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    namae_ha_niwa

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    namae_ha_niwa

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    煙戦争後、G社から放逐された代理グレゴールが、身ひとつでN社大槌ムルソーを尋ねて三千里をし、そのままN社所属になるシリーズ(非存在)の最終話です。
    書いちゃったもんはしょうがない。

    ムルグレ、キスがあります。

    信仰の最後尾 ある明け方のことだった。
    「グレゴール」
    「なんでありましょう?」
     夜間の浄化作業を終え、宿舎まで帰ってきたムルソーとグレゴールは、身を清め、食事を摂り、眠りに就かんとしていた。グレゴールの両腕には、寝具を傷付けないよう厚手の布が何周も巻かれているし、ムルソーの口からは装置が外され、遺された孔には蓋がされている。ムルソーの手によって洗われ、柔らかさを取り戻したグレゴールの髪が、ベッドの上に散らばるのを見下ろしながら、ムルソーは電灯のスイッチに手を伸ばしつつ、グレゴールに問うた。
    「……貴殿は、あの装置のことをどう思っている」
     あの装置。ムルソーの口に繋がれる、K社の再生アンプルの供給機。“信仰のために立ち続ける大槌”という、小槌中槌の希望となる概念を成立させる鍵であり、身体の純粋さを追い求める彼らの信仰に唾を吐くものである。
     隠匿されなければならない。この装置について知る者は、装置の装着を決めた張本人である握る者と、遠い鏡の異世界線で初めてムルソーと出会ったグレゴール、その他ごく限られた“釘と金槌”上層部の人間のみである。
    「ムルソー殿の、あの装置……でございますか?」
     グレゴールはベッドから身体を起こし、装置が置いてある方を見遣る。その後、ムルソーに視線を向け直せば、彼はゆっくりと頷いた。
    「……こんなことを申し上げるのは、どうかと思う部分もあるのですけれど」
     鎌のような腕を擦り合わせ、恥じらうように俯くグレゴールは愛らしい。彼のつむじを見ながら、ムルソーは聞こえるだろう答えを予想していた。

    「穢らわしいと思っておりますよ。ちゃんと」

     ドクン。ムルソーの心臓が強く脈打った。
    「……………」
    「だって、異端……ですよね。握る者の意思によって身に付けるようになったものであれば、また別の扱いなのかもしれませんけれど、教典に記述はないですし。肉でも骨でもない金属だから、侵食を賜った異端審問官たちとも異なりますし」
    「……」
    「義肢ではないですけど、消化器官の代替にあたるのでしょうか? どこまで繋がっているのか分かりませんが、浅くはなさそうですし。再生アンプルの力は知らないではありませんが……缶詰を食べる方が余程純粋だと考えます」
     ムルソーは息を呑み、拍動に伴う痛みに耐えていた。
     グレゴールの言葉は、“釘と金槌”の教理的には全く正しい。G社から籍を移して今までの間によくここまで適応したものだと感心できるほどだ。
    「……もしかして、ムルソー殿の一部であるから不潔でなどないと、自分が答えるとお思いでしたか?」
     図星を突かれて口籠もるムルソーに、グレゴールは微笑んで言った。
    「でも、それだと教理に反しますし、何より失礼でしょう? 自分を“純粋”だと認めてくれた教理にも、そのために痛みを受けてでも浄化をし続けるムルソー殿にも……」

     ムルソーが“釘と金槌”の理念に触れたのは、N社に入社してからのことだった。
     優秀な頭脳を持ちながらも、感性の面では一般的なそれから幾分からズレていたムルソーは、他者からの不理解に揉まれながらも、人間というものへの理解を深めたいと考えていた。その時であった“釘と金槌”の教理……握る者の演説は、人間を「血と肉と骨」で構成されたものだと断言しており、その明快な定義にムルソーは興味を惹かれたのだった。
     夜な夜な浄化作業に参加し、教理を紐解き、演説を聞く中で、ムルソーの心も“釘と金槌”の教理に染まっていった。しかしながら、始まりが人間を理解しようという心だったこともあり……或いは、感情を激しく表出させることが苦手な、彼自身の性質によるものかもしれないが……周囲の構成員ほど熱狂しなかったのは確かだった。それを見留めた握る者は、その冷静な視点への信頼からか、或いはきっと拒まないであろうという打算からか、ムルソーを“大槌”にすることに決めたのだった。
     握る者の言葉を信じていながらも、減らない異端に自らの身体を汚す機械。大槌になって何年も時が過ぎるにつれて、ムルソーの信仰心は摩耗していった。そんなさなかだったのだ。彼が鏡の向こうの世界で、彼のグレゴールと出会ったのは。
     自分の信仰でなら、グレゴールを救うことができる。戦闘に特化した美しい腕を嫌悪し、責め立てる眼差しから救い出すことができる。そんな思い上がりは、目減りしていたムルソーの信仰心に再び火を灯すには十分過ぎるほどだった。なんと傲慢なことだったろう。しかし今は、そのグレゴールこそが、ムルソー以上に素直な信仰を口にしている。ムルソーの心臓が、焦りで痛いほど拍動した。

    「ムルソー殿」
    「……なんだ」
    「思うに、自分たちは信仰の最後尾にいるのであります」
    「……何?」
     ムルソーの胸中を知ってか知らずか、グレゴールは微笑んだまま続ける。
    「ムルソー殿は、共に戦う中槌や小槌を勇気づけるために、或いは握る者に勝利を捧げるために、自ら穢れを背負っておられますよね」
     ムルソーはぎこちなく、しかし確かに頷いた。
    「自分は……この身体は、皆様に純粋であると言っていただけておりますが、それでもやはり“人間として”純粋かは懐疑が残ります」
     ムルソーは少し項垂れた。グレゴールが少しでも腕のことを嫌わないで済むように、その腕は純粋な人間の腕であると強調してきたつもりだったが、グレゴールの気持ちを完全に晴らすには至っていなかったようだ。それはムルソーの傲慢さの現れであり、ムルソーの想定以上にグレゴールが現実を見ていることの証左でもあった。
    「だから、我々かどこかに至るのは、きっと最後だと思うのです」
     項垂れたムルソーの視界に潜り込むように、グレゴールがとことこと歩み寄ってきた。そして、その鎌のような腕の比較的なめらかな部分をムルソーの頬に添えると、美しいものを見るかのように目を細め、微笑む。
    「教典では……死後の世界は規定されておりませんでしたね。世界を洗い流して、人間としてさらに高みを目指すのが教理ですものね」
     ムルソーは黙って話を聞いている。
    「もしも、死後の世界というものがあるのなら。そこできっと、この身体を縛る全ての楔から解放されることでしょう。或いは、この世で犯した罪のために、更なる束縛を受けるのでしょうか。火傷、出血、破裂……できれば、ムルソー殿と同じ罰を受けられればと思います」
     ムルソーは、鏡の向こうで共に駆けた様々な戦場を思い出していた。
    「もし、死後の世界がないのであれば……次の生というものがあればいいと思います。そこで、再びまっさらな身体に生を受けるのです。もちろん、ムルソー殿がいらっしゃらないのであれば、必要ないのですけれど……」
     そこまで言うと、グレゴールはムルソーの頬を軽く引っ掻いた。意図を察してムルソーが身を屈めると、グレゴールはそっと背伸びをして、彼の唇に自分の唇を重ねた。
    「………」
    「ねぇ、ムルソー殿」
    「グレゴール……」
     愛しい名を呼びながら、ムルソーはグレゴールの肩に腕を伸ばす。ゆるゆると包み込まれながら、グレゴールは言葉を続ける。
    「死後の世界も、次の世もあるかどうか分かりませんけど。どうにしろ、我々が何かに至るとしたら、きっと最後なんです」
     抱き寄せる腕に力が込められ、鎌が、棘が、少しだけムルソーの肉に食い込んだ。
    「或いは、皆がどこかに至った後、ゴミ溜めのような地獄のような世界に、我々二人だけ遺されるのかもしれません」
     寝巻きに血が滲むが、気にする者は一人もいない。
    「それでも」
     力強く開かれた瞳が輝き、ムルソーを見た。
    「小槌も中槌も、握る者すら羽ばたいていかれた後の世界で、どうか、どうか、今度こそ……」

     やがて、人となって再会しよう。
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    Replies from the creator

    namae_ha_niwa

    MOURNING煙戦争後、G社から放逐された代理グレゴールが、身ひとつでN社大槌ムルソーを尋ねて三千里をし、そのままN社所属になるシリーズ(2作目)です。
    書いちゃったから存在シリーズになっちゃったよ。

    前の「信仰の最後尾」より時系列は早いです。
    NGムルグレなんですけど、ムルソーほぼ出てきません。グレゴールと握シンが喋っているだけ。
    世界からグレゴールに対する好感度が高めです。
    正解は怠惰の色 それは、偶然に偶然が重なった結果起きた出会いだった。彼らはどちらも、そんなところに一人でいるような人物ではなかったからだ。片方は、握らんとする者・シンクレア。“釘と金槌”の名目上のナンバーツーであり、実質的にはこの組織のトップであるファウストに握られている幼い釘だ。そしてもう一方は、旧G社からこちらに移ってきたグレゴール。彼は、“釘と金槌”の幹部の一人である大槌・ムルソーの恋人であり、所有物だ。
     大槌の所有物とはいえ、加入したばかりの木端構成員であるグレゴールが、握る者の期待と執着を一身に受けるシンクレアと個人的に会話するなど、通常では考えられないことである。ただ、その日はたまたま、夜間の浄化行軍に備えて休んでいるはずの昼間に目が覚めてしまったシンクレアが、“釘と金槌”宿舎の敷地内で一人になれる場所を探していたところ、暖かな陽だまりを求めて同様に敷地内を徘徊し、屋外の植え込みのところでうとうととしていたグレゴールを発見したのであった。
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