超やきもち妬きの黒死牟と素直に「お前が一番」と言えない表せない無惨様 十人に聞けば十人全員が「あんな男、好きになっちゃ駄目だよ」と言うだろう。自分の惚れた相手は、そういう男なのだ。そんなこと、言われなくても解っている、と黒死牟は常に思っていた。
彼のスーツをクリーニングに出す前に、ポケットの中に何か残っていないか確かめると、胸ポケットから華奢なゴールドのフープピアスが出てきた。
浮気をするのは結構だが、こういう行儀の悪い女はやめて欲しい、と黒死牟は心底思っている。無惨が左手薬指に嵌めている指輪が見えないのだろうか。会う時には外しているのかもしれないが。
悪い男に惚れた自分が悪いと思っているが、ピアスをジッパー付きの小さな保存袋に入れた。だが、自分は問い詰めて良い立場の人間ではない。彼と戸籍上では何の結びつきもなく、契約関係があるとすれば、彼は雇用主であり、自分は従業員。それだけだ。
誰にも愚痴れない。愚痴ったところで返ってくる反応は決まっている。
「だって鬼舞辻無惨でしょ?」
政治家という社会的なステータス、名門の出であり莫大な資産を抱え、恵まれた容姿、申し分ない学歴と能力。世の女性が放っておくわけがなく、彼自身もそういった関係が嫌いではない。黒死牟と出会うまでは、これまで付き合ってきた女の数が解らないというほど、奔放な暮らしをしていた。
恋人が出来たからと言って、その性根が叩き直されるわけではなく、ただ、黒死牟にバレないように遊ぶだけの話である。
「無惨様、こちら、どなたかのお忘れ物ではありませんか?」
黒死牟は無惨の目の前に先程のピアスを置いた。
「何故私のところに置く」
「無惨様のスーツの胸ポケットから出てきました」
そう告げると、無惨はバツの悪そうな顔をする。相手の女がどんなピアスをしていたかなど覚えていないだろう。どうせ一晩セックスするだけのつもりで引っ掛けた女だ。顔すら満足に覚えていないのは解っている。
「知らん」
「そうですか」
無惨の答えを聞き、黒死牟はゴミ箱にピアスを捨てた。
それ以上の追及はしないが、これをすると無惨が暫くは大人しくなる……なんてことはない。
互いの薬指に誓いの指輪は嵌めているが、法律上、自分たちは独身だ。無惨が誰と何をしても責めることはできない。頭では解っているが、自分だけを見ていて欲しい。ただ、その感情の正当性を証明出来ない限り、それはただの我儘に過ぎない。黒死牟はゴミ箱の中で鈍く光るピアスをずっと見つめていた。
そして、黒死牟は気付いていないだろう。言葉や表向きの態度は隠しているつもりかもしれないが、声や仕草で黒死牟の本音は駄々洩れなのだ。
そこまで追い詰めた自覚は無惨にもあるのだが、こうして側近として揺るぎない地位を与え、揃いの指輪を嵌め、永遠の愛を誓い合った仲だ。何が不満だというのだ、と最悪の逆ギレをしていた。
浮気は仕方無い。そう開き直っていた。指輪を嵌めたところで寄って来る女の数は変わらない。中には飯だけで終わった女もいる。割合で言えば半々……いや、7対3くらいか。どちらが7かは言わないが。
大体、黒死牟も黒死牟だ。これ見よがしにピアスを突き付けて、こちとら相手の女の付けていたピアスなど覚えてなどいない。顔だって、何と無く可愛かったかな、くらいの感覚だ。胸が大きかったことしか覚えていない。
別にその程度の相手と黒死牟を天秤に掛けるまでもないと無惨は思っていたので、黒死牟が何に怒っているのか、それがそもそも解っていないのだ。寧ろ、ちょっと面倒臭いとすら思っているのが本音である。
たかが浮気。それに目くじらを立てるな、と言いたいところだが、怒りと同時に、やや悲しそうな表情をしているのが気になって、あまり強く出られないのだ。
自分たちを繋ぐものは、この指輪しかない。しかし、それもただの指輪でしかないのだ。
このままこんなことを続けていれば黒死牟が愛想尽かして出ていくかもしれないという不安が無惨にはあるが、どうしてもこの性分を直せない。
何度も愛していると伝え、一番丁寧に抱いている相手であり、仕事に関しては誰よりも信頼し、彼の能力を高く評価している、それで自分の想いが伝わらないものか、と頭を抱えているのだ。
いつになく大人しい様子の無惨を見て、今回ばかりは反省したのかと黒死牟は考えるが、そんな殊勝な男ではないことを知っている。
どうせ「自分はこれだけしてやっているのに」と開き直っているのだろう。そして、色々思い返しては自分に対する怒りと反省で、頭の中が学級会状態なのだろう。
無惨の感情は手に取るように解る。だからこそ悔しいのだ。
「はぁ……」
二人同時に溜息を吐き、解るようで解らない互いの感情を見つめ合うことで探っていた。