らんま1/2の呪泉郷に落ちるむざこく だから嫌いなのだ、確定していない情報は。
「どうやら清の国辺りに、変わった泉がある」
ざっくりした情報である。普段の無惨なら酒の席の話だと聞き流すのだが、その泉で水浴びをすれば不老不死になる、若返る等、様々な伝説があるそうだ。しかし、泉のある藩部辺りはかなりの田舎であり、清の統治下にあるものの政治的に不安定な地域の為、なかなか誰も行きたがらないので真偽不明とのこと。
「だが、日本にも、その泉に似た場所があるようでね……」
男がそう言った瞬間、無惨は身を乗り出した。いつも何をしても眉ひとつ動かさない美貌の芸妓が自分の話に食いついたので、男は気を良くしている。
「その泉に落ちたら、むさ苦しい熊のような男でも、君のような美女になるらしいぞ」
「それは凄いですわね」
無惨は艶やかな紅をひいた唇の端を上げ、男の手を握り返した。
「それはどこにあるの?」
聞けば案外近場だったので拍子抜けした。
確かに整地されていない岩場を行くので、普通の人間では辿り着くことは不可能だろう。しかし、鬼である無惨と黒死牟ならば、この程度の岩場など、軽々と歩けてしまうのだ。
鳴女に飛ばしてもらうことも考えたが、そんな神秘の泉なら近くに青い彼岸花が咲いているかもしれない。付き合いの長い黒死牟は無惨がえらくご機嫌であることに気付き、自分まで心躍るような気持ちで供をしていた。
「本当にこのような場所にあるのか?」
「さて……」
尋ねられたところで黒死牟にも解らない。ただ、この崖を登る不安定さは修行のようで黒死牟は黒死牟なりに楽しんでいた。
しかし、二人には夜明けまで、という制限がある。こんな山中、日除けになる場所を確保することは困難だろう。何としても夜明けまでに山を下らなくてはいけない。だが、関東の山奥なので、鳴女に頼めば戻してもらえる。無惨は時折、鳴女に合図を送り、いつでも無限城に強制送還する為の準備はしていた。
「無惨様……」
男の話の通り、岩場をある程度登ったところに奥に続く道がある。竹が群生しており、そこを抜けると泉があった。
「ただの泉ではないか」
「はぁ……」
二人にとって何の変哲もない泉である。騙された、無惨は不機嫌そうに泉の側に近付いた。
「無惨様」
黒死牟は腕でそっと無惨を後ろに押し退ける。
「何の真似だ」
「面妖な伝説のある泉です……あまり近付かれては危険かと……」
その瞬間、水辺のぬかるみで黒死牟は足を滑らせ、そのまま泉に落ちた。
「おい!」
意外とどんくさいな、無惨はそう思いながら手を伸ばそうとしたが、泉から出てきた黒死牟を見て言葉を失った。
自分より大きかった黒死牟の体が明らかに小さくなり、顔立ちも精悍さがなくなり、やや幼い少女のような面立ちになっている。
「お見苦しいところを……」
声が違う。無惨は黒死牟の腕を掴み、泉から引き上げた。
「有難うござ……ひっ!」
黒死牟が礼を言う前に、無惨は黒死牟の濡れた襟を掴んで思い切り開いた。やはり強靭な筋肉だった胸がたわわな乳房へと変わっている。
「無惨様、これは……」
「鳴女!」
無惨がそう言うと、二人は無限城へと戻された。
「おかえりなさいませ」
淡々とした声音の鳴女に対し、無惨はやや興奮気味に「湯浴みの用意を」と告げる。返事代わりの琵琶の音がする前に無惨は黒死牟を抱き上げた。
「随分と面妖な泉に落ちたものだ」
あ、めっちゃ楽しんでる……黒死牟は何が起こったか混乱しているが、無惨の血を貰って鬼になったのだ。泉に落ちて女になるくらい別に何もおかしくないな、と徐々に冷静さを取り戻していた。
問題は目の前の無惨である。男の体の時から無惨に抱かれているが、無惨は別に男色を好むわけではない。相変わらず「女の方が抱きやすい」と平然と言うし、何度も女に擬態するよう黒死牟に命じている。
こうして女の身になったことで無惨が喜んでいるなら、それはそれで良いか……と思いつつ、女の身でも鬼であれば厳しい修行も出来るだろうと安易に考えていた。
広い檜風呂に飛ばされ、無惨はゆっくりと黒死牟の着物を脱がせる。自分も裁付袴を脱ぎ、互いに何も纏わぬ生まれたままの姿となる。
「さぁ、来い」
小さくなった黒死牟の手を取り、無惨はその柔らかな体を抱き寄せる。
「私が洗ってやろう」
黒死牟は頬を染めながら無惨に身を任せている。桶で湯を汲み、ゆっくりと黒死牟の背中に掛けると、腕の中の可愛い黒死牟は一瞬で男の姿に戻った。
無惨は全裸のまま床に座り込み、黒死牟に背中を向けたまま一言も話さなくなった。
「あの……無惨様……」
かなりの落ち込みように黒死牟は掛ける言葉が見つからず、呆然と全裸で立ち尽くしていた。というか、こんなに落ち込まなくても良いじゃんね、と思うと、背中から生やした触手で殴られた。
「女になったのではなかったのか!?」
「私に聞かれても解りません!」
「煩い! 私に反論するな!」
思わず水風呂の水を手桶で汲み、黒死牟に掛けた。すると、また女の姿になった。
「どういうことだ?」
無惨は湯と水を交互に掛け、黒死牟の変化をじっくりと観察した。こうなると、黒死牟を抱くということより興味の方が勝っている為、色気も何も無くなってしまう。
無惨はさっさと風呂から出て浴衣を羽織り、女の姿の黒死牟を自室に連れていった。
「取り敢えず、これでも着ておけ」
芸妓の時に着る長襦袢を黒死牟に渡す。淡い桃色の長襦袢を纏った黒死牟はちょこんとベッドの上に腰掛けるが、無惨は本棚から関東地方の民俗学を纏めた本を取り出し、片っ端から読み始めた。
「これか……」
今日、二人が行った地域はあの竹林辺りに小さな集落があったが、疫病が流行り、あの岩場を降りようにも年寄りしかいなかった為、病は祟りだと信じ、村にいた唯一の若者であった娘を生贄として泉に落としたそうだ。以来、娘の呪いで、その泉に落ちた者は女に姿を変えられるという伝説があるようだ。
「馬鹿馬鹿しい」
と言いつつも、目の前にその呪いを受けた人間がいる為、無惨は本を閉じ、黒死牟の横に並んで座る。
無惨と床入りするなど初めてのことではないが、黒死牟は生娘のように緊張した面持ちで、上目遣いで恥ずかしそうに無惨の顔を見る。その初々しい仕草がお気に召したようで、無惨は優しく微笑んだ。
「水を浴びた後は体が冷えるか?」
白く小さな手に無惨が手を重ねると、黒死牟はその手を握り返した。
「無惨様が温めて下さるなら……」
そう答える小さな唇に無惨はそっと唇を重ねた。
あぁ、やはり女の方が抱きやすいな、と無惨は抱き心地に満足しているし、黒死牟も初めて知る女体での快楽はこれほどまでかと満足しているのだが、その楽しみは長くは続かない。本の最後に「その呪いは千年以上昔のことであり、その効力は年々薄れてきている」と百年近く前の本に記されているくらいなので、持続しないと思われる。
が、そのことをふたりは知らない。
呪いが解けるまで、この甘い夜を楽しむのであった。