出身地東西食対決(カレーの肉が牛か豚かとか…) それは無惨の何気無い一言から始まった。
「どうして肉じゃがが豚肉なのだ」
質問の意味が解らず、黒死牟は首を傾げる。
「お口に合いませんでしたか?」
「そういう意味ではなく……」
普段、多忙な二人は外食が多い。あとは無惨が料理上手なので、手料理と言えば無惨が喜んでキッチンに立つのだが、たまには大好きな彼氏に手料理を食べさせたいという気持ちが働いた黒死牟は、手料理の定番「肉じゃが」を作って出したのだが、完成したものを見て、無惨は無言で、一向に箸をつけようとしない。
なるべく無惨好みの薄味になるように気を付けた。醤油で濃いめの味付けをしたいところを、出汁をきかせた薄味で、みりんや三温糖を多めに入れて少々甘めに作ったが、食べる前から質問を食らい、黒死牟は落ち込んでいる。
「味の話をしているのではない。何故、豚肉なのだ?」
「え? 豚肉以外で作るのですか?」
「うちは牛肉だった」
そう言えば、無惨が作るカレーは牛肉のブロック肉を圧力鍋でほろほろになるまで煮込んだ、ホテルのレストラン風のカレーだった。単に高級志向なだけかと思っていたが、どうやら関西は豚肉より牛肉の方が、使用頻度が高いらしい。
「豚肉の肉じゃがか……」
文句を言わず食べてはいるものの、黒死牟が望んでいた反応ではない為、やや重苦しい雰囲気の食卓になった。
考えたら、京都出身の無惨と東京出身の黒死牟とでは食の好みが随分と違うと思っていた。
食事のことで喧嘩したのは付き合って初めての元旦が始まりである。
無惨は元旦の朝から機嫌良く金時人参を梅の形に切り、亀甲型に切った雑煮大根と頭芋と共に別茹でする。丸餅は馴染みの和菓子屋のつきたての餅を用意したので柔らかく、餅と野菜を輪島塗の椀に入れてから雑煮の汁を注いで、柚子の皮を散らして椀の蓋を乗せた。
自慢の手料理を黒死牟に食わせてやろうと嬉々としている無惨だが、黒死牟は椀の蓋を開けて固まった。
「何ですか、これは……」
柚子の香りと共に広がる、甘い白味噌の匂い。
「雑煮だが」
「雑煮は醤油ベースでしょう」
黒死牟、生まれて初めての白味噌の雑煮である。
甘い物が食卓に並ぶなど解せない黒死牟は、思わず無惨に対して文句を言ってしまった。
「私は生まれた時から、これを正月に食ってきた! 上品で旨いだろう?」
「上品とか、そんな話をしているのではありません。甘い料理はおかずに該当しないと申しているのです」
「はぁ? 白味噌は別に甘くはないだろう」
「せめて合わせ味噌でしてくれたら……」
「それはただの味噌汁だろうが。私は雑煮を作ったのだ」
「京風雑煮ですね」
「違う、雑煮だ」
「これは京都風の雑煮です。こちらでは一般的ではありません」
「これやから田舎もんの坂東武者は……」
「大河ドラマに影響されて関東出身者を田舎者扱いするのやめてもらえますか? それに私は世田谷出身ですし、都会度で言えば無惨様の中京区より都会だと思いますけど?」
「喧しいわ。東京を都会やと思うとる時点で田舎者やと言うておるのや」
「いつまでも京都を首都気分で話すのはやめてもらって良いですか?」
普段、一切口答えをしない黒死牟が歯向かってくるので無惨も良い気はしない。むっとした表情で作った雑煮を食べている。黒死牟もデザート感覚で白味噌の雑煮を食べた。
嫌な一年の幕開けとなり、以来、正月に雑煮を作ることはなくなった。
しかし、春になれば「桜餅」で揉める。
「そんなクレープ状のけったいな菓子は桜餅として認めへん!」
「無惨様の仰っている餅は道明寺餅です」
「アホなことを言うな! そんなもん、京都で見たことないわ!」
「京都は日本の中心ではありません!!」
別にどっちでもいいじゃん、と周囲は冷ややかに見ているが、当の本人たちは関西と関東の食文化の違いで盛大に揉めている。
「美味しかったら、どっちでも良くないですか?」
両方の桜餅を美味しそうに頬張っていた獪岳に言われるが、大人気ない二人はそんな獪岳の大人の対応すら無視してしまう。
「無理だよ。あの二人、食に対するこだわりが妙に強いからね」
気の毒に思った童磨が獪岳をフォローするが、獪岳は首を傾げる。
「二人とも旨いもんいっぱい食ってる美食家だからですか?」
「というより、色んなものが食べられることが嬉しいんじゃない? と・く・に、無惨様は」
何か含んだような物言いをする童磨が気になりつつも、獪岳はそれ以上問わず、もうひとつ関西風の桜餅を口に放り込んだ。
しかし、ぷいっと互いに顔を背ける二人だが、無惨は長命寺の桜餅を、黒死牟は道明寺の桜餅をまず手に取り食べている。なんだ、仲良いじゃんと思いながら、獪岳は温かい緑茶を飲んだ。
こんなこともあった。党の若手議員で集まってお好み焼きを食べに行った時、案の定喧嘩が始まった。喧嘩を回避する為にもんじゃ焼きを避けたのに……と獪岳は頭を抱えている。
「お前、なんでピザみたいに切っとるんや!!」
「無惨様みたいに格子状に切ったら、大きさが不公平だし、具材が均等に行き渡らないでしょう!?」
「そもそも分けるな! ひとり一枚食え! ホンマにせこいな、お前!!」
「合理的と言って下さい!! 大体、お好み焼きをおかずにご飯を食べないで下さい!! 炭水化物過多ですよ!?」
付き合って長いのに未だにそんな下らないことで喧嘩するのか、と周囲はドン引きである。身内だけならまだしも、党の他の議員がいる前でも食事に関しては人目も気にせず、あの二人は喧嘩をする。国会質問では鋭い切り口で相手をタジタジにする鬼舞辻無惨が関西弁で捲し立て、ミスター・パーフェクトかつクールビューティーと評される黒死牟が大声かつ早口で応戦しているので、童磨はこっそりスマホで録画している。
「止めなくて良いんですか?」
獪岳がひやひやしながら童磨に声を掛けるが、童磨は楽しそうにスマホを構えている。
「あぁ、あれ、プロレスの八百長と同じだから、気にしなくていいよ」
今や痴話喧嘩は名物のようになってしまい、二人が関西と関東の食文化の違いで揉めていても誰も気にしなくなった。
肉じゃがを作った翌日。
売れ行きが悪かった為、黒死牟は仕方無く大きなタッパーに詰めて事務所に持ってきた。
鬼舞辻からのランチの誘いを断り、事務所で昨日の肉じゃがを食べているので、鬼舞辻はばつが悪そうに事務所を出た。
「あれー、黒死牟殿、今日はお弁当なの?」
偶然事務所にやってきた童磨が黒死牟のタッパーを覗き込む。
「美味しそう、ちょっと味見させて」
「どうぞ」
そう言って割箸を渡す。童磨は「いただきます」と行儀良く挨拶をして、じゃがいもを食べた。
「んー、やっぱ美味しいね、無惨様の手料理」
「……作ったのは私だが」
「え? そうなの? 味付けが関西風だから、てっきり無惨様が作ったんだと思った」
同じ関東出身の童磨は肉じゃがが豚肉であることを気にせず、味付けが無惨風であることに注目したようだ。
なので、昨夜の事情を話すを、童磨はぷっと笑う。
「でもさ、まずいとは言われてないんでしょ? これ、関東風の味付けじゃないもんね」
「あぁ……」
「ナンダカンダで二人ともお互いに歩み寄ってるよね。無惨様も最近は醤油色のつゆのお蕎麦食べてるし。御馳走様でした、美味しかったよ」
割箸をゴミ箱に捨てて童磨は笑顔で去って行った。
童磨と入れ違いくらいに鬼舞辻が事務所に帰ってきた。
「早いですね」
黒死牟が無惨のジャケットを受け取ろうとすると、無惨は紙袋を渡した。デパ地下で二人分のお弁当を買ってきたようだ。
「ここで食べる。肉じゃがは残っているか?」
そう言われ、黒死牟はにっこりと笑った。
「はい。すぐにお茶の用意をしますね」
「あぁ、頼む」
座ってネクタイを解く無惨の後ろ姿を見て、小さく笑った。