零余子、上司共へのストレス発散にBL同人誌にしてしまう 今日もやっと1日が終わった。
朝から晩まで、あの鬼上司2人に扱き使われたのだ。
「おい、零余子!」
「はい!」
「零余子!」
「はいー!!!!」
多分、この数年で確実に親より名前を呼ばれている。これまで割と要領良く生きてきたので、こんなに怒鳴り散らされることはなかった。
初めは鬼舞辻事務所に就職が決まり大喜びした。
今をときめくイケメン政治家、鬼舞辻無惨の下で働けるなんて……その上、彼は独身。もしかして、もしかする、未来のファーストレディになれるようなルートが待っているかもしれない!? と馬鹿な期待をして入職したのだが、それは夢どころか大きな間違いだった。
毎日怒鳴り散らされ、何を言っても否定され、無惨だけでも心がバキバキに折れそうなのに、これまたイケメンの秘書、黒死牟が更にエグイ。まず行動原理が「無惨様のため」なので、無惨の怒りを買った時点で、どんな言い訳をしても通用しない。こちらに非が無くても、無惨に怒鳴られ、黒死牟にネチネチと嫌味を言われ、最悪のコンボが待っている。
そんなストレスマックスの零余子のストレス発散方法。
暗い部屋の中でノートパソコンを開き、「P」のロゴをクリックする。
「今日もブクマいっぱい、あざーっす♡」
そう、零余子は禁断のnmmn二次創作、上司2人のBL作品をSNSに投稿しているのだ。
零余子は学生時代から腐女子の物書きとして活動していた。マイナージャンルを渡り歩いていた為、仲間内で楽しむ程度だった。
就職した時、見目麗しい議員と彼を守る美形秘書……これは2次元を軽く越えてるな、と思った。更に2人はめちゃくちゃ距離が近い。不必要に耳打ちするので、互いの吐息が触れ合ってない!? と見ているこちらがドキドキするし、黒死牟が近くに来ると無惨の香水の匂いがする、リアル移り香というものを初めて体験した。
しかし、2人の性格はアレである。
パワハラが服を着て歩いているような似た者同士だ。こんなやつらが互いのナニをしゃぶり合ってる情緒なんて、ある筈がねぇ!!
絶対あるわけがない。だがら、どんな妄想したって妄想で許される。泣いて帰った夜、腹癒せに彼らを某掲示板で検索すると、想像以上にヒットした。nmmnの為、徹底した検索避けがされているが、これ、うちの上司だな……と、すぐに解った。
零余子は普段なら秘書×議員派なのだが、2人のいちゃつき具合や力関係を考えると、議員×秘書の方がしっくり来るな……と思い、フォロワー限定でSSを投稿したら、相互くらいしかフォロワーがいなかったのに、一気に千人を越えて二度見どころか三度見した。
「れいよしさんの作品、めちゃくちゃリアリティがあって感動しました!」
そりゃそうだろ、毎日目の前で見てんだから……でも、あんたたちが考えているような、乳繰り合う関係じゃないと思うよ、と思いながらも、日々2人を観察し、ゲットしたネタをすぐにSSとして投稿した。
「鳴女、私のワイシャツ、クリーニングから返ってきているのはあるか?」
「はい、ございます」
そう言って鳴女はハンガーに掛かった状態のワイシャツを手渡した。普段、こういう作業は秘書の黒死牟が行うが、今日、彼は午前半休を取っている。
無惨がジャケットを脱ぐと、明らかにサイズの合っていないワイシャツを着ている。大きすぎて肩が落ちており、袖もブカブカである。
珍しいデザインのシャツだな、と皆が思っていると、無惨は小さく舌打ちした。
「間違えて黒死牟のシャツを着てしまった」
その場にいた全員が固まった。爆弾を放り投げた本人は「着替えてくる」とワイシャツを持って洗面所へ行ったが、何をどうすれば、全く体格の違う秘書のワイシャツを着る場面があるのだろうか。
そのネタを投下すると、高速連打のようにいいねが増えた。
「れいよし先生! 彼シャツですか!?」
まぁ、彼シャツだな、うちの秘書は受けだけど、男だから彼だよな。でっかい受けのシャツを着てくる攻めってロマンがあるよなーと思いながら、零余子は丁寧にレスしていく。
楽しい、こうして承認欲求を満たされることもストレス発散になっている。
あんな色気のないパワハラおばけのオッサン2人が、こんなイチャイチャしているなんて考えられないが、考えられないからnmmn同人には夢があるんだ、と零余子は考えていた。
「零余子!」
と自分を怒鳴る2人の声を想像したら、とてもじゃない色気のある台詞を吐くとは思えない。
「どうした、黒死牟、その可愛い顔を見せておくれ」
「無惨様……恥ずかしゅうございます……」
絶対言わねぇし! 大体、あんなパワハラ男(無惨)なんて、絶対セックス下手だよ、独り善がりで早漏っぽいし、パワハラ男(黒死牟)はマグロだ、あいつ絶対マグロ。そんなことを思いながら、自分の持てる力を振り絞って小説を書き上げる。
そして、次々に届く感想。その中には「れいよし先生、本はいつ発売ですか!?」と同人誌を出して欲しいという声が上がり始めた。
本来、二次創作は公式のお目こぼしで成り立っているもの、ましてやnmmn同人なんて公式に見つかれば、界隈終了ではなく、自分自身が終了するかもしれない。
だが、待ってくれている読者がいる。それに、絶対、あの2人が同人誌なんて見ることないし。
リクエストにお応えして、零余子は本を作った。
勿論売れ行きも良く、在庫はほぼ捌けた状態である。鬼2人にどやされながら、仕事が終わってから頑張って作った本である。喜びもひとしおで、常に持ち歩いていた。
そう、仕事に行く時も……。
「お疲れ様でした……」
ヘトヘトになりながら残業を終え、挨拶をして帰る時、疲れていて無惨の前で鞄を落とし、中身をぶちまけた。
「も、申し訳ございません!」
急いで搔き集めようとしたら、普段はガン無視する筈の無惨が、こんな時に限って手伝ってくれた。
うわ、マジやめて、あっち行って! という零余子の祈りも虚しく、無惨は「議員×秘書 R-18 れいよし」と書かれたA5サイズの本を手に取った。
「あ、有難うございます!」
無惨から取り返そうとしたが、ひょいっと手を挙げられると小柄な零余子では手が届かない。こいつ、身長もあるし、手足長いな、クソッ! と零余子は心の中で舌打ちする。
しかし、そんなことを思っている場合ではない。中を読まれたら死ぬ。それは社会的に死ぬということではない、マジで死ぬ。こいつら、東京湾に人を沈めることなんて朝飯前だ。
零余子の願いは何一つ神には届かず、無惨はパラパラと本を開いた。
はい、死んだー。
零余子は死を悟った。
お父さん、お母さん、ありがとう。
思い出が走馬灯のように脳内を過るが、無惨は平然と零余子に本を返した。
「よく書けているな。この界隈だと人気だろう?」
「え? ええ!?」
「ただ、うちの秘書はもっと可愛く鳴く。覚えておけ」
「えぇぇぇぇぇー!?」
翌日、黒死牟に呼び出され、午前中丸まんまお説教タイムになった。
無惨にチクられたせいで、「れいよし」という名前で活動していることがバレ、SNSの全てのアカウントをチェックされた。
聞けば、無惨も黒死牟も自分たちがBLで人気のジャンルだと知っており、「れいよし」という作家が急激に伸びていることも知っていたが、まさか零余子とは思わず、情報漏洩の観点から、こっぴどく叱られた。
だが、零余子は腐女子である。
お説教タイムが終わった後、堂々と黒死牟に聞いたのだ。「可愛い声で鳴くって本当ですか?」と。
お説教タイムが延長されたのは言うまでもないが、ここまで怒るってことは本当なんだろうな、と思い、首筋にうっすらと見える鬱血した痣にニヤニヤが止まらなかった。