
正直言って、ルッチの与えるメリットは他の雑魚どもと比べようが無いのは確かである。
だが、意地悪なルッチにお前の権力使って、返り咲きたいから、結婚しようぜ!なんて言える筈もない。
大体、スパンダムが知る中で、ルッチは一番、素晴らしい男なのだ。
馬鹿みたいに男にも女にもモテるエリート。
うねる黒髪は艶やかで美しく、堀が深く男らしい顔は野生的で色気すらある。
少しばかり変わった髭すら愛嬌を与えるような美しい青年なのだ。
しかも、めちゃくちゃ強い。
文武両道でCP学園内のカーストトップに君臨する美男が事故で傷だらけになり、実家は没落気味なスパンダムにちょっかいを出すのは、幼馴染と言う細い糸みたいな繋がりがあったからだ。
今、構っているのは、ルッチにとって、スパンダムが音の出る馴染みのおもちゃでしかなく、遊ぶのに丁度いいだけ。
好きだからなんて少女漫画みたいな理由で庇ってもらえるほど、スパンダムは美しくもなけりゃ、可愛くもない。つーか、俺、普通に傷だらけのゴツい男だし。
スパンダムは賢いので、勘違いなんてしないのである。
故に、スパンダムは全くルッチ相手の結婚なんて考えていなかったのだ。
なのに、さぁ、選べとばかりに押し掛けてきたルッチにスパンダムは混乱していた。
それでも、スパンダムの優秀な脳みそがギュンギュンと回転していく。
そして、カッッッッと紫の目を見開いた。
もし、ルッチの気持ちを僅かでも理解していたなら、スパンダムは気付いたかもしれない。
もしくは、まともな情緒が育っていたなら、ルッチの蕩け落ちるような熱っぽい視線の意味を理解出来ただろう。
しかし、スパンダムは大事な息子に変な事は教えたくない父、スパンダインと俺が人生のパートナーだぞ?雑魚がスパンダムさんに近寄るなッ!!と威嚇しまくった猫ちゃんの所為で、色々と疎かった。
多分、小学生の方がまともに恋愛しているだろ。
つまり、だ。
ルッチにとって、これはただの取引なんだと。
ピカリと答えを出しちゃったのだ、この困った男は。
「分かったぜ、ルッチ」
「スパンダムさん、まさか、俺の気持ちを」
「つまり、俺がお前の女避けに偽装婚約者になれば良いって事だな!?」
「………………はい?」
「ワハハハハ!!確かに俺とお前の間でめんどくさい事にはならねーもんな!偽装の恋人に惚れられたら、困るって訳だ。なるほど、そう言う事なら任せとけ!!俺がお前を守る代わりにお前が俺の後ろ盾になる!!良い取引じゃねェか!!!ルッチ!!」
期待させて落とす、スパンダムの得意技だ。
全く、スパンダムは、ルッチの気持ちに気付かなかった。
尊大な癖に臆病で、ルッチが自分を利用する為にそばにいるのだと思い込むクソッタレ。
「安心しろ、俺はお前に惚れたりなんかしねェ」
「…バカヤロウッ」
「なんでェ!?さっきまでなんか優しかったのにィ!?」
ルッチの愛しくて、鈍すぎる男がドンと胸を張る。
ドヤ顔でどうだ!?とルッチを見るスパンダムが可愛くて、憎らしい。
好きなのだ。
ただ、好きだ。
好きだから隣に居たいし、好きだから隣に居て欲しいだけなのだ。
だが、ルッチは言えない。
好きだとは、決して、口に出来ないのだ。
だって、理解してくれなかったら、ルッチはスパンダムを許せない。
今度こそ、絶対に許せない。
そして、そんなスパンダムを許せない自分が嫌なのだ。
「……ルッチ?え?違うのか?」
不安げにこちらを見上げるスパンダムにルッチは小さく息を吸って、そして、大きなため息を吐く。
最後に手に入るなら良い…待つのは慣れている。
「ルッチ…?」
「…えぇ、まぁ、それで良いです。貴方は俺を愛する婚約者として、振る舞ってください。貴方が俺に相応しいものを選んで下さい。そして、俺は貴方をありとあらゆる全てから守る。実に貴方好みの公平で公明な取引ですが…どうしますか?スパンダムさん」
ルッチはスパンダムに筋張った手を差し出し、軽く振った。それにパッと顔を明るくして、スパンダムが握り返す。
契約は成立した。
スパンダムはルッチの婚約者として、返り咲く。
ルッチを愛して、ルッチに愛される恋人役を演じ切ろう。
それが偽りだろうが、他人にバレなければ良い。
再び、ルッチの手を引けるようにスパンダムは前へと歩かねばならないのだから。
僅かな胸の痛みなんて、知らないふりをすれば良かった。
全てを失うよりもずっとマシだとスパンダムは知っている。
あぁ、任せろ。
ルッチ、俺のルッチ。
俺はお前に惚れたりなんかしないぜ、ちゃんと。
…ちゃんと、与えられた役を演じ切るから。
「よろしく頼むぜ、婚約者殿」
「少し固すぎではないですか?仮に我々が愛し合う婚約者同士としてアピールするなら、名前で呼び合うか、親密な愛称を使うなどの選択肢があるかと思うのですが…貴方ならもっと、上手く周りに婚約者だと思わせる手段が取れるのでは?全く、やる気はあるんですか?スパンダムさん」
「ワハハハハ…旦那、やる気あり過ぎィイ!!てか、マジで近い、ちょ、離れろ、ルッチ!!」
「フッ、婚約者として普通だが?」
「そうなのかァ?まぁ、お前が嘘吐く理由なんてないか…」
ピッタリと身を寄せてくるルッチにスパンダムは目をパチクリさせる。
でも、ルッチなら良いかとスパンダムは、ちょっとだけ、繋いだ手に力を込めた。
何時だって、スパンダムの手をルッチは振り解かない。
握り返してくるルッチの手が幼い頃と同じ体温で、じんわりと伝わる熱に冷え切った体が暖かくなる。
「なぁ、ルッチ」
「何ですか?」
「……ありがとうな」
スパンダムの言葉に応えるようにルッチがぎゅっと、力強く手に力を込める。
いつの間にかスパンダムの体の震えが止まっていた。