出られない箱「凛?」
目が覚めると、俺たちは小さな箱に閉じ込められていた。
「凛?凛ってば」
揺すっても凛は、唸るだけでなかなか瞼を上げようとはしない。
「凛ー、寝てられると狭いんだよ!縦になってくれよ!」
ここに連れて来られる前の記憶は一切ない。なんなら昨日、一昨日、一週間前、今が何年で、季節がいつなのかも思い出せない。ただ、二人ともブルーロックのスーツを着ているから、BLTVの企画なんだと思う。
そもそもここはなんなのだろう。広さは半畳くらいだろうか。エレベーターよりも全然狭い。座っている分には問題ないけれど、寝るにはスペースが足りなさすぎる。どうやら丸まって横たわる凛の上に折り重なるようにして、今まで俺は寝ていたらしい。高さは2mくらいあるだろうか。試しに立ち上がってみたけれど、頭上はだいぶ余裕がある。
四方の壁は、白く淡く光っている。押しても叩いてもビクともしない。ガラスほど硬くはないが、プラスチックほどは柔らかくない。
隈なく触って確かめる。穴のようなものはなさそうだ。ならばなぜ、俺たちは呼吸できているのだろう。空気の流れを一切感じない。暑いも寒いもない。けれども、息苦しさや不快感はない。もちろん、閉じ込められているという精神的な圧迫感はあるけれど。
「凛?なぁ凛、どうしちゃったんだよ」
この状況の中、俺がこんなに騒いでいるにも関わらず一切起きる気配のない凛にも不安が募る。
「凛!凛このやろう!!」
「いてぇなくそ潔!」
少し強めに殴ったら、やっと返事が返ってきた。
「凛!しんでるのかと思った!」
「あ?お前なんでブルーロックの格好してるんだ?」
「何言ってるんだよ凛ー!俺たち閉じ込められたんだよ!」
凛はまだ意識がはっきりしていないようで、ポヤポヤと視点が定まっていない。
「どうしてこんなことに。外はどうなってるのかな?みんな心配していないかな」
「みんな?みんなって誰だ」
「絵心さん、なんとかしてくれないかな?絵心さんが仕掛け人かな?!」
「絵心?」
「いいかげん立ってくんねぇ?!狭いんだけど」
凛はやっと立ち上がって、同じく立っている俺を見下ろした。
「お前、小さいな」
「今それどころじゃないだろ!!」
こんな状況でもいつもと変わらず煽ってくる凛に、少し安心する。というのは黙っておいた。
しばらく二人で箱の内側を検めていたけれど、この狭さだ、すぐにそれにも飽きて二人で座り込んでしまった。
「そもそもだ、どうやって俺たちをここに入れたんだろうな。薬かなんかで寝かせられたとして、壁で囲って、溶接して?気づかずに寝続けるなんてことありえるか?」
「ほんとだな。おっとっと」
「騒ぐな!狭いんだから」
「大丈夫だ!よくわかんないけど呼吸は問題ないみたいだから。いっぱい喋っていいよ」
「狭い場所でウルセェっつてんだよ!!」
「うわ、凛うるさいよ。こわいからおおきいこえをださないでください」
「反社対応教室実践してんじゃねぇよ!!」
「な、それよりもお前、ここから出るためのアイディア出せよ。凛、映画とか好きだろ?何かこういうシチュエーションの話ないの?」
凛は顎に手を当てて、少し考え込むポーズになった。こんな状況でもなければ隠し撮りして待受にしたいくらいだ。いや、しないか。俺はこの思いを、墓場に持っていく覚悟をしたばかりだ。したばかり?それはいつのことを言っているのだろう?やっぱり記憶が混濁している。
「キューブとか、ソウとか」
「ん?」
凛が俺の目を見て喋り出した。近い。今の今まであまり気にしていなかったけれど、ずっと、近い。
「監禁される系の映画だと」
「うわ、お前好き勝手動くなよ、ちょちょちょ、太もも!そこ俺の肉だから!太ももに体重をかけるなよ怪我したらどうする!!」
「わるい」
凛が好き勝手動くせいで、さっきからあちこち痛い目に遭っている。
「気をつけろよ!」
「なぁ、お前熱くないか?」
「悪かったな!緊張してるんだよ!こんな状況だから!」
「いやそうじゃなくて」
実際近くにいるのか?とブツブツ言っている。
「で?」
「ああ、どっちも次に行くべき場所が見えているんだ。そこへ進むために、試行錯誤して話が進んでいく。だがしかし、ここは本当にただの箱だし、外部から何も提示されることもないようだ」
「つまり?」
「詰んでる」
「ええー?凛、全然ダメじゃん」
「……」
「ごめん、怒った?」
「いや」
その後凛は、黙ってしまった。
「俺の予想が正しければ、きっとそのうち助けが来る」
「ほんとか!なんで?」
「理由は、まあいいだろ。それより、だから」
凛は俺の手を握った。
「楽しんだほうがいいのかもしれない」
「凛ー!!凛!頼む、もうやめて」
凛は何が面白いのか、ずっと俺の体を触っている。自分の姿を確認することはできないけれど、きっと真っ赤になっていると思う。
「セクハラで訴えてやる!」
「すごいな、足、細い」
「細くない!バカにしやがて!そりゃ凛に比べたらまだまだかもしれないけれど、それなりにトレーニングしてて」
「腕も。お前今えげつないほど太いぞ。こんな細っこかったか?いやそう見えているだけか。視覚も何かされて」
「細くないってば」
「おい泣くなばか。お前も触っていいから。あ?腹筋あんま割れてねぇな」
「うえーん」
「わるい、悪かった。そうだな、ほら俺のこと叩いていいから」
本当に誰だこいつは?凛でないことは確かだ。俺の知っている凛は、俺を抱きしめたり、撫でたりなんかするはずがない。だって、告白して。そうだった。俺は凛に告白して、振られたんだ。
「ななな、何して」
「狭いんだから仕方ないだろ。ほら、お前も俺に腕回せ。体勢楽になるから」
「むむむむり!!」
「ああ、お前は俺のこと好きだったんだもんな。はは、体温あっつ」
もうだめだ。これは俺の夢だ。こんなの凛じゃない。でもじゃあ俺は、こういう凛を求めているということだろうか。深層心理で。
「夢なら覚めてー!」
「夢?」
凛は少し体を離して考え始めた。怖い。
「夢か」
「今度は何?凛」
凛は俺の両肩をしっかり押さえつけて、顔を覗き込んできた。
「夢なら、夢の中で眠れば、次起きた時それはきっと現実だ」
凛の顔を近づいてきて。
思い切り頭突きをされて、俺は気を失った。
「おはようございます、潔さん」
知らない人に起こされた。白衣を着ている。左右に首を振ると、そこは病室のようだった。
「夢おち……」
腕がちくっとしてそちらを向くと点滴をはずされているところだった。
「実験は成功のようです。教授も喜んでいました」
「実験?」
・相性の悪い相手と一緒に密室に閉じ込められた際の心理状況の変化
・薬品と催眠効果を駆使して過去のある一点に戻ったと錯覚させることが可能か否か
・最新VRによりあり得ない状況に置かれた際、それを事実と認めさせることが可能か否か
・その他
俺たち以外にもたくさんのサンプルが取られているそうだ。俺と凛は、スポーツ選手枠だったらしい。
「糸師さんはカカりが悪かったようです。ただそれも含めて実験の成果は得られたとのことです」
そうですか、俺は混乱したまま曖昧な返事をした。
その後、謎の器具を取り付けられたり、カウンセリングのようなことをされた。その間ずっと俺はぼんやりしていた。本人確認のため年齢を言われた際、やっと、自分の現在を把握することができた。
その施設から解放されて外に出ると「潔」と声をかけられた。
「凛?」
「ずいぶん時間かかったな。ほら、帰るぞ」
凛の手が、俺に向けて伸ばされる。
「どこに?」
大人になった凛が、俺の腕を引っ張って俺を抱き込んだ。
俺は今どんな姿をしているんだろう。あの箱はなんだったんだろう。ブルーロックの箱から出た後、俺たちはどうなったんだっけ。
何もわからないまま、俺はまた凛の横を歩き始めた。