【パーバソ+オリ鯖新刊】「Imaginary Pirate」【文字サンプル】登場するオリ鯖↓
<ハウエル・デイヴィス>
バーソロミューが乗っていた海賊船の船長。
ハウエルの死後、バーソロミューが新しい船長となった。
<ヘンリー・デニス>
ハウエルの海賊船、閣下と呼ばれる最高幹部。
次の船長を選ぶ際演説でバーソロミューを推した。
<ウォルター・ケネディ>
ハウエルの海賊船クルー。
後にバーソロミューを裏切る事となる。
***
ゲスト様①
【ハウエル・デイヴィスの楽しい晩餐/ゆでたまご】
青い海、照らす太陽、白い砂浜。
ひと足早い夏でも来たのか?と言いたくなるほどの夏空と海。
目の前にあるのは数多の海の家、個性豊かでぶっちゃけ一言で言えばなんかおかしい。
そう、即ちここは────
「まーーたトンチキ特異点かぁ」
最早慣れた、と若干遠い目になるのは仕方がない話だろう。
黒く長い髪を暑さゆえに結い上げ盛大にため息を吐くハウエルは若干疲れた様子だった。
「お前は今回は来ないと思ってたが、来たんだな」
「俺だって来たかなかったわ。何が悲しくて今更労働に従事しなきゃなんねえんだよ、海賊だぞこっちは」
心の底から面倒くさい、という顔をしているハウエルの姿にバーソロミューは肩をすくめる。
今回の特異点は端的に言えば、海の家で稼いでお題をこなし、この海で祭りを開催することが目的だ。何をどうしてそんな特異点が爆誕したのかとハウエルもバーソロミューも突っ込みたいところだが、事実こうしてあるので文句は言えない。詳しいことはマスターに聞けばわかるかもしれないが、そこまで詳しく知らなくても楽しめるなら問題なしである。
それなりの稼ぎが必要ということもあり、今回はカルデア総動員状態で様々なサーヴァントがそれぞれのコンセプトの元で海の家を経営している。
「まあ、ウォルターやデニスも来てるし、なんかあった時の保険ってのもあるがな」
今回、ハウエルにとっては元クルーであるウォルターやデニスもカルデアで仲良くなったらしいギリシャの英雄に引きずられて特異点までやってきている。いや、引きずられているのはデニスだけだが。
今現在、二人はギリシャのサーヴァントたちが中心に経営する海の家の方に手伝いに行っている。本人が楽しそうだしまあいいんじゃね? とは思いつつも何かあった時に対応できるよう保険も兼ねてハウエルもこの特異点に来ているというのが主な事情だ。そんな理由でこの特異点にいるサーヴァントはそこそこ多いだろう。
なお、それ以外の海賊たちはバラバラだ。
アンとメアリーは女性陣中心の海の家でなんだかんだ楽しくウエイトレスをやっているようだし、黒髭は問題がないかとそれぞれの海の家をめぐって特異点解決に奔走するマスターの手伝いをしているらしい。つまり今回のマスター同行組だ。
ドレイクなどはもう酒が飲める海の家を片っ端から巡って客側として楽しんでいる。そりゃあ海賊なのだしできればそちら側に回りたいと思うのは当然だろう、ハウエルもそちらが良かったというのが本音だ。
そう、今回はハウエルは客側ではない。労働側なのだ。
「お前、いつの間にフランスの騎士と縁ができたんだ?」
「………どこだろうな」
今現在、ハウエルはシャルルマーニュ十二勇士とその他数人のサーヴァントが運営する海の家で、経理や仕入れを中心に任されていた。本人的には非常に不本意ではあるが。
客か店か、現在のカルデアのサーヴァントはどちらかかでの参加を求められている。そのため、ハウエルはどう足掻いても店側での参加を余儀なくされていた。そして店側であるなら必要になるには働く場所であり、店長になるか店で雇われるかのどちらか。
まだカルデアに来て歴の浅いハウエルが店長に立つのは不安要素が大きく、そのため雇われることとなった。どっか適当なところで働くか、と考えていたハウエルだったのだが、そんな彼に声をかけてきたサーヴァントが二人いた。それがシャルルマーニュと玉藻御前の二人である。
「いやまあ、カルデアに来た時からやたら声かけられて、十二勇士の連中からはすっかり身内扱いされてんだよ。あの狐の手伝いさせられるよかマシと判断したまでだ………あっちの妥協ゼロの地獄みてえな店の手伝いはしたくねぇ」
玉藻御前のいる雀のお宿出張版に等しい海の家と、十二勇士たちの海の家。
どう考えても後者の方が海賊からすれば気楽である。
「クソッ! 数日前に全額スってなきゃ悠々自適に客になれたのに……!!」
「スったのか……」
「馬の善し悪しなんざ知らねえんだよ! しょうがねえだろ!!」
そういえばちょっと前に、馬持ちサーヴァントのレースをやってたな。裏で賭けがあったのか、とバーソロミューは思い出しながらため息を吐く。
「じゃあなんで賭けたんだ」
「目の前にチャンスがあるなら賭けるだろ」
ハウエルの言葉に、バーソロミューは心底ゴミを見るような視線を向けた。
「クズめ、そんなだから女が原因で死ぬんだ」
「うるせぇ~! 次は失敗しねえわ!」
そう言いながらため息混じりに煙草を取りだし火をつける。
とはいえ、楽な仕事かと言えばそうでもない。単純に言えば彼らが苦手な裏方仕事を任されているわけで、売上などは特異点の解決に直結する。
そういう事情もあり、なんだかんだこの特異点でハウエルは忙しく動いていた。そしてバーソロミューはイアソン率いる海の家の方に店側での参加をしている。仕入れはもちろんウェイターとしても動いており、結構な人気を博しているようだった。下手な女が寄ってこないかとも思ったが、まあ生前からその辺の管理はしっかりしてるから大丈夫だろうとそこまで大きな心配はしていなかった。
しかしながら、今、ハウエルの横に立っているバーソロミューはどこか不満そうな顔をしている。
海の家同士で連携を取っていることもあり、バーソロミューを含む元クルーたちががどうしているのかだけは把握しているため、ハウエルは横に立っている元クルーが何を不満に思っているのか薄らと察していた。
「そんなイライラすんならさっさと牽制でもなんでもすりゃいいだろ。素直じゃねえなぁ」
「なっ……!?」
今回は店同士の対決ではない、マスターの為にも協力が必須だ。そのため各店ごとに時間帯、狙いとなる客層などはある程度決めて動いている。
家族連れ、カップル客、男性女性といった簡易的な狙いを決めているだけではあるが。
例えばだが、ハウエルのいる店は家族連れ、ギリシャのサーヴァントがメインの店は男性客をターゲットに、バーソロミューたちの店はターゲットを固定せず溢れそうな客層を拾い上げる方向で。
そして、バーソロミューの恋人である円卓の騎士たちの店は───
「あんだけ顔が良けりゃ、女も自然とよってくるわなあ」
二人の視線の先にあるのは、綺麗な女性が続々と集まっていく店。
円卓の騎士たちが女性をターゲットに運営している店である。そりゃあ、あの円卓の騎士ならそういう方針になるわな、とハウエルとしては納得だった。
そんなハウエルの呟きにバーソロミューは不快そうに顔を顰めた。
「馬鹿を言うな、顔だけじゃない。彼はいつだって誠実で」
「はいはい惚気惚気」
「お前が振ったんだから最後まで聞け」
「うわ推しが絡んだオタク怖」
「殺すぞ」
秒で撃鉄を上げようとしたバーソロミューに即座に両手を上げてホールドアップ。喧嘩はしない、と意志を示したハウエルにバーソロミューも銃をしまった。
どんどん女性たちが店に集まっていく様子を見ながら、休憩時間を終えたらしいバーソロミューが歩き出す。
「なんだ、牽制しに行かなくていいのか?」
「……特異点解決のためだ、客を減らす必要はないだろう」
「ふーん」
なるほど、飽きたわけでも見限ったわけでも捨てたい気持ちがある訳でもないらしい。
ただ嫉妬していて、それでいて独占したい感情とこの特異点の解決までのスピードを天秤にかけて後者に傾いているというだけだ。効率的なバーソロミューらしい選択だと思いながら、ハウエルは肩を震わせて笑う。
そうであるなら、ハウエルがすることは決まっている。
「あぁ、そうだバーソロミュー。頼みがあるんだが」
「なんだ?」
振り返ったバーソロミューに向けて、ハウエルは懐から一枚の封筒を取り出す。
「仕入れ中にかわい子ちゃん口説いてたら貰ったんだけどよ、ぶっちゃけ興味ないから消費してくんね?」
「真性のクズだな本当に」
「しょうがねえじゃーん、客は一人でも多い方がいいだろ? 仕入れだって安い方がいい」
そう言いながらも、奪った方が絶対はえーんだよなぁ、とハウエルは思っているのだがさすがにそれを口にはしないし、実行もしない。文句はある、だがやっていないのはマスターから『問題を起こさない』と注意されているからだ。
それをバーソロミューも承知だし、だからこそ大人しくしているハウエルを怪訝に思っていたが別の所で遊んでいたのか、と呆れたような顔をする。
そんなバーソロミューに携帯灰皿へ煙草の吸殻を突っ込んだハウエルが、手に持った封筒を押し付ける。
「んじゃ、よろしくなー」
「おい! 私はまだ」
「ちなみにそれ、ペアチケだからよろしく」
俺は使い道がないんでね。
そう言いながらひらりと手を振ったハウエルに、バーソロミューは苦い顔をする。
面倒を見られている、つまるところがお節介。
そんな鬱陶しい顔をしているなという、ハウエルなりの気遣いだとわかってしまうから苦い感情が込み上げてくる。
「……普段からこのぐらい大人しいならいいんだがな」
普段は全速力で揶揄うくせに、と思いながら自分の働く店へ向かって、バーソロミューは足を向けた。
いつ、恋人を誘うべきだろうか、なんて考えながら。
■
夕方の時間。
円卓の騎士たちが経営する海の家のすぐ側でバーソロミューはハウエルから押し付けられたチケットを手に恋人……パーシヴァルを待っていた。
夜間に開ける海の家はまた別にあるため、円卓の騎士たちの店は夕方ごろには閉まる。ハウエルから貰ったチケットはレストランの予約チケットで、今夜の時間指定のものだ。
一体どんな言いくるめで、と思いながら待っていると、少し慌てた様子で小走りで駆けてくるパーシヴァルの姿に自然と笑みが浮かんだ。
「バーソロミュー!」
「パーシヴァル、よく私がいると分かったね」
「実は、貴方が来ていると同僚が……」
少し頬を赤く染めて嬉しそうに微笑んだパーシヴァルにバーソロミューは同じように笑った。
お互い、今回の特異点が海であるためいつかのドバイで着ていた服で、なんだか少しだけ懐かしい気持ちになってしまった。
「それでバーソロミュー、どうかしたのかい?」
「あ……あぁ、実はレストランの予約チケットを貰ってね。この後の夕食を一緒にどうかと思ったんだ」
そう言ってチケットを持ち上げてみせれば、パーシヴァルはどこか怪訝そうというか、心配そうな顔で問いかけてくる。
「……それは、どなたから?」
「ハウエルからだが……あいつ、貰ったはいいがいらないからと私に丸投げしたんだ」
そう言ってどこか呆れるように息を吐いたバーソロミューに、パーシヴァルは何とも言えない顔をした。
あぁ、そういえばハウエルがカルデアに来てからちょくちょくパーシヴァルにちょっかいをかけているせいで、あまり仲がいいわけではなかったな、と思い出して何とも言えない笑いが零れる。
そもそもバーソロミューに無駄に親密そうに声をかけてくるせいで、パーシヴァルはあまりハウエルが好きではないのだろう。むしろ、性格的には問題児側な上に不誠実なハウエルとは合わないだろう。
「まあ、流石に何もないだろう」
とはいえ、特異点に来てまでやらかすような男ではない。
そう判断して告げたバーソロミューだったが、パーシヴァルの反応は芳しくなかった。
「それは……そうかもしれませんが……」
「?」
どこか悔し気な表情、そして声色で告げた。
「できることならば……私が貴方を誘いたかった」
「え?」
思ってもみなかった言葉にバーソロミューは少し頬を赤く染めた。
「その、今回の特異点での収益の一部は、サーヴァントに分配されるので………貴方と二人で、どこかに行ければと貯金を……」
「そ、れは……それは………」
パーシヴァルの言葉に、バーソロミューは勿体ないことをしてしまったかもしれないと思ってしまう。
今回は特定の日時でなければ使えないチケット。なにより予約が無駄になってしまうのも惜しいから行かないという選択肢はお互いにないのはわかっている。
だが、その言葉を無碍にすることもバーソロミューはしたくなかった。
「また……別の時に、誘ってくれるかい?」
その言葉に、パーシヴァルはバーソロミューの手を取って微笑んだ。
「貴方が許してくれるなら」
「もちろん、楽しみに待っているよ」
二人で静かな笑みをこぼしながら、自然と並んで歩きだす。チケットはとあるレストランの予約券だった。
彼らのいる海の家から少し離れた、しかし海が見える位置にあるレストランは予約ができる店ではあるがどこか素朴でありふれた、町のレストランと言った様子だった。
素朴で、暖かそうなその店の外観に二人して「趣味がいい……」という感想を抱きながら扉を開いて中に入る。店員に予約済みの札が置かれているテーブルに案内されて、事前予約だったらしいディナーが出てくるのを見ながら、パーシヴァルもバーソロミューも自然と表情が明るくなる。
「これは、パエリアかな? 見るだけで食欲がそそられるようだよ」
「スープも海鮮だね……うん、いい匂いだ」
目の前に並ぶ料理に、二人してワクワクしながらカトラリーを手に取る。そこまで硬い店ではないにせよ、二人とも自然と目の前の料理に背筋が伸びる。美味しそうなものを前にしたときの反応というのは誰しも同じものだと言ってもいいだろう。
そして、そんな二人を、
「はぁ………用意してよかったぁ」
恍惚とした表情で見つめる四十代の若作りのおっさんが一人いた。
どう考えても不審者である。
「むぐ、もぐ……キャプテン、うまい。全部食っていいか?」
「おー、いくらでも食え? お前には協力してもらったからなぁ」
不審者改め、少し離れた席で二人に気づかれないように見守っているハウエルと、そのまえでもきゅもきゅと目の前の食事を消化していくウォルター。
ぶっちゃけるとあのチケットを用意したのはハウエルであり、渡すタイミングを計るためにバーソロミューとパーシヴァルの予定を調べたのがウォルターだった。正確に言えば、調べたのはウォルター本人ではなくウォルターと一緒に働いているサーヴァントが確認してくれたのだが。それを確認できるような相手との縁がハウエルにはなかったのでウォルターを介したというだけだ。デニスでもよかったが、あっちはバーソロミューが騎士と付き合っているのが気に入らない様子を見せている節があるので今回は一切かかわらせる気がなかった。
とにもかくにも、ウォルターをハウエルの目的に付き合わせたことは事実であるため、こうしてちゃんと奢るということで報酬を渡していた。
「別に、キャプテンが言うならいつでも、なんだってするけど」
「おいおい、お前の上司はもう俺じゃねえんだからいつまでもそう言う事を言ってるんじゃねえよ」
ハウエルの言葉に、ウォルターはむっとした顔になってどこか不満そうな顔をする。
まずい、暴れ出すか? と一瞬警戒をするが、しかしすぐに落ち着いて目尻を下げたウォルターにハウエルは「おっ?」と目を瞬かせる。
「……先生が」
「先生? あぁ、賢者ケイローンか」
「おう、先生がさ……あれ、えーっと……縁? あれ、人との関係は大事にしろって言ってて」
「なんだぁ? それで俺との縁も大事にしようって? はははは! お前は相変わらず素直だなァ!」
ハウエルの言葉にウォルターはむっとした顔になる。
しかし、それ以上どういえばいいかもわからず黙って食事に戻ったウォルターを気にすることもなく、ハウエルは視線を改めて二人に向ける。
この後はどうする? 夜のデートか? それとも……なんて考えていると、不意にパーシヴァルに声をかける女性の一団がいた。おそらくは、昼の間に海の家に訪れた女性客だろう。
「あ、あの、パーシヴァルさん」
そう言って声をかけた女性客たちに、パーシヴァルは驚いた様子で言葉を返す。
「これは……今日は来て下さりありがとうございました」
「そんな!」
「また行きますね!」
「こんなところで会えるなんて……!」
きゃあきゃあと騒がしくしている女性たちに、周囲も自然と目が行く。あのイケメンぶりだな仕方がないだろうとは思うが、同時にハウエルからすれば不快の種でしかない。
せっかく、二人の間にあったいい雰囲気をぶち壊してくれたのだから当然だ。
「あの、よかったらこの後、一緒に飲みに行きませんか?」
「お友達の方もよければ……!」
「申し訳ありません」
テンションが上がっている様子の女性たちを落ち着かせるように、パーシヴァルは淡々と、冷静に告げる。
「今は、大切な方とおりますので」
そう言いながらテーブルの上に置かれたバーソロミューの手を握ったパーシヴァルに、ハウエルは拍手をしたい気持ちになりつつ一人一人を品定めするように見てから、スッと目を細める。
「………多少なら許容できる程度が、量が多ければ毒だ」
「キャプテン?」
不思議そうなウォルターに、ハウエルは頬杖をつきながら二人の周囲にいる女性たちから離さない。
「いやぁ、大したことじゃねえよ……ただ、どうしてやろうかと思ってな」
パーシヴァルに断られ、去っていく女たちの内の一人をハウエルは手元のナイフを手に取ってくるりと回しながら見つめる。
「………嫉妬は少量ぐらいがちょうどいいんだよ」
僅かに曇った海の瞳を、真っ直ぐと見つめる空の瞳。
ただそれだけで雲が晴れていくのは構わない、そのままどうか可愛い元クルーを守ってやってほしいと心から思う。もう自分の手から離れてしまったかわいい子なのだから。
とはいえ、そう簡単にも行かないだろう。
去っていく女性たちの中で一人、奇妙なほどにバーソロミューを睨みつける少女の顔を頭に焼き付けるようにして記憶して、ハウエルは舌なめずりをしながら笑った。
「さぁ、どう料理してやろうかね」
あぁ、ゾクゾクする。
そんなことを呟いたハウエルに、また始まった、とだけ思いながらウォルターは最後の一口を大口を開けて放り込んだ。
***
ゲスト様②
【あり得ざる二度目の生に、乾杯を。/あぷりこっと】
ここはとある特異点。海賊たちが未だ席巻する1818年のカリブ海に浮かぶ一隻の船の上。カルデアのマスターとそのサーヴァントたちは、今、まさに、砦から出てきた正体不明船と相まみえるという非常事態に見舞われていた。
カルデアの拠点――船上。
黒髭とバーソロミューは、砦から出帆してくる船をほぼ同時に目視で捉えた。
「バーソロ!」
「分かってる!」
「まさか、港で噂になっていた敏腕海賊船長でしょうか?」
「船の特徴が一致してっから、ほぼ間違いねぇなァ」
見張台で双眼鏡を覗き込む黒髭がその船を見てマシュの問いに答え、慣れた様子で報告を上げる。砦にボロボロのユニオンジャック確認、岩肌に設置された大砲は目視で十基、すべて大破の模様――華麗なる掠奪の後だとそう告げて、黒髭は一度双眼鏡を下ろす。
「こりゃあいまつねぇ。サーヴァントかは分からねぇが、名のある海賊が。バーソロ、お前ぇ心当たりあんだろ?」
「ご明察だ、黒髭。マスター、やはり私の知り合いだろう。先般話した作戦でいきたい」
「わかった。じゃあ、パーシ……」
「Shhh、マスター、皆も。彼はこのままここには居ないことにしてくれ。どこまでこちらのことを把握されているか分からないが、あの船長に対するなら手数は多い方がいい。必然的に彼への作戦指示も私が行うことになるが……」
マシュはそのバーソロミューからの提言に、マスターの判断を仰いだ。
「いかがしますか?」
「オッケー、バーソロミューに任せるよ!」
チッ、と黒髭の舌打ちが聞こえてきたが、それ以上なにも言わないので方向性に異論はないということだろうと判断をした。
「でも、あそこにいるのが誰か。名前を教えてもらえる?」
真名の把握は対サーヴァント戦の可能性を考えれば重要。目視ではまだ豆粒ほどのその船を見つめながらバーソロミューは答えた。
「ハウエル・デイヴィス。私を海賊にした――船長さ」
――そして、おそらく、もう一人。
バーソロミューは思い当たったその名を、今は口にはしなかった。ひゅるりとバーソロミューの傍を一陣の風が、彼を気遣うように流れていったのだった。
■
「さぁて、準備はいいかい。マスター、皆!」
「オッケー!」
風と波に乗り、スループ船が持つ全速力で接近するバーソロミュー。向こうもカルデアの船に気付いたらしく、船員が戦闘配置につく様子が確認された。遠目で見ても分かる統率の取れた動き、これまでこの特異点で相対した有象無象の相手とは違う――それは、船の舵を取るバーソロミューの側にいるマスターにも伝わった。
燦々と輝く太陽の下、ヒリつく空気を纏う風。どちらが先に行動に移す?潮の流れは?風向きは?相手の武器の物量は?船員の数は?船の機動力は?――手の内にある情報と目の前に見えている相手の状態、そして海と空と風を読み、戦術を組み立てる。
それは海を知るものだけがなし得る高度な駆け引きだ。
マシュやマスターに出来るのは対サーヴァント戦への備えだけであったが、世界に名を轟かせた船長であるバーソロミューと黒髭は、それが自然とばかりに口元に笑みを浮かべ、観察と思考を怠らない。
その時、カルデアの管制室、ダヴィンチからの通信が入った。
『確認したよ!サーヴァント反応だ。船上にクラス、ライダー一騎!』
同時にバーソロミューはその船の舵を握る人物の存在を目視で確認した。目が合ったとそう、感じた。
「マスター!令呪を黒髭に!」
「アイアイ。黒髭、宝具行くよ!」
マスターが令呪を掲げる。
「チッ、気が乗らねぇが。……おい、バーソロ、交換条件忘れんなよ!」
「はっ、おまえと違って私は海賊紳士だぞ。約束は守るさ!」
「へぇへぇ!じゃあマスター、オッケーでつよ!」
「黒髭、やっちゃって!……って、え?条件ってなに?」
「「パイケットの買い子だよ!」でつよ!」
マストからヒラリと甲板に飛び下りた黒髭の周りに、マスターからの魔力供給により熱が灯る。黒髭が右腕に装着したフックを空に掲げた。
「(本来は私自身の宝具で迎え撃つべきだが……)」
バーソロミューは舵を強く握り、そう思った。だが、この特異点を訪れてすぐ、宝具は不具合に見舞われていた。船の展開はできても、砲撃ができなかったのだ。
「(だが、かの海賊黒髭エドワード・ティーチの砲撃だ、十分すぎるほどの挨拶だろう!)」
当人の前では決して口が割けても言わないが、コイツこそが――誰もが恐れる最も海賊らしい海賊なのだから。
「拙者の怒りが有頂天!行くでござる行くでござる!拙者自慢の大砲も大変な事に!?アン女王の復讐!」
宙を舞う数多の砲弾、そして同時に、バーソロミューはマスターへ目配せをした。マスターは頷いてマストで控えていた彼女のファーストサーヴァントに向かって叫ぶ。
「マシュ、今だ!」
「アイアイ、キャプテン!」
ばさりとそこに掲げられたのは、大きな黒い布。風を受け、揺れるそれこそは海賊の誇り。
それは、ジョリー・ロジャー。
マスターとマシュがデザインを考えて、皆で描いたこの特異点限りの即席パイレーツのための――海賊旗だった。
再びダヴィンチからの通信が入る。
『あちらからも来るよ!宝具だ!おっと、対軍宝具だね!黒髭やバーソロミューと同様の大砲だ!』
「総員、衝撃に備えてくれたまえ!」
アイアイ!と、マスターたちの声が返ると同時に、空気が揺れた。二隻の船から放たれた砲弾のぶつかる音が連なり重なる。バーソロミューには黒髭の砲弾が、相手のそれに打ち落とされていくのを目視で確認せずとも、響き渡る音でわかった。
「(……っ。あの撃ち方、テンポ、癖、知っている――やはり)」
バーソロミューはぎり、と唇を噛んだ。
ハウエルは船長だ。そして、バーソロミュー・ロバーツが船長として存在する以上、敵対する可能性は充分に考えられることだった。
だが――バーソロミューが予感したもう一人は、違う。
「(やはりこの特異点で、私の宝具が使えなかった理由は……ロイヤル・フォーチュン号の掌砲長不在のせいか!)」
生前、幾度となく頼りにしたバーソロミューの船の砲撃手。砲弾の撃ち方など知らなかった二等航海士に、撃ち方を叩き込んだ男。
――そいつは何より、ジョン・ロバーツを、ハウエルの死後、船長という地位に引き上げた男だった。
「(やはり、そちらにつくのか……ヘンリー・デニス!)」
常ならばその腕前に、ヒュウ、とひとつ口笛を鳴らしただろう。だが、今はそんな気分には到底なれなかった。
バーソロミュー・ロバーツは裏切りを、掟破りを決して許さない。
霊基に刻まれた自身の海賊としての在り方が、刹那、マスターのサーヴァントである自身との解離を起こしそうになる。
ぐわん、と船が揺れた。マスターとマシュのきゃあ!という叫び声が聞こえてくる。
「っ!」
2つの宝具のぶつかり合いによって発生した波によって、船が緩く傾いていた。
「なにやってんだ、バーソロ!呆けてんな!」
宝具を展開したまま再び見張台へ登って相手船の動向を観察した黒髭が、こちらに向かって声を荒げる。ハッ、と囚われかけた思考が戻った。
「っ、……言われなくともわかってるさ!皆、でかい波が来るぞ、振り落とされたくなければ何かに捕まりたまえ!」
問題は第二波だ、次が一番大きい。だが、その程度バーソロミューにとって問題にはならない。くるりと、舵を面舵に切り泡立つ水面に逆らわず船体を波に乗せる。
「「きゃぁぁぁ?!」」
一瞬の浮遊感、そして自由落下。
このスループ船とはこの特異点で巡り合った。バーソロミューが頭に描いたとおりにその身を委ねてくれる良い船だ。後できちんと整備して磨いてあげなければ、と落ち着きを取り戻したバーソロミューはぺろりと唇を舐めた。
――あの砲撃は今はまだこの船には当たらない。
そのために、決して黒髭の砲弾も決してあの船に直撃させないようマスターから指示してもらったのだ。
ばしゃん、と上がった水飛沫がまるでスコールのようにふり注ぎ、視界がほんの数秒閉ざされた。次に現れたのは、キラキラと太陽に照らされて白光に輝く水面。海水で濡れ額に張り付いた髪を左手で避けて、左舷を仰いだ。
彼の船のメインマスト、その上に――それはあった。
「海賊旗……?」
バーソロミューの傍で、柱を掴んでいたマスターがポツリと呟く。
「あぁ。……懐かしいな」
バーソロミューはまるで眩しいものを見るかのように目を細めた。
それは久方ぶりにみる、生前のバーソロミューがキャプテンと呼んだ彼の誇り――ハウエル・デイヴィスのジョリー・ロジャー。
互いの大砲は海へ落ちるか大砲同士ぶつかり合うのみで互いの船を傷つけることはなかった。
号砲を撃ち合い、立場を示すために海賊旗を掲げる。それは、かつて彼が好んだ紳士的な海賊同士の挨拶であった。
「(まぁ、号砲というにはちょっと派手な砲撃だったが、互いにサーヴァントという立場を示すうえで必要な御愛嬌と思っていただこう)」
あとは、あの男がどう出てくるか、だ。
「ジョン!」
その後、ボートを下ろして再会したハウエルとバーソロミューは挨拶を交わし、話をしよう、いや宴だ!と、あれよあれよと二隻の海賊船は砦があった入り江に停泊しキャンプをすることになったのだった。
■
ハウエルから、自身が人理側に呼ばれたサーヴァントであること、バーソロミューや黒髭と同様に海賊行為を働いて情報を集めるのが手っ取り早いと判断して動いていたこと、特異点の元凶・聖杯のありかには辿り着けていないこと、彼の船の乗組員たちは現地で再会した彼の当時の船員ーーといった説明がなされた。
マスターを初めとする管制室の面々は、最初は彼を警戒していた。だが話をしてみれば、彼がバーソロミュー以上に気さくな人物だと分かり、すぐに打ち解けることとなった。何よりバーソロミューが彼の人となりを知っていたことが信用に繋がった。
ハウエルはマスターたちがまだ訪れていない海をメインに掠奪行為を恐ろしいスピードで成していた。故に、元凶には至らないまでも、かなり網羅的に地理情報が集まり、カルデアの今後の指針が決まったことも幸運だった。頼りになる海賊船長がさらに仲間入りだ!と喜ぶ面々に、料理や酒が進む。そうしてその陽気な船長とカルデアのマスターたちは楽しい宴を過ごしたのだった。
その騒がしいやり取りのなか、あえて、あるいは当然のように、ハウエルの幹部勢――特にヘンリー・デニスーーの不在に言及しなかったのは、ハウエルとバーソロミュー。水面下でひりついたその海賊船長たちの会話にひとり気付いて『めんどくせ』と思いながら、マスターの傍を離れなかったのは黒髭だった。
そうして。
万が一のため、と、常に霊体化して控えていたひとりのサーヴァント――円卓の騎士パーシヴァルもそのやり取りを静かに見守った後に、宴の途中、バーソロミューの密かな合図を受けその場を離れたのだった。
■
『バーソロミュー・ロバーツ船長という海賊を形作った人物を語る上で、ハウエル・デイヴィスとヘンリー・デニスは欠かせない人物だろうね』
この特異点を訪れる前夜のこと。寝物語でバーソロミューが話してくれたそれをパーシヴァルは思い出していた。それは珍しく酒を飲んで陽気な彼に手を引かれる形でベッドにもつれ込み、抱き合って。冷めない熱を互いに持て余しつつも翌朝にはレイシフトを控えており、もう一度――という気分にはなれず、ならば少し昔話をしようか、と、そんな流れで始まった取り留めのない話だった。
バーソロミューには何か予感があったのかもしれない。彼が自身の生前の話をするのはとても珍しいことで、それは訪れる予定の特異点が、年代、場所から言って、彼が海賊になったその場所にあまりにも近しかったから。
『ふふ。ベッドの上で他の男の話をするのはマナー違反かな?』と笑うバーソロミューに、いいえと答えて、なにも纏わない肌を触れ合わせるように寄り添いシーツに身をくるんで、手を繋いだままで、懐かしむように彼は語ったのだった。
『ハウエルに関しては――君は、勉強熱心だから、粗方知っているだろう。一方でヘンリー・デニスは、あまり知られていないかな。もとはハウエル・デイヴィスの船の幹部――閣下の一人で、優秀な掌砲長だった。ハウエルの死後『次の船長を誰にすべきか』という議論の中で『ロバーツを推薦する』と大演説を繰り広げてね。私を、バーソロミュー・ロバーツを船長にした男だ』
『その後も、私の船の掌砲長として傍に居続けてくれたクルーだ。この喉を貫かれる直前も、酔っぱらって砲撃もまともに撃てないクルーたちに気合を入れていたあのデカい声は覚えているなぁ』
『それにね、彼は私――ジョン・ロバーツが海賊となってからハウエルが死ぬまでの約六週間に――私に海賊のイロハを叩き込んだ男でね。当時のクルーたちの言葉を借りると『海賊ジョン・ロバーツはハウエル好みにアイツに仕込まれた』ってやつだ』
『あはは。目が恐いよ、パーシヴァル。『仕込まれた』は人聞きが悪いか。確かにそのせいで、当時変な勘違いも起きて、噂好きの船員たちを私が穏便に黙らせられるかを賭けてたくらいだからな、アイツら。根っからのろくでなしだ。でも、君はそんな戯言信じないでくれ。ベッドの上で他の男の話を容認したのは君だろ?存外、君は嫉妬深い……あぁ、ふぅん?君はバーソロミュー・ロバーツだけじゃ飽き足らず、ジョンも欲しいのかい。って、――ンッ、パーシー、どこ、触って。……ん。もう一度、シたい?……ふふ。いいよ』
『ン――。でも、大丈夫、私と彼らは君が心配するような――、ン……っ。そんな色っぽい関係じゃないさ。あは、そんな顔して可愛いね、パーシヴァル。むしろ――どうだろう。デニスはもしかしたら――』
その日が生前のバーソロミュー・ロバーツの命日だったとパーシヴァルが思い出したのは、翌朝のレイシフト前の管制室におけるブリーフィング時だった。
『デニスは、最後、私のことを見限っていたかもしれないなぁ』
■
無人と思われた砦の山肌に掘られた洞穴。
ちょうど船が臨めるその場所で蠢く影に気付き、パーシヴァルは霊体化を解いて槍を手にした。その影は、魔力を操り岩肌に大砲を顕現させていた。
ハウエル・デイヴィスの海賊船と思しき船を確認した後、すぐに船上で、まるで甘やかな内緒話をするように囁かれたのは、バーソロミューからパーシヴァルのみに密かに課せられた作戦だった。
『パーシヴァル、そこにいるね?……そのまま聞いてくれ。ハウエルが簡単に我々を信用するとは思えない。おそらく一旦はこちらを信用したふりして試そうとするだろう。あれはそういう男だ。合図をしたらあの砦を探索してくれたまえ。注意すべきは幹部連中だ。今、私はこの特異点で宝具が使えない状態異常が起きている。さて、分かるね――?ベッドの上で君にたっぷり教えただろう?そこに誰がいる可能性が高いか。マスターの許可は得ている。現場での判断は君に任せよう。……君になら任せられる』
薄く浮かべたいつも通りのはずの微笑みに隠された感情を想い、パーシヴァルは霊体化したままその額に口付ける。
『こら、気配が隠せていないぞ、君。ふふ、そんなに心配しないでくれ。私は無茶しないさ。……不安なら、そちらを済ませたあと私の護衛でもしてくれればいいよ』
ほんの一瞬だけ、揺れた瞳はすぐに海賊船長としての表情に隠される。彼はそれきり口を噤んだのだった。
「(……バーソロミューはどこまでの可能性を読んで、あんな話を聞かせ、私を霊体化させておいたのだろうか)」
数日前の港での情報収集時から、パーシヴァルは常に霊体化をしていた。それは、この特異点に到着してすぐに、バーソロミューが提案したことで、曰く『パーシヴァルの外見は港では随分と目立つ。すぐに海の荒くれ者に絡まれ面倒ごとになるだろうね』『まぁ、あながちバーソロの言ってることは間違いねぇよ。パーちゃんみたいなのが居たら拙者も警戒してルンルンで絡みに行きますでしょうなぁ、ドゥフ』との話だったが、今となっては、あの海賊船長たちの先を見据えての計略にも思えてしまう。
ダヴィンチからの秘匿通信が入る。サーヴァントと思しき影の傍の大砲の砲身が向く先は、港の西側。そこに停泊しているのはカルデアのスループ船。
つまり、そこにいるのはーー敵。
そう判断して、パーシヴァルは一足飛びでその影の首筋に槍を突きつけようとして――その切っ先はその影が鞘から抜いた刃に受け流されてしまう。
「っ!?」
「ははっ」
洞穴に笑い声が響いた。
「やっぱり、アンタか円卓の騎士、パーシヴァル卿!おかしいと思ってたんだ。レイシフトに居たはずだもんなァ、アンタ。人数をちょろまかして斥候かい?ジョンらしいハウエルそっくりのやり口だ!」
「貴殿が、ヘンリー・デニス殿か」
そこに居たのは、熊を思わせる大男。バーソロミューより年上に見える男は、腰に二丁拳銃を、そして、右手にカトラスを持っていた。パーシヴァルの攻撃が威嚇目的だったとはいえ、力任せに槍の切っ先を跳ね返されパーシヴァルは間合いを取った。
「お?なんだァ、やっぱり、ジョンには気付かれてたか! まぁ、真名の開示?ってのはサーヴァント戦では重要なんだったな。まさか、かの円卓の騎士様とやりあうとは思わなかったが――っつっても、俺はジョンやハウと違って、アーサー王伝説なんてモン、あんま知らねぇんだけどなァ!」
「?!」
切りかかってくるその攻撃を避けるが、風圧で吹き飛ばされそうになってたたらを踏んだ。腕力故かと思ったが、流石にパーシヴァルの身体が吹っ飛ぶほどとなれば異常だ。
彼の生前を考えてもクラスはアーチャー。ランサーであるパーシヴァルが優位なはず。だが、この威力。霊基強度はかなり高いものに感じた。カルデアで解析したハウエル・デイヴィスの霊基強度はバーソロミュー同等だったというのに、このデニスという男がそれ以上の霊基強度で存在していることは道理に合わない。
「貴殿は、人理側……カルデアのサーヴァントではないのですか?」
「いやぁ。まぁ、そうなんだが。ハウのヤツが『バーソロミュー・ロバーツ船長』を試したいって言うもんだからなァ。なにせ、仕込み途中でハウエルの野郎死んじまったからよ」
返ってきた答えの、その内容よりある単語にパーシヴァルは引っかかってしまう。
「……仕込み?」
あの夜にも聞いた単語だった。
「あー。ジョンはアンタに話してねぇのか?ま、人聞きがわりぃわな。……なにせ、ハウエル好みにジョンを仕込んだのは俺だからなァ」
ぺろ、と舌なめずりする男は、ただ自分を挑発しているだけだと頭の片隅で理解しながらも、パーシヴァルの脳は沸騰しそうになる。バーソロミュー自身が彼らとの間に疑うような関係は無かったと明言しているというのに、だ。
「彼を……侮辱するような、そのような言い方はやめていただこう」
「あっはは。『清き愚か者』とか言うんだったか、アンタ。アレは水夫上がりの海賊だぜ?で、あの面だ。手垢まみれに決まってんだろ。ンな身綺麗なはずねぇ。が――なるほどなァ、海賊ってのは多かれ少なかれ現実主義のくせしてどこかロマンチストだ。ジョンは女のタイプを見せるやつじゃなかったが、アンタみたいなのがイイとはねぇ。そりゃあ、さぞかし自分を良い物に見せたいわけだ。なぁ、純情な騎士様。しかも本気の愛だって?ははっ!そりゃ何の冗談だァ?俺の知ってる『バーソロミュー・ロバーツ』はそうじゃねぇだろ。……あー気に入らねぇ、気に入らねぇな!」
彼はバーソロミューとパーシヴァルの関係を知っていた。――何故、と考える前に、ぶわり、とデニスの周りの魔力が高まる。ダヴィンチからの『どう考えてもおかしい、彼がヘンリー・デニスだとして、ここまでの力は無いはずだ! いよいよ聖杯案件かな。気をつけろ、君と張り合えるくらいの強さはあるぞ!』という通信が入るが、もとより、パーシヴァルは油断などしていない。肌を焼く殺気は最初からパーシヴァルに向けられていたし、何より目の前の男がバーソロミューへ向けた嘲りの言葉にパーシヴァルの理性の糸はとっくに切れていた。
一足飛びでデニスがパーシヴァルに襲いかかる。懐の二丁拳銃を抜かないままに、カトラスを振りかぶった。バーソロミューと似た太刀筋。いや、逆か。バーソロミューが、彼の太刀筋に似ているのだ。パーシヴァルは槍の束でそれを受けるが、グンッと力任せに押され、再び身体が後ろに吹っ飛んだ。
「くっ」
ザリリと洞穴の地面をブーツの踵が擦り、砂埃が舞う。片膝を付いたパーシヴァルにデニスはニヤリと笑ったが、パーシヴァルが涼やかな表情を崩さないのを見れば、カトラスを手元で振り下ろして、心底面白くないといった風に舌打ちをしてみせた。
「アレはえこひいきをしなかった。掟の下に平等で、何百という船員たちに自分たちよりも優れていると思わせ畏怖されてきた。船長としてのアイツは自分というものをほとんど見せなかった。それが良かった。俺の理想の船長だったよ。威張り散らす船長は要らないが見縊られる奴もダメだ。隙が無く、運が有り、航海術を誰よりも知り、豪胆で気前がよく、温和な癖に時にあの黒髭を思わす残酷さを見せ――ついでに言えばあの面でお綺麗なナリ。それが『バーソロミュー・ロバーツ』だ。人心掌握、管理能力、アイツは特にそれに優れていた。俺はそんなアイツを船長に推し支えた――なのになんだ、今の体たらくは?正義?善?愛?そんな俗っぽいモンに毒されて、随分大人しくなっちまいやがって!」
デニスが見せたのは、怒りだった。
「それが原因ですか?」
「あ?」
「サーヴァントとしての彼の在り方を見て、彼の宝具の中にいたはずの貴殿が――聖杯の力を得てサーヴァントとして、現界することになった原因です。故にこの特異点でバーソロミューの宝具に不具合がある」
「……ロバーツがそう言ったのか?」
「ええ。……彼が亡くなる頃には、バーソロミュー・ロバーツ船長の統治には陰りが見え始め、追放する計画があったそうですね?『私に隙があればいつでも引きずりおろされただろう。そして、その状況になった時点で、デニスは私を引きずりおろす側に付く――何せとても合理的だから』と彼はそうも言っていました」
バーソロミューの口調を真似てそう伝えれば、デニスは少し俯きニヤリと笑った。
「はっ。流石だなァ。そうだ。俺が必要としたのは船員としての俺を生かし思う存分掠奪を楽しませ、俺らのために身を捧げる神輿としてのアイツなんでな!そうでなくなったアレには用はねぇ。しかも、この特異点には当時のままのハウエルが居る。――どっちに付くかは、まぁ自明だな」
パーシヴァルは、そこまで聞いて頷いた。
「なるほど。理解しました」
「ア?」
「貴殿は以前の彼を気に入っていた。そして彼を誑かした私のことが気に入らない。……私の目には、貴殿が宝を奪われ喚いている子供にしか見えません」
「あーっ、はっハァー!!――本当に、イケ好かねぇ坊ちゃんだな。海賊に喧嘩売るとサメの餌になるぜ?なにせ今の俺なら、テメェらからロバーツを『奪える』からな。もう一度、ハウエルと仕込み直してやるのも悪くねぇ!」
デニスは左手で銃を抜きその銃口をパーシヴァルに向けた。
「ご安心を。正真正銘、喧嘩を売っていますので。貴殿には奪わせない。仕込むなどと下劣な言い方も即刻やめて頂きましょう……もう黙れ、と言えば理解できますか?」
あえて手にした聖槍をからりとその場に落とし、パーシヴァルは身体の前に拳を作って見せた。
「――っ、ハッ!ハハッ!なんだなんだァ。そりゃ、なんの真似だァ騎士様。武器ナシの殴り合いってか?!聖なる槍とやらを向ける価値も無いってか!? ハッハー! いいね、いいねぇ、面白れぇ。言い分はお綺麗すぎて、気に入らねぇがな!」
カラン、とパーシヴァルを真似るようにしてカトラスと二丁拳銃を落としたデニスが拳を構えた。
そうして、武器無しの殴り合いが始まったのだった。
***
ゲスト様③
【星の在処/硝酸】
新入りがはいってきたな。それだけだった。
おとなしい、そのくせ一度喋りはじめたら流れる水みてえに言葉を浴びせかけてくる。周りより、ほんの少し年嵩の男。気に留める理由もなく、その他大勢の内の一人。それだけのはずだった。
顔の半分を隠すくらいに伸ばした前髪。船の上じゃあ手入れなんてできないから髪も髭も伸ばしっぱなしのやつはたくさんいるが、他は整えているのに前髪だけ伸ばしているのが不思議だった。
変なやつ。
それが一番最初に思ったこと。
そのおかしな新入りは、なんで海賊になったんだ?と思ってしまうほど柔っこくてふにゃふにゃしてる。
船乗りをしていたからか船に乗るのには慣れちゃあいるが、暴力となるとまるでダメ。カトラスの握り方もなっちゃいない。なんだか見ていられなくて俺が教えてやったくらいだ。
海賊船に乗るには場違いに柔らかいそいつは、だけど場違いなままあっという間に船に馴染んだ。
気に食わない、とは思わなかった。そのことに驚いた。だって、俺とそいつはなにもかもが違うのに。
奪って、奪って、奪って、奪い取る。それだけが人生だった。文字も読めない。頭も悪い。俺にできる唯一がそれだった。暴力ってのは簡単でわかりやすくて扱いやすい。奪ったものは俺のもの。飯も金も、欲しければ奪えばいい。
それでも陸じゃあ居心地が悪かったから海に出た。海賊になった理由なんてそれだけだ。
どいつもこいつもろくでなしの中は陸よりもずっと、息がしやすかった。海が嫌いなわけじゃない。でも、溺れるほど好きなわけでもない。俺は海じゃなくたって生きていける。それはほんの少しだけ珍しいようだった。
文字も、星も波も、読めなくたっていい。俺の役割は暴れること。そして奪うこと。それだけわかっていればいい。
頭のいいやつは嫌いだ。船長に直接言ったこたぁないが、俺にわからない言葉を喋るやつはぶっ殺してやりたくなる。
酒が好きだ。これがあればみんな俺と同じバカになる。笑って肩を組んで、次の瞬間には殴って刺してのバカ騒ぎ。喧騒が好きだった。
俺は俺が好きで、この生き方が気に入っていて、ちょっとでも俺と違うものが嫌いだった。
そいつは、ジョンは、なにもかもが俺と違っていた。
頭がよくて、あいつが笑えばみんなが笑う。空気みたいに溶け込んで、それなのにみんなあいつを忘れない。いつの間にか輪の中心にいる、そんなやつ。
それなのに、俺はあいつをちっとも嫌いだなんて思わなかった。
「こんばんは。いい夜だね」
「ん?……ああ、星をね、見ていたんだよ」
「見ていて楽しいのかって?うーん難しい質問だ。楽しいなんて考えたことなかった。えっと、そうだな…安心は、するかな」
「ほら、私は航海士だったから。空を読み星を見て風に触れる、それがくせになっているんだ。今でも、そうすると安心する。立場は違っても同じ海にいるのだと」
「君は?……星なんて食えないものより女がいい?はははっ、そりゃあそうだ」
「この分だとあと三日もしないうちに陸だ。君も存分に楽しむといい。それに、今日だってみんな酒を飲み歌っているだろう?ここにいるより混ざってきた方が楽しいんじゃないか。私?私は…星を、見ているよ」
「……君もここにいるのかい?星の読み方を教えてくれって?ああ、構わないとも。笑ったりしないさ。私だって、かつては君のように教えを乞う一人の生徒だったのだから」
ただ穴の空いた黒い布を光に翳したようなものが、ジョンの指先一つで線になって物語になった。あいつの指は魔法の指だ。
生き物の名前も神の名前も知らない俺をジョンは一度も笑わなかった。
なんだが変な気分だった。ジョンの隣は酒よりも俺を酔わせる。ふわふわして気分がいい。
だから、少しだけ守ってやることにした。
木の棒が二本重なっただけのものを握りしめて、俺たちの仕事を前にそっと息を詰める、赤い血にぎゅっと眉を寄せるそいつの代わりに、俺が前に出てやることにした。
俺となにもかもが違う男。俺に星を教えてくれた男。海でしか生きられない可哀想なやつ。
星みたいに輝いて月みたいに笑うそいつのことを、ずっとずっと見ていたかった。
俺のお星さま。どうか誰にも見つからないで。
海に漂う賊の、生まれて初めての願い。歴史の切れ端にほんの少し名を刻む程度の男。
彼の小さな小さな願いを聞き届けたものがあった。
■
彼が召喚されたとき、カルデア内は密かに湧き立った。といっても、その熱狂はとある出来事で賭けをしているサーヴァントたちの間に留まった小さなものであったけれど。
「サーヴァントバーサーカー……バーサーカー?俺が?…まあいいや。ウォルター・ケネディ、海賊だ」
潮風で傷んだ金色の髪、薄い緑色の瞳、擦り切れた衣服と腰に大振りのカトラスを下げた青年。彼には一部のサーヴァントたち、具体的にいうと夜な夜なバーで良からぬ話をしているものたちの期待がかけられた。
というのも、彼らはここ最近とある出来事に非常にやきもきさせられていたのである。海賊、ウォルター・ケネディの召喚はその出来事への起爆剤になるとみな一様に彼を歓迎した。
ある出来事……停滞したままのパーシヴァルとバーソロミューの関係への新たな火種として、本人も知らぬまま彼は歓待を受けたのである。
BBプレゼンツ、マスターへの慰安旅行と称された夏のバカンスは大成功に終わった。未来のドバイへのレイシフトは、主催たる彼女の過去のあれこれによりほんの少しの不安を孕んだものだったが、帰還したマスターの晴れやかな笑顔を前に誰しもがそっと安堵の息を吐いたものである。
そしてマスターの慰安とは別に、この夏を機に大いに進展したものが一つあった。円卓の騎士パーシヴァルと、海賊バーソロミュー・ロバーツの関係である。
夏の魔物とはよく言ったもので、それまでなんの接点もなかった二人の関係はこのひと夏を境に急速に縮まった。機微に聡いものたちだけでなく、カルデア全体に二人の仲の良さが広まるのにそう時間はかからなかった。それほどまでに、パーシヴァルがバーソロミューへ好意を抱いていることはわかりやすかったのだ。しかしまあ、バーソロミューもまたパーシヴァルを憎からず思っているようで。二人の仲がいつ深まるのか、悪巧みが得意なものたちの間であっという間に賭けが始まったほどだった。
早いもので三日、遅いもので一ヶ月。ばれない程度の茶々は大歓迎。賭けの賞金は勝ったものが総取りだ。ところがいつまで経っても二人の仲はこれっぽっちも進展しない。
そんな最中、バーソロミュー・ロバーツの霊基が突如としてカルデアから消失し、同時に微小特異点が観測された。
特異点は小さく、レイシフトできるメンバーは限られていた。
選ばれたのは二基の英霊。まず発生した特異点が海の上だということで船を持つイアソン、それから…自ら立候補した円卓の騎士パーシヴァル。
かくしてマスター含む三人の活躍により特異点は修復され、カルデアの手元には消えてしまったバーソロミューと特異点の起点となった聖杯、それから、特異点発生の原因となった男ウォルターとの縁が結ばれた。
ウォルター・ケネディという男は海賊バーソロミュー・ロバーツを語るうえで決して外せない男と言えるだろう。そんな男が聖杯の力で創り上げた特異点。詳しく語る者はいなかったが、そこにはバーソロミューの根幹に関わるものがあったであろうことは想像に難くない。そんな特異点へのレイシフト適正をなぜか持ち合わせていたパーシヴァル。それを邪心しないものはいない。
パーシヴァルがなにを思い、特異点に向かったかは誰も知らない。けれど彼はそこで確かになにかに触れて帰ってきた。
こうして二人は結ばれ……でもしていたらウォルターの召喚にオーディエンスが沸くこともなかったのである。
カルデアに召喚されたウォルターは特異点での記憶を持ち合わせているようで、バーソロミューと酷い争いを起こすこともなく彼の後を着いて回る雛鳥と化した。彼が召喚されてからというもの、その前まではパーシヴァルの特等席だった場所は、すっかりウォルターのものになってしまった。
パーシヴァルはほんの少し寂しそうに眉をひそめるだけで、彼らの間に割って入ることはしない。彼のお行儀のいい様子に、周りの方が先に根を上げてしまうほどだった。
「いいのですか!このままでは健気な年下わんこ系彼氏の座を奪われてしまいますよ!」
「とししたわんこけいかれし、の……ざ?」
「落ち着いてくださいトリスタン卿」
「ぐっ…いいボディーブローです…流石は我が友」
ダン!と音を立ててトリスタンは立ち上がる。拳を握って奮い立つ姿にパーシヴァルは首を傾げ、ベディヴィエールはその鳩尾へと銀の拳を撃ち込んだ。愛らしい顔立ちには似つかわしくない、重い肉を穿つ音。円卓ではよく見られる光景である。
「頓珍漢なことを言っていないで一から説明してください。パーシヴァル卿も困っているでしょう」
「困ってはいませんが…そうですね、先ほどの言葉の意味は気になります。私は卿らに比べて召喚されて日が浅いですから、不勉強があるのなら教えていただきたい」
「ということです。ひとまず座って、それからゆっくり話しましょうトリスタン卿」
「落ち着いてなどいられません!パーシヴァル卿の…ごはっ!?」
「座りなさいトリスタン」
「……はい」
用意されたまま手付かずだったティーセットに各々を手をつけ、紅茶を口に含みひと息をついたところでようやくトリスタンは重々しく口を開いた。
「これは由々しき事態です。パーシヴァル卿、貴方の恋の危機ですよ」
「わっ私の、ですか?しかし、私は…」
「隠さずとも良いでしょう。貴方がかの海賊に想いを寄せていることはカルデア中の知るところですし」
「えっ」
「……まさかとは思いますが、あれで秘めた恋のつもりだったのですか」
「いや、あの、それは、その…え?」
「トリスタン卿?そこはもうこの際いいでしょう。おそらく深く突っ込みすぎると話が長くなります」
自身の秘めた恋を指摘された顔を真っ赤にしたパーシヴァルは、それがカルデア中の知るところであるという事実に顔を白くする。
ベディヴィエールが見かねて助け舟を出すと、トリスタンはようやく本題を切り出した。
「それもそうですね。それでは本題を……。パーシヴァル卿、貴方は彼との関係を進展させる気はあるのですか」
ひとまずは彼の意志をと尋ねるトリスタンに、しかしパーシヴァルは首を傾げるのみだった。
「進展……とは、なにを指すのでしょうか」
いくら恋の逸話がないとはいえ、これは酷すぎると声を上げようとしたトリスタンは、目の前の男の顔を見て口を閉じた。
パーシヴァルはただ穏やかに微笑んでいた。
「私は彼を、とても得難い友人だと思っています。このカルデアだからこそ繋がった縁で、マスターの元だからこそ集うことのできた我ら。彼との時間はとても心地がいい、それは確かです。卿らに抱くものとはまた違う、彼への想いをきっと恋と称するのでしょう。しかしそれがなんだというのでしょう。私はこれ以上を望むつもりはありません」
空色の瞳には慈愛ともとれる色が浮かんでいる。正面からそれを受けたベディヴィエールは息を吞み、トリスタンは切り捨てる。
「そういう綺麗ごとはいりません」
「トリスタン」
「騎士らしく彼の後ろに控え侍るのなら、そのうじうじうじうじ茸でも生えそうなほど湿っぽい顔をどうにかしたらどうなんです。貴方がそんな顔さえしていなければ、こちらも呼び出したりしていません」
「それは……返す言葉もありません」
「パーシヴァル卿、貴卿はかの特異点でなにを見ました?」
パーシヴァルはほんの少し空を見て、それから笑う。
「星を、星を眺める子どもが一人いただけです」
「星、ですか」
「ええ。いつの時代も、星は人を導き照らす。海の上でも星は美しく輝いていました」
パーシヴァルはあの輝く夜の形をした特異点を思い出した。
ウォルターがカルデアと縁を結ぶきっかけになった場所。
その特異点の出現は、カルデアからバーソロミュー・ロバーツの反応が消えたのと同時だった。
■
その日、パーシヴァルはバーソロミューとお茶の約束をしていた。パーシヴァルはクッキーを、彼が紅茶を。二人で持ち寄り小さなティーパーティーを開く予定だったのだ。
約束の時間にも姿を見せない彼。律儀で真面目な彼らしくないと、心配が胸を覆う。ひとまずボーダー内を散策してみようと歩いていたところで、パーシヴァルは偶然彼の消失を耳にすることになる。
「マスター、それは本当かい」
「ぱっ、パーシヴァル?ええっと、その……どこまで聞いてた?」
「……バーソロミューが消えた、と」
顔をこわばらせるマスターは、ほんの少し視線を彷徨わせた後にそれを真っすぐ定めて口を開いた。
微小特異点の発生に伴い調査をしたところ、バーソロミュー・ロバーツの消失を確認した、と。
全身の血の気の引く音をパーシヴァルはその耳で聞いた。目の前が真っ暗になったし、声を押し殺して平静を装ったものの発生した特異点内でバーソロミューの姿を発見するまでは生きた心地がしなかった。
生前ですらここまで取り乱したことがないだろうというほど狼狽したのだ。全てが解決した後でマスターには頭を下げたが、気を使われて「いつものパーシヴァルだったよ」と言われる始末。なんとも不甲斐ない。
バーソロミューのことを信じていないわけではないのだ。しかし、それを置いてなお愛しい人とは心をぐちゃぐちゃにかき乱す。
恋とはパーシヴァルを弱く脆くするものだった。
特異点は本当に小さいもので、また消えたのもバーソロミューだけ。このまま放置すれば、いずれそのまま消滅するだろうと小さな天才は語った。けれどその場合バーソロミューは戻ってこない。
世界を救う旅の途中のマスターにサーヴァント一基を優先してくれと言うことなどできるはずもなく。パーシヴァルは口を引き結ぶ。
けれど、こんなとき真っ先にサーヴァント一基を選ぶのがパーシヴァルのマスターなのだ。
「パーシヴァル!行こう!」
特異点は小さく、連れて行けるサーヴァントは限られていた。きっと適任は他にもいて、しかしパーシヴァルはそれを誰かに譲るわけにはいかなかった。
差し伸べられた手を取る。事前調査で海の真ん中に反応があることはわかっていたので、通りがかったイアソンに船を出してくれるよう頼んで一同は特異点に乗り込んだ。
最初にそれを目にしたときは驚いた。なにせパーシヴァルの知るバーソロミューとは少しばかり容貌が違っていたからだ。呪いを受けていただとか、年齢が違うだとか、そういう話ではない。
もっと単純な話だ。
彼は前髪を酷く伸ばしていて、その美しい海色の瞳を隠していた。
「メカクレが好きだってのはもう常識だったけどまさか自分までそうだったとは……」
「いや、だったら今のアイツはなんなんだよ。逆に怖い」
「存在がホラー」
「もしかしてこれを見た俺たち無事じゃ済まないんじゃねえの」
「もしもの時はなんとかしてよ。セイバーでしょ」
「無茶言うな。ここにヘラクレスはいないんだぞ」
マスターとイアソンは口々にそんなことを言っていたけれど、それを気にする余裕はすぐになくなった。特異点では現地時間が全く進んでいないことに気づいてからは、どう現状を打破するかに視点が移り変わったからだ。
その特異点はアフリカ西海岸、プリンシペ島沖合に発生した。時代は大航海時代の終盤に差し掛かるころ。つまり、海賊バーソロミュー・ロバーツが誕生するその瞬間といった時代である。
しかし特異点ではロイヤルローバー号がプリンシペ島を発見することなく、その沖合でただ航海を続けるのみ。ここでのバーソロミューは海賊船のいち乗組員であり、ただのジョンであった。
前髪を伸ばしその顔の大半を覆ってしまっているジョン。その隣には常にウォルターという男がいる。プログラムされた動きを繰り返すような動作をする他の船員とは違い、彼だけは意志を持っている。彼が特異点に関わっていることは明白だった。
しかし原因はわかったものの対処の仕方がわからない。歪みが小さいものであるが故に手を出しあぐねてしまう。また時間がループし続けて円環を描いているのもよろしくない。そこで完結しているものに外から大きな力を加えれば破裂しかねない可能性があったからだ。
その場にいるのはマスターと、神代の人間とはいえ魔術には明るくないサーヴァント二基。どうしたものかと悩んでいたところで、姿の見えないイアソンを探していたメディアが通信に顔を出した。
「おっぎゃあああああ」
「金魚草みたいに鳴かないでよ」
「金魚草が鳴くわけねえだろ」
「おっ正気に戻った」
頬を薔薇色に染める少女曰く、円環は強固だが所詮は聖杯を使い無理やり正史から捻じ曲げたもの。ならば動力となっている聖杯を奪い、流れを戻せば簡単に解けるらしい。
『きっと彼本人が聖杯を持っているわけではないと思います。彼の霊基ではそもそも特異点を作ること自体が困難でしょう』
彼があって特異点があるのではなく、おそらくその逆。
ウォルターは結びつきを利用しているだけ。ならばそれを断ち切ればいい。
「彼は私に任せていただけないだろうか」
「オッケー!そっちは任せた!」
一方は聖杯を探し、もう一方は邪魔をするだろうウォルターを押し留める。パーシヴァルは槍を抜き、ウォルターの前に立った。
名乗らずとも、彼はパーシヴァルを敵と認識したようだった。カトラスを抜き、それをパーシヴァルに向ける。荒々しい殺気は手負の獣のようだった。
「アンタあの光る点をなんて呼ぶか知ってるか。あれは星って言うんだ」
「なあ騎士さま、北極星って知ってるか」
「空には神様がいるって知ってるか。あの光る点を繋げていくと鳥になったり魚になったりする。知ってるか」
「俺は知らなかった。誰も教えてくれなかった。ジョンだけが俺に教えてくれた」
「なにも知らないってことがどんなだか知ってるか。なあ、知ってんのかよおい!」
カトラスを手に血走った目で喚く青年を、パーシヴァルは哀れに思った。しかしそれで槍の鋭さが失われることはない。
輝く聖槍は正しく振るわれた。嵐に揺れる船の上で、星を隠した青年は悔しそうに膝をつくしかなかった。
「ぐっ、…が…くそっ、…くそっクソっクソッタレ!!!」
ウォルター・ケネディ自身の霊基はそこまで強固なものではない。一度綻びを作ってしまえばあとは崩れるのみだ。
停滞した時間は動き出す。あとはそう、相応しい幕引きだけ。その役目を担うべき人は彼しかいなかった。
『野郎ども!俺は、俺はこいつこそ船長に相応しいとそう思う!最も航海術にたけ、最も冷静である男!俺はジョンを船長に推薦したい!』
轟々と唸る風に負けないように男が声を張り上げる。それまではただ決められた台詞を喋るだけだった人形が、定められた役目から解き放たれて歴史を刻もうとする。皆がいっせいに注目する中、彼は一歩踏み出した。
いつのまにか手に持った短剣でぼろ布で一括りにした髪を切り落とす。雨に濡れそぼった前髪をかきあげ、青く輝く二つの宝石が曝け出された。
パーシヴァルとウォルターはその光景をじっと見つめていた。
***
【弔する紅茶/こだま】
ああこれは違うな――パーシヴァルが独り言ちた言葉に、バーソロミューは瞠目した。たった一度、聖なる槍とは対照的な『黒』を纏うカトラスを彼に向って振り上げただけなのに。まさか、それだけで気付かれてしまったのか。
歪んだ笑みを浮かべながら、バーソロミューは愉悦に満ちた声を張り上げた。
「それはなにに対してかな? カルデアと言う場所に身を置く君ならば身に染みて分かっている筈だがね。クラス違いの同じサーヴァントなど飽きる程見てきただろう? それこそ、君の王とて複数人存在していると聞くが」
「うん。そうだね。……だが、貴方は違う」
パーシヴァルは驚く程穏やかに――まるで海が凪ぐように、しずかに微笑みを返した。
「貴方はバーソロミューの皮を被っているだけに過ぎない。―――『役を羽織る者』よ」
■
明らかに異常だ。
そう曇った顔で呟くバーソロミューの言葉に管制室は静まり返った。それは同意の沈黙に他ならず、マスターもマシュもダ・ヴィンチも皆、観測された特異点にはあまりにも『似合わない』サーヴァントが唯一適正指数を示していることに頭をひねっていた。
「17世紀末のカリブ海。海賊の黄金期と呼ばれた時代の海のすぐ近く。それなのに海賊や船乗りのサーヴァントではなく、海にまつまわる逸話もなにもない彼一人だけが選ばれるなど……もしや円卓の騎士の重度のオタクが聖杯を拾ったのか?」
「う~ん。いつもなら荒唐無稽だと流すところなんだけど……原因が分からない分その可能性も否定はできないね。ところで知見を深めるために他の海賊サーヴァント達にも召集をかけた筈なんだが、なにか知っているかな?」
「私以外全員二日酔いだ。すまないねダ・ヴィンチ、そしてマスター。生前の私の最後の闘いですら酔い潰れていた者が多くいたぐらいだ。海賊の大半の血液はおそらく酒で出来ている」
冗談じみた口調で軽く答えたバーソロミューだったが、彼の纏う空気は明らかにひりついている。それはマスターである藤丸もダ・ヴィンチも、そして――なにより彼の隣に立つパーシヴァルも、誰もが気付いていた。
本来様々なことを秘匿出来てしまえるバーソロミューが分かりやすく不快感を露わにするのは黒髭相手以外では珍しいことだ。その理由は明白だった。彼の恋人である円卓の騎士が、特異点に選ばれたたった一人のサーヴァントなのだから。
「バーソロミュー。貴方の思いやりは有難く受け取っておくが、ここで不安を共有し合っていても埒は明かない。そうだねマスター」
「……うん。行ってみないとなにもはじまらないのは確かだよ」
「っ…このマシュ・キリエライト! 先輩とパーシヴァルさんのサポートに全力を尽くします!」
「……はは。参ったな」
「バーソロミューさん?」
己を鼓舞するように拳を握り締めるマシュに名を呼ばれ、バーソロミューは困ったように笑みを浮かべると肩をすくめた。
「いや。麗しのメカクレディですら覚悟が決まっていると言うのに、この中で一番子供っぽいのはどうやらアラフォーの私だと言う事実に自嘲していたのさ」
「バーソロミュー……ごめんね」
「よしてくれマスター。君が謝ることではない。……だが、くれぐれも気をつけたまえ。海賊だけではなく当時の海を生業にしていた者は皆厄介な輩ばかりだった。神の住まう大海を乗り越えて来た君にとっては可愛いものかもしれないがね。――パーシヴァル」
バーソロミューが恋人の名を呼ぶと、二人の視線がぶつかり合う。海と空の色を宿した互いの瞳が同時に細められた。
「必ず、マスターを守り抜くと誓おう」
「……ああ。任せたよ」
全てを言葉にはせず、二人は短く握手だけを交わし合う。
強い信頼感と結びつきの表れに、マスターは小さく微笑んだ。
「―――海の近くって言うか……海だよねええこれ?!?!」
「ッ、マスター! 失礼する!!」
レイシフトが無事に成功しても、その先が安全だとは限らない。それこそ空中からいきなり地面に叩き落とされそうになった経験は一度や二度ではなく――今回も悪い予感はありすぎる程にあったが、突然の絶体絶命の状況下に青年は叫ぶことしか出来なかった。落下先が地面ではなく海面に変わっただけで、その衝撃は計り知れない。パーシヴァルは即座にマスターを抱き込んだが、見渡す限りの青に陸地の陰はひとつも見つけられなかった。バーソロミューのように船を出せる筈もなく、せめて衝撃に耐えるために盾を展開しようとした―――その、刹那のことだ。
「っ……は……?!」
藤丸が息を呑む。海面を押し上げるようにして現れたのは、ギリシャ神話の女神―――ではなく、それを模した像。
それは船の船首だった。
「……! マスター、目視で確認出来る足場はあそこだけだ。着地します。いいですね?!」
「たとえ幽霊船でも海の藻屑になるぐらいならマシだあ~! お願いしますっ!」
船首像は、海の神に対し船の安全を願う為に飾られていたものだとバーソロミューから聞いたことがある。いわば船乗りにとっては神聖なもの。その頭上に足を着けることは彼らの祈りを汚してしまうような心地がしたが、躊躇してる場合では無かった。
――しかし、
「――おっと。いけないなあそれは」
よく見知った声が響く。
転瞬、ざばりと波が荒立ちその船は姿を現した。白い髑髏マークが描かれた黒い旗―――間違いない。どこもかしこもボロボロではあるが、海中から現れた大きな船は『海賊船』だった。
「わっ、ぷ?!」
「っ……!!」
うねる海水を全身に浴びながら、マスターを抱えたパーシヴァルはどうにか甲板にあたる場所へと着地を遂げる。肩で息をする二人の耳に届いたのは、パチパチと鳴り響く拍手の音だった。
先程聞いた『声』の主。ドクンドクンと、パーシヴァルの仮初の心臓が高鳴りを増す。一歩、また一歩と近付いてくる足音の先―――略奪品で構成されている海賊衣装を身に纏ったバーソロミューが、朗らかに笑っていた。
「こんにちは!! 濡れた前髪が片目を隠すように乱れていてンン~ッッこれはなんとも最高な 嗚呼言葉に出来ない素晴らしさ正に甘美だナイスメカクレだよ二人共ッ…!!」
伊達男から矢継ぎ早に告げられた賞賛に、呆然とするマスターがぽつりと呟いた。
「……バレンタインの時よりもうるさいな」
――と。
「バーサーカー?!」
「うんそうなんだ。バーサーカー」
今日の天気を語るかのごとく軽口で答えたバーソロミューに、藤丸は更に語気を荒らげる。案内された船長室はパーシヴァルの予想以上に狭く、マスターの声がよく響いた。
「つまりバーソロミュー・オルタってこと…?!」
「すごいな! ブラック・バートよりもイカす愛称だ!」
「た、確かにカルデアのバーソロミューよりちょっとテンション高いような気も……いやでもメカクレを前にしたらいつもこんなもんか……?」
「髪は乾いたのでもう誰もメカクレではないけどね」
「それもそうだな?! タオルとか貸さなければよかった…!」
パーシヴァルの言葉に自称バーソロミュー・オルタはがくりと膝を落とす。しかしすぐにまた忙しなく立ち上がると、ようやく本題に入るようにして男は語り出した。
「――と、悔やむのはここまでにして。君たちならこのおかしな海をどうにかできるかもしれないっていうのは本当の話なのかい?」
「うん。その為にここにきたっていうか……」
「うんうん。ならば私も助力しよう。この船は勿論のこと、なんなりとこき使ってやってくれ」
「え?! そんなあっさりと……いいの?」
「いいもなにも、私もこの現状には困り果てていてね」
両手を広げるバーソロミューの動きは大仰だったが、声色には嘘とは思えないほどの困惑が滲んでいる。藤丸とパーシヴァルは視線を合わせ、そして騎士は真摯にオルタと名乗る男へと問い掛けた。
「聞かせてもらってもいいだろうか、バーソロミュー。貴方の話を」
「ああ。勿論だよ。サー・パーシヴァル」
――バーソロミュー・オルタが語るにはこうだ。
座に居た時の意識も記憶も無く、目覚めた時には海の底だった。真っ先に死因である喉に触れたが穴が空いている訳もなければ罅が入っている訳でもない。ここが海底であり――そして船の中でもあると気付いたのはすぐのことだった。息が出来る理由すらも分からない。更に言えば、この船はロイヤル・フォーチュン号でも生前バーソロミューが乗り込んだどの船でも無かった。しかしバーソロミューの意思で動くことだけは確かだ。もしやこの船自体が聖杯の宿主なのではと探索を始めたが、ついぞその宝に辿り着く事は出来なかった。だが知る筈のなかった知識は次々とバーソロミューに流れ込んでくる。もしかしたら、この船の本当の持ち主である誰か――数多に存在していた海賊の一人が聖杯を手にし、何故かバーソロミューが引き寄せられた。あるいはその誰かに召喚されたサーヴァントという可能性もあるがパスの繋がりは感じられない。分かることといえば自身に狂化がかけられていること、クラスがライダーではないこと、何故か海底を進むゴースト船を操れること。それだけだった。
「……つまり……」
話を聞き終えた藤丸が唸るように呟く。
「そう。なにも分からないのだよカルデアのマスターくん。なんならゴースト船と言ったがこの船にはそもそも私以外話せるものは誰もいなかった。ほら、よくあるだろう? 骸骨とか財宝とか。ある程度見まわったが、そういったものもなにも無かった。本当に私だけなんだ。だからゴーストシップと名付けるのも間違っているのかもしれないね」
申し訳がない、と苦々しく謝罪を零すバーソロミューにマスターは首を振った。
「いや……だけどそもそもこの船が無かったら、パーシヴァルはともかくおれはもうここにはいれなかったかもしれない。感謝してるよバーソロミュー」
「なんだかむず痒いな……オルタと、そういった呼び方で構わない」
「バソオル……」
「CP名みたいだね!」
「じゃあだめだな!」
すっかり意気投合したらしい『オルタ』と藤丸のやり取りは微笑ましいものだった―――が、パーシヴァルは小さく息を漏らす。
この船に乗船してからずっと、強烈な違和感が纏わりついて仕方がない。そもそもなぜバーソロミューに狂化がかけられた? 最後の海賊と謳われているからこそなのだと言われればそれまでだ。――しかし。
どうしても、パーシヴァルにはバーソロミューがバーサーカーとして召喚される理由が分からなかった。……否。分からないのではない、『ありえない』と思ったのだ。私情を持ち込むつもりは微塵も無いが、あの人が自分の人生を悔やまず駆け抜けたことを知っている。その生き様は酷く刹那的で、しかし美しいと思った。パーシヴァルには真似出来ぬことだ。ある意味狂っているとすら言える彼の生き方を、今更クラスでおさめようとする特異点とは一体なんなのだろうか?
それは、まるでバーソロミューの生きた証や誇りを汚しているようにすら思えて――――
「―――考え事かい?」
「………え………」
凪ぎ続ける海を故意に荒らすような、圧を纏う『台詞』のようだった。
それは確かにバーソロミューの形をしている。――しかし、
「っ、マスター…?!」
つい先ほどまでオルタと談笑していた筈のマスターが石のように微動だにしない。その瞳は堅く閉じられている。――-そこまでだった。
パーシヴァルは躊躇うことなくバーソロミューを模した『なにか』に向かい、槍を繰り出す。金属がぶつかり合う音が響いた刹那、溶け落ちていくように周囲の景色がぐにゃりと歪んだ。
「っ……ここは……?!」
三人をおさめることで限界だった筈の空間が、一気に開けていく。
そこには、海も、船も無かった。
マスターの姿も見当たらない。……魔術、そして、固有結界の類なのだろうか。
「安心したまえ。君のマスターは無事だよパーシヴァル」
「……申し訳ないが、今の貴方を信じる事は出来ません。早急に打ち倒させて頂こう」
「へぇ? 清き愚か者だと聞いていたが、意外と強い言葉を使うものだな。……いや、愚かだからこそか?」
「貴方の目的はなんだ」
クツクツと笑うオルタはその身に黒い靄のようなものを纏わせている。聖槍の一撃を防いだのはライダーのバーソロミューが所持していない筈の西洋剣だった。罅の入ったその剣は地面に捨てられ、男は見慣れたカトラスを引き抜き、歌うように語る。
「パーシヴァル。君はどうやら私がバーサーカーになる筈がないと思い込んでいるようだが、オルタとはなにも未練や怨恨を残している者だけに限り起こる現象ではない。『もしかすればそういう道を辿っていたかもしれない可能性のひとつ』――本人の意思に関係なく、私という存在はその可能性のひとつに過ぎない。つまり、バーソロミュー・ロバーツが『最後の海賊』にはならず、寿命が訪れるまで生き続け、死してからもなお海を蹂躙する姿。『永遠の海賊』、それが私。バーソロミュー・オルタだ!!」
夜の街へと姿を変えたその道を、男が素早く駆ける。ライダーのバーソロミューにはありえない速さで円卓の騎士の背後をとり、黒を纏ったカトラスを振り上げた――――が、
「……ああ。これは違うな」
それはひどく、穏やかな声だった。
まるで慈愛すら孕んでいるようなパーシヴァルの言葉に、オルタの動きが止まる。
「……それは、なにに対してかな? カルデアと言う場所に身を置く君ならば身に染みて分かっている筈だがね。クラス違いの同じサーヴァントなど飽きる程目にしてきただろう? それこそ、君の王とて複数人存在していると聞くが?」
「うん。そうだね。……だが、貴方は違う」
パーシヴァルは、握った聖槍を――しずかに納めた。
「貴方はバーソロミューの皮を被っているだけに過ぎない。『役を羽織る者』よ」
―――ばりん
仮面が砕け散る。
人の気配が無かった筈の街が、ざわめき出した。
轟く銃声。放たれたいくつもの銃弾が男の腹部を撃ち抜いていく。これは、記憶の焼き回しだった。
――パーシヴァルの目の前で笑う、プリテンダー。その生前、最後の、
「……まいったな、これでも演技には自信があった。オルタ化のそれらしい理由も上手く作り込めたと思っていたのだが」
「バーソロミューから『貴方』の話を聞かされたことはありません。ですが、貴方の物語はカルデアの書庫で何度か目にしたことがあります。……歓迎された街で謀りに合い、食事の席へ向かう道中に貴方は、」
「ああ。待ち伏せていた軍の者達に撃たれた死んだ。一瞬だったよ」
バーソロミュー・オルタの仮面は完全に剥がれ落ち、パーシヴァルの目の前に現れた知らぬ顔の男は、舞台を終えた役者のように胸に手を宛てがい一礼した。
「無礼を許したまえサー・パーシヴァル。私の真名はハウエル・デイヴィス。たったの六週間だったが――ジョン……いや、バーソロミューの船長をしていたしがない海賊の一人だ」
「デイヴィス殿。なぜ、バーソロミューではなく私を?」
「……この特異点へ呼び寄せた理由、か」
ハウエルが頭を上げる。
緊迫した沈黙が続き―――そして、
「それは勿論、恋バナがしたかったんだよ!!!!」
「………ッ、はい?!?!」
子供のように無邪気に笑う傍迷惑な海賊に、パーシヴァルの返答はみっともなく裏返ってしまった。
■■■
―――あぁ、熱いな。
ドクドクと血が流れ続ける腹部を片手で抑えながら、男は想う。
思ったよりも痛みは感じないものだ。ただただ、渦巻くような熱だけがそこにはあった。――あるいはこれは、受けた傷から湧き出すものではなく胸の内から溢れ出る『怒り』そのものか。
謀りにあった事に怒っている訳ではない。
ただただ、こんなところで終わる自らの情けなさに対する怒り。そして―――――
(………後悔、か)
それは断じて、残される船員達に対する情ではない。馬鹿でどうしようもない奴らだが、自分が消えたところでどうとでもやっていける姿は安易に想像がついた。それは近頃仲間になったやたらと賢い男、ジョン・ロバーツの存在が大きいところも確かだが。――あの男の冷静さはある意味常軌を逸している。あいつのような物事の考え方が出来ていたならば、最後の最後でこうして強い後悔の念を抱く事も無かったのだろうか。
(まあ。しかたがない)
所詮は海賊なのだ。
強欲で傲慢で自分の欲には逆らえない、卑しい悪党。
「………もし、次があれば―――――」
震える手で撃鉄を上げる。
最後の力を振り絞り放った一発の銃弾が敵に命中したのかどうかも分からぬまま、男の世界は孤独に幕を閉じた。