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    妹の付き添いで海部子規主催の陶芸教室に行ったらI❥Bのラビっていうドラマーがお手伝いにきていた

    妹の付き添いで海部子規主催の陶芸教室に行ったらI❥Bのラビっていうドラマーがお手伝いにきていたねえお兄ちゃん、今週末暇? 夕飯の席で妹が開口一番、僕に聞いてきた。まあ、暇だけどと頷けばじゃあ日曜日付き合ってよ。と妹はスマホの画面を僕に見せてきたのだった。
    「こら、行儀が悪いわよ。後にしなさい」
    「ね、いいでしょお兄ちゃん。行くはずだった人がどうしても外せない用事が出来ちゃったって言ってきてさ」
     母さんが窘める声を右から左に聞き流しながら、妹がせがんでくる。画面には【海部子規の陶芸教室】とえらく達筆な字で書かれていて、ウィンクをして微笑んでいる緑の髪をした眼鏡の男の写真が載っていた。
    「陶芸教室? お前そんな渋い趣味あったのかよ」
    「陶芸っていうか本命はこっち! 海部くん!」
     なるほど、海部くん。
     母にもう一度窘められ、ようやく妹がスマホをしまって箸を取る。話を聞いていくとどうやらその、海部くんは陶芸家かつアイチュウというアイドルの候補生で、Arsという全員が芸術家のユニットに所属しているらしい。情報量が多い。
    「日下部虎彦ぐらいは知ってるでしょ? ニュースとかで!」
    「…………」
     妹が大げさにため息を吐く。じとりとこちらを見てくる眼差しは、どこか軽蔑しているような、哀れんでいるような調子だ。
    「お兄ちゃん、そんなんだからモテないんだよ。もうちょっと世の中に関心を持ちな?」
    「うるさいな」
    そんなこと言うなら一緒に行ってやらないぞ。そう言い返せば妹は慌てた様子で
    「だからさ、ほら、多分女の人の参加者も多いから、出会い? あるかもじゃん」
    「でもその人達の大半は海部くんを目当てに来てるんだろ?」
    「そ、それはそう、かな?」
    「いってあげなさいよ。お母さんお昼代出してあげるから。ついでに海部くんの写真集も買ってきてね」
     母さんもか。もう二人で行ってこいよ。僕が反論すれば母さんはそうしたかったんだけど、用事がね。と残念そうな顔をさせた所で、僕は全てを悟った。

     LIMEで送られてきたサイトのページを眺めながら、電車に揺られる。
     海部子規ソロ写真集の発売記念に企画されたイベントらしい。陶芸教室の後で写真集のサイン会もやるんだとか。
    「そういや今日、ゲストにラビ君が来るんだよね、直前の告知だったから皆びっくりしてるし」
     また知らない人の名前が出てきたことに僕は片眉を上げる。
    「ラビって誰だよ」
    「I❥Bのドラム担当してる子。なんでArsメンバーじゃなくてラビ君なんだろ」
     今のところ登場人物が二人しか出てきていないのに僕の頭は既に大渋滞を起こしている。とりあえず陶芸家兼アイドルと、バンドのドラム担当が陶芸教室をするということだけを把握しつつ、会場最寄り駅につくまで妹の海部子規トークを右から左に聞き流した。

    「皆さんこんにちは、ご存じ海部子規です。今日は海部子規ソロ写真集発売記念、陶芸教室イベントにご参加いただきありがとうございます」
     マイクを持った緑髪の男が挨拶を始める。サイトに載ってた写真と寸分違わぬ容姿からして、僕はご存じでないが彼が海部子規である。
     海部子規は席を見渡し、にこりと笑みを作った。
    「沢山の子猫ちゃん達が参加してくれて嬉しいなあ! 今日は俺と素敵な時間を過ごそうね? 子規くんが手取り足取り教えてあげるからさ」
     チャラい! という言葉をぐっと飲み込んだのは今日一番のファインプレーだと思いたい。写真からも若干漂っていた軟派感は、いざ実物になるとこんなにも濃度が高くなるものなんだなあとちらりと横の妹を見る。目がキラキラしている。お兄ちゃんはこんなチャラい野郎にお前が捕まらないかとても心配です。
    「さて、今日はお手伝いとしてI❥Bのラビくんが来てくれました。ラビくん、こっちに来て一言ご挨拶どうぞ」
     海部子規がそう言えば、扉の側にいた男がマイクを持って彼の隣にやってくる。銀色の長い髪に、色白の肌と青い瞳。あ、ラビって海外の人か、と何かピースがはまったような気分になっていると、ラビは柔らかく微笑んだ。
    「こんにちは、ラビです。今日は子規のお手伝いをしにきました。皆と素敵な時間を過ごせたら嬉しいな、よろしくお願いします」
     流暢な日本語で挨拶をするラビに、海部子規は肩を揺らして笑う。
    「あれ、ラビくん緊張してる?」
    「あはは、それはもう。なかなか他ユニットの人のイベントに呼ばれることって無いからね」
    少し照れくさそうに頷くラビに、そうだよねと海部子規が同意する。
     「そこは子猫ちゃんたちも不思議に思ってるよね。実は彼に陶芸を教える機会があって、今日はその縁もあってってワケ。今日使う粘土もラビくんに手伝ってもらって用意しました。何か分からないことがあれば、遠慮せずに俺やラビくんに聞いてね。それじゃ早速、始めましょう!」
     
     陶芸ってグルングルンろくろが回って、それをこう、そ~っと触って茶飲み作ってくみたいなイメージがあるじゃないですか。
    「今回は電動ろくろじゃなくて手びねりという手法をつくってオリジナルマグカップを作ります! 電動ろくろだと結構コツがいるんだけど、手びねりは自分の指で粘土を伸ばしていくからね、自分のペースで出来るから、焦らずやりたいように作ってみようか。俺も一緒に作っていくよ」
     海部子規が喋るのを聞いていると、ラビが粘土を配り始めた。全員分の粘土が入っているであろう箱を軽々と持ち、はい、どうぞと参加者の目の前に粘土を丁寧に置いていく。中にはぽかんとした顔で、「近……」と呟く女の子もいた。
    「あ、男の人もいるんだ。楽しんでね」
     目の前に来たラビがにこにこと笑いながら、粘土を僕の目の前に置いた。遠目からだとあまり気にならなかったが、意外にも彼は逞しい体つきで、手から腕もがっしりとしている。ドラマーなんだから当然か、と思いながら僕は、どうも、と軽く頭を下げた。

     目の前に置かれた粘土の塊を捏ねて数分、なんとか形になってきたものの、随分といびつだ。隣に座る妹のほうがまだ器用なほうだと思う。
    「なにそれ、おじいちゃんの湯飲み?」
     妹が呆れたように僕の粘土を見る。マグカップですが? と悔し紛れに言ったところで、絶対湯飲みにしか見えないよと反論された。くそう。
     いつものように言葉の小競り合いを交わしていると、参加者のテーブルを回っているらしい銀髪の……ラビ、がやってきた。
    「調子はどう?」
     にこにこと笑いながら問いかけてくる彼にどう返せばいいのかまごついていると、妹が見て見て! とここぞとばかりにラビに自分の作ったマグカップを見せてきた。ラビは青い目をぱちりと瞬きさせながら妹の作った者を見つめ、そして嬉しそうにうんうん、と頷いた。
    「いいね、上手に出来てると思うよ」
     ラビの褒め言葉を聞いて妹が喜んではしゃぐ姿に、僕は内心複雑になる。
    「お世辞だろ。真に受けて困らせるなよ」
    「えー、お兄ちゃんってば自分が上手に出来ないからってひがんでるの? 見苦しいよ」
    「お兄ちゃんはいまからこれをいい感じにマグカップにするんだよ。今に見てろよ」
     僕たちのしょうもないやりとりにラビはきょとん、とした顔で見つめていた。それから不意に、ははっ、と笑ったので僕と妹は、我に返る。妹が恥ずかしそうに僕のわきを小突いた。
    「君たち、兄妹なんだね」
    「す、すみませんお騒がせして……」
     謝る僕にラビはううん、と微笑んだ。オレにも姉と妹がいるんだ、と言う彼の顔はどこか懐かしそうで、僕はどきりとした。
     出来上がったら見せてね、と言って次のテーブルに移動したラビの背中を視線で追う。
    「ラビ君のお姉さんと妹さんかぁ……絶対美人でかわいいんだろうな……」
     隣で妹がぽつりと呟くのを聞きながら、僕は目の前の粘土に向き直った。

     最終的に僕の湯飲みはなんとかマグカップの形になって後日、妹のものと一緒に送られてくるらしい。
     最後に母さんに頼まれていた海部子規の写真集(サイン入り)を購入し、アイチュウの二人に見送られながら会場を出た。
    「今日はありがとう、次はオレ達のライブで会えたら嬉しいな」
    そう言いながら軽く手を振るラビに僕は思わず頷く。そのまま妙にふわふわとした気持ちで今日見た海部子規を夢中で語る妹とお昼ご飯を食べながら、僕は気づかれないように、ラビのオンスタをフォローしたのであった。
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