うつにこ(1) 栗橋駅にて1 栗橋駅にて
「そういうの、やめたほうがいい」
目の前の男、東武日光線は、感情をすべてどこかに落としてきてしまったかのような表情でそう言った。不覚にも一瞬戸惑ってしまい、不自然な間をあけてしまったことを後悔する。
「……そういうの、って何?」
日光は、彼の襟に触れていた僕の右手を優しく取り、太ももの横へ、そっと腕を下ろさせた。自然、気をつけのような姿勢になる。
「勘違いするやつだっている。気をつけた方が良い」
僕は日光の首元を見つめる。襟が、内側に入り込んでしまっている。ただその襟を正してやりたかっただけだ。もちろん下心なんてない。僕によく似たあいつもよくやるな、なんて思ったものだから、距離感を少し見誤ったかもしれない、ことは反省しないでもない。けれど、こんなふうに冷たく説教じみた言葉をもらう謂れはないだろう、と苛立ちが生まれる。
「勘違い?ああ、君はこういうことをされて、勘違い、するタチなのか」
それとも期待した?
ただ親切にしたかっただけのはずなのに、だんだんと攻撃的になっていくのを止められない。なけなしの優しさをフイにされて、ショックを受けたのかもしれない。僕は。
怒るかな?怒ったら、どんな風に言い負かしてやろう。顎に手をあて、笑みを深くして攻撃に備える。
しかし日光は、軽く息を吐いて、表情を和らげた。
「悪い。普段、こういう感じで言い寄られることが多いんだ。あと、からかわれたりな。それにあんた、人にちょっかいかけている様子をよく見るから邪推した。仇で返して悪かった。ありがとな」
日光は首元を軽く払うような仕草をした。そうじゃない。ゴミがついていたんじゃない。襟が、内側に。
「でも、そうだな。あんた見た目がいいし、好かれてるのかも、なんて思われたらコトだ。あんまり、軽率に手を出すのはやめたほうがいい」
柔らかく笑う日光。うちにも見目のいい路線はたくさんいるけれど、こんなに美しい男がいるものなのか、と息をのんだ。そのくらい、人として、造形が整えられている。
「期待しちゃうからな」
俺みたいなのが。
キラキラと、その細められた眦から星が舞う錯覚。
東武線のホームに、車両が入線する音が響く。日光は慌てた様子で、こちらに声をかけえうこともなく自分の側の改札を駆け抜けていった。