告白のち敵前逃亡「千切、お前のこと、ずっと好きだった」
まだ顔を出して間もない太陽が千切の顔を照らしている。眩しいな。そう思いつつも、こんなふうに真正面から千切の顔を見つめられるのは最後かもしれないと思い、網膜に焼き付ける。逆光だから、千切から俺の顔はよく見えていないはずだ。涙を溜めている、こんな情けない顔をした俺を、記憶に残されることはないと願いたい。
河川敷の道。都心から少し離れるが、この街に住もうと思った大きな理由は、ロードワークにぴったりなこの道があったからだ。人通りもちょうどいいし、車が並走することもない。何より、川を眺めながら走るのは、自然を感じられて心地いい。
けれども、もうしばらくしたら、引っ越してしまうかもしれない。きっと、千切に告白した今日の日を思い出して、辛くなってしまうから。
千切は口に手を当て、神妙な面持ちのまま動かない。きっと、どう返したもんか困っているんだ。ごめんなでも、気持ち悪いでも、なんでも言ってくれ。できるだけ俺が傷つく言葉を選んで欲しい。もしかしたら千切は優しいから、気持ちは嬉しい、とか、そういう言葉を探してくれているのかもしれない。早く、俺のこの思いにトドメを刺してくれ。千切に触れたいだなんて、二度と思わないように。
「お兄さんたち、大丈夫?」
突然女性に声をかけられた。足元にモフモフと何かが当たるので下を見ると、茶色い犬が、じゃれついていた。
「邪魔してごめんなさい、うちのわんこが、遊んで欲しいみたいで」
ごめんなさいね、適当に撫でてくれたら満足すると思うんで、と申し訳なさそうに眉尻を下げている。
「かわいいな」
千切がしゃがんで犬を撫でる。その優しい表情が、俺に向けられることはない。いや昨晩までの、ただの『友人』だった俺はこの笑顔を散々見てきたんだ。でもきっと、もう見ることは叶わない。
俺は軽く犬の背中に触れてから、姿勢を正し、走り出した。
「え?! おい國神! 待て!! 待てって!!」
どんどん千切の声が遠くなる。千切の叫びに合わせて、犬の鳴き声も聞こえる。
川は永遠のように長く続いている。このまま川の横を走り続けて、夕方、絶対に千切が帰った後、家に戻ろう。千切は合鍵を持っているから、自分の荷物を持って勝手に帰ってくれると思う。そうだ、鍵を返してもらおう。俺の家に置きっぱなしの千切のものも、撤去してもらわなくては。
千切とは所属するチームは違うものの、お互いプロのサッカー選手。今後顔を合わせることがあるだろうが、気まずいな。俺の恋心を知っている潔と蜂楽にも連絡しなくてはいけない。絶対大丈夫だと応援してくれていた二人に、巻き込んでしまったことに、申し訳なく思う。
一〇分くらい走ったか。俺は立ち止まって息を整える。いくら現役スポーツ選手とはいえ、ロケットスタートでそのままこれだけの距離走るのは体に堪える。千切はちゃんと家に帰っただろうか。ゆっくり来た道を振り返る。
見たことのない笑顔を貼り付けた千切が、すぐそばにいた。
「ふざけんなよ、お前」
やっと振り返ったかと思ったら、一度大きく目を開けた後、え、もしかして次の代表選ばれなかった? って心配したくなるような辛そうな表情になった。
「ふざけんじゃないって言ってんだよ、なぁ國神」
なんか言えよ。國神が肩を震わせる。長年、絶対告らせたいと思っていた好きな子にやっと思いを告げられたと喜んだのに、(おそらく)即刻振られた俺の気持ちわかるか? わからないだろうな。好きって言われた瞬間、潔と蜂楽になんて報告しよう、家からすぐ二人で電話するか、明日仕事行きたくないな、今夜も泊まったらもしかして國神をニャンニャンできるかもとか、一瞬のうちに考えた俺の気持ちなんて、一mmも想像つかないんだろうな。だって逃げたもん。
「なん、で、お前、ここに」
「足で、俺に勝てると思っているのか?」
力なく國神が首を振る。闇堕ちしたときも思ったけれど、普段陽の気を振り撒いてるサッカーヒーローが、こういうマイナスな表情を見せるとすっげぇそそられるんだよな、という感想はもっとこの関係が進展してから本人に伝えようと思う。
「さっきの、もう一回言ってくんない?」
國神が眉を寄せて下を向く。だからそういうお前に似合わない仕草は、俺の心に響くんだよ。いかがわしい意味で。
「言ってくれねぇの? ご褒美あげるって言ったらどうだ? お前にとって、いいものだと思うんだけどな」
國神はギュウと拳を握りしめる。俺のこと欲しいんじゃねぇの? しばらく待ってると、蚊の鳴くような、いや違うな。ポメラニアンが困った時に出すような声で小さく、ごめん、って言った。
「はぁ?」
「すき」
顔を上げた國神は泣いていた。わーかわいー、じゃなくて。ちゃんと言わないとな。
「俺も好き」
「嘘だ」
「俺も、お前が好き。ブルーロックいた時から、ずっと」
國神の涙腺が決壊したので、両腕で抱きしめ、俺の服で涙を回収する。
「たぶん俺の方が好きだよ。國神のこと、ずっと好き。大好き。もうきっと離してやれないけど」
大丈夫そ? 國神の体を剥がして、顔を覗き込む。
困った顔をしたままの國神がヘラっと顔を崩して、
「なんだよそれ」
うれし、と笑った。
笑い事じゃねんだけどな。きっと、あの日、あの河川敷で、千切の手を振り解けばよかったって思う日が来るんじゃないかな。俺は自分の苛烈さを痛いほど理解している。それはあの二人も、よく知っている。
「大好き、國神」
また國神を抱きしめる。もう二度と離してやらない。俺以外の愛を受け取らせない。俺は、自分の腕が國神を捉えるための牢獄になったことを実感し、幸せで満ち溢れた。