妖精王の優しい嘘 昼時の休憩時間、私は手早く昼食を済ませて自室に戻っていた。そんなに時間があるわけでもないけれど、今の私にはどうしても必要な事があるのだから。
つい先程、あまりにも初歩的なミスをした。
シミュレーターだから何事もなかった。しかし、もしそれが現実であれば、私は死んでいただろう。
背筋が凍る思いをする度、心は折れかけてしまう。これまで散々現実でそんな思いをしてはきたが、今後もそれを乗り越えていけるとは限らない。
「へえ、そう……」
私が心の内を吐露する先は、髪を撫でながら私を見下ろす妖精王の姿。ベッドに座る彼の膝枕で横になっていると、彼は私の話を聞いては〝優しい嘘〟を返す。
「私、上手くやっていける自信がない……汎人類史に残された、たったひとりのマスターなのに」
「そう気に病むなよ、きみはマスターとして完璧だからね……実戦でも必ず、上手くいく」
そんな……そんなわけはない、完璧な人間なんていない。それでも彼は私に、気休めの栄養ドリンクみたいな嘘を吐く。
「怖い、私……こわい。本当はこんなに臆病なんだ、次の戦いが、こわい」
「思い過ごしだね、きみは臆病なんかじゃない。とても意志の強いマスターだよ、どんな特異点も異聞帯も難なく攻略できるさ」
そんなわけもない、私はこれまでも紙一重の戦いをしてきた。臆病だからこそ、生き残ってこれた面もあるはずだ。
「みんな、マスターとしての私にがっかりしてる。あんなくだらないミスをしてしまう、そんな私に……」
「サーヴァントはあくまでも契約した駒に過ぎないんだ、信頼関係なんて要らないし、きみが上手く使えればそれでいいだろう」
そんな事って、ある?
私には、サーヴァントを駒として使役するなんてできない。万一の事があったとしても、見捨てるだなんてもっとできない。
それでも、オベロンの嘘は優しかった。
本当は弱くて、臆病で、サーヴァントの皆に支えられっぱなしで、ギリギリのところをなんとかやってきた、私。
そんな私が〝強い〟だって?
思わず笑い出しそうになってしまう。それでもそんな偽りの言葉を聞いて、私はなんとか自信と冷静さを取り戻していく。
「うん、そうだね……私、なんとかしてみせるよ」
もうすぐ、休憩時間が終わる。
私は目を瞑ってひとつ大きく息を吐くと、勢いよく立ち上がって手の甲の令呪を見詰めた。
「……私は最後まで、ひとり走っていかないといけない。だから、頑張らないとね」
「ああ、そうだ……きみはこれからも独り、人類最後のマスターとして戦っていくしかないからね」
独り、と言いつつ目の前にはオベロンがいる。
私に優しい嘘を投げかけながら、寄り添ってくれている。
まるで信じたくない嘘もある。
本当であって欲しい嘘もある。
彼はたくさんの嘘を投げ掛けてくれる。私はその嘘から必要な言葉を取捨選択して、それをエネルギーとしていた。
そう、きっとそれでいい。
起き上がり鏡の前に立つ私は、零れ落ちそうになる涙を必死に堪える。そんな自分のくたびれた姿が目に入ってしまい、気持ちを入れ替えるべく深呼吸をした。鏡越しに見える姿に気合いを貰って、白い礼装に包まれた私はその姿勢を正す。
「うん、ありがとう……行ってきます!」
そう言い放って振り返れば、ベッドに座るのは妖精王ではなく奈落の虫。彼は不敵な笑みを讃え、しゃきっと歩く私を見送ってくれた。
嘘に善悪はない。
必要であらば、使うべき時も、信じるべき時もある。そんな嘘に支えられて、私は今を生きていく。