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    人間の耐久力

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    イルクーツク在住僕、彼女にフラれてやけ酒したら不良に絡まれました

    イルクーツク在住僕、彼女にフラれてやけ酒したら不良に絡まれました いくらイルクーツクが観光地だからといって、夜に人通りの少ない路地裏に足を踏み入れるだなんて自殺行為に近い。日が落ちると不良達がたむろして、目をつけられようものなら無傷では済まないだろう。
     そんなことは僕だって百も承知だ。でも今日ばかりは、そんな事すら忘れてしまうほど、僕は落ち込んでいた。
     どうしてかって? 彼女にフラれたんだよ。そりゃもうこっぴどく、完膚なきまでに。
     どうやってフラれたかなんて覚えていない。好きな人が出来たとかなんとか、その人は僕よりも顔が良くて何よりあなたみたいにヒョロヒョロじゃなくてもっと逞しくてしっかりしているとかなんとか。それはもう散々な言われようで最後のあたりは精神が聞くことをを無視した。こちらを振り向きもせずに去って行く〝元〟彼女の姿を見ることすら出来ず、僕は俯いて立っていることしか出来なかった。
     その後は安いバーで酒を飲んだ。フラれたっていう事実と浴びせられた言葉が全くその通りだっていう情けなさで、ビールをお前は樽かよってぐらい飲んだ。時間も遅くなってバーテンダーが気が済みましたか? って言いたげな、少々迷惑そうな顔で伝票をテーブルに差し出してきたので、僕は顔を真っ赤にしながら、軽い財布を更に軽くし、ふらふらとした足取りと意識で店を出た。そこで、タクシーなり何なりを拾えばよかったんだ。でも僕は酔いをさましたくて、何より涙でぐしゃぐしゃになった顔を見た運転手にギョッとされたくなくて、愚かにも歩いてかえろうとした。やけになった頭に過度のアルコールは充分キいた。慣れている筈の帰路を僕は完全に間違って、いつもは近寄らない路地裏に間違って入ってしまったのだ。
     道を完全に間違えてしまっている事にも気がつかず、僕はおぼつかない足取りで家を求めて彷徨う。酔っ払って朦朧とした意識の中、どん、と肩に何かが当たったような衝撃がして、僕は大きくよろけた。
    「おい!」
     それからすぐに誰か、男の荒っぽい声が聞こえたと同時、僕の頬に痛みが伝わる。殴られた僕はどう、と汚い地面に倒れ込んで、それでもふわふわとした感覚からは逃れられなかった。
     頭の上で男達の罵倒が聞こえる。こいつ酔っ払ってやがる、治療代に財布貰っておこうぜ、とかなんとか言っていた気がするけど、もうどうにでもなれといった心地で僕は歪んだ視界を、宙に向けていた。
     ――すると、男の一人が一際荒い声を上げた。少しマシになった視界はようやく僕を殴った不良達の輪郭をうつす。彼らは僕ではなく、僕が来た路地の入り口を見て何か言い争っているようだった。お前この前の、だとか、あん時はよくもやってくれたな、ぶっ殺してやる、だとか物騒な言葉を吐いている男達とは裏腹に、彼らが睨みつけている先の誰かの声は聞こえない。いや、何も喋っていないといった方が正しそうだ。
     喧嘩ならよそでやってくれ、僕はもうどうだっていいんだ、という気持ちで、彼らのやり取りを他人事のように聞く。現れた誰かが、何かを言ったのかいよいよキレちらかした不良達がその人に詰め寄ったところで、僕はのろりと上半身を起こした。頬がじんじんと痛い。
     頬をさすりながら僕は不良達を見た。彼らが怒鳴っていたらしい相手は、ビルの影で表情は見えなかったが、銀色の髪をして背格好が高かった。何事かを喚きながら殴りかかってくる不良の一人を、狭い路地の中で容易く躱している。そして一歩踏み出したかと思えば握りしめた拳を不良の顔面に叩きつけた。声も出すことを許されず昏倒する不良をちらりと見下ろし、彼はもう一人の不良が振りかぶった拳を手のひらで受け、そのまま重い蹴りを腹に食らわせている。数秒の間に仲間の二人を地に伏せさせられた不良達は、流石に力量の差を悟ったのか二人を引きずりながら表通りへと逃げていった。
     数分のうちに起こった出来事に、少し酔いが醒めた。ただそれと同時に殴る蹴るの暴行を受けた身体が痛みを伝えだして、動けないでいると、ふっと視界が暗くなった。
    「――……酔っ払いかよ」
     不機嫌そうな低い声に顔を上げれば冷え冷えとした青い目がこちらを見ろしている。その冷たさに僕は思わず軽い恐怖を覚えた。思わずごくりと喉を鳴らすものの、銀髪の男は、ただ不機嫌そうに僕を見下ろしている。お金なら払います、これ以上痛いのだけはやめてくださいと助けを請おうとポケットの財布を出そうとしたけど、そこにあるはずの財布がない。その様子を見ていた彼が、大きくため息をつき、そして僕の側に転がっていたもの――僕の財布を拾い上げ、僕に押しつけてきた。泥だらけになった僕の財布。そういえばこれ、ボロボロの財布を使っていた僕を見かねて買ってくれたものだったなぁ、と思い出して、不覚にも涙を零してしまった。
    「は?」
     財布を握りしめて泣き始めた僕を見てぎょっとしたのか、ドン引きしたのか、銀髪の男はぎょっとしたような声をさせた。おい、どっか折ったのかよ、と面倒くさそうに聞いてきたので、僕はぶんぶんと首を振り、泣きじゃくりながら、彼女にフラれたこと、やけ酒をして酔っ払った挙げ句路地裏に迷い込んだこと、いつのまにか貴方が追い払ってくれた不良に殴られていたことを殆ど聞き取れないような声で語った。目の前の彼は知り合いですらない僕が泣きじゃくりながら事情を話す様子にあからさまにうわ……と声を漏らし、地面に涙やら鼻水やら汗やらを垂らす僕を『まあこんなんじゃフラれて当然だな』と言いたげな表情でまじまじと眺めた。それから数秒黙ったのち
    「どうでもいいけどさ。とっとと帰ったほうがいいぜ」
     ここらへん、夜はオレ達みたいなのがいるから。その声色は心配しているというより、これ以上情けない失態を晒す通行人に構うのが面倒くさい、といったようなものだった。それは正直もっともだと思ったので、はいぃ、と情けない声で頷き、僕は痛む身体で立ち上がる。よろよろと立ち上がり、○○番地はどっちですかと聞けば大きなため息の後で彼は
    「表出て右。キオスクある交差点があるから」
     そう吐き捨てた。ありがとうございます、とお辞儀をして路地を出る。幾分かはっきりした頭で右に曲がれば、たしかに見覚えのあるキオスクと交差点だった。

     ――それが、だいたい三年前の話だ。あの時の男はそれきり出会っていない。
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