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    namae_ha_niwa

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    namae_ha_niwa

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    煙戦争後、G社から放逐された代理グレゴールが、身ひとつでN社大槌ムルソーを尋ねて三千里をし、そのままN社所属になるシリーズ(2作目)です。
    書いちゃったから存在シリーズになっちゃったよ。

    前の「信仰の最後尾」より時系列は早いです。
    NGムルグレなんですけど、ムルソーほぼ出てきません。グレゴールと握シンが喋っているだけ。
    世界からグレゴールに対する好感度が高めです。

    正解は怠惰の色 それは、偶然に偶然が重なった結果起きた出会いだった。彼らはどちらも、そんなところに一人でいるような人物ではなかったからだ。片方は、握らんとする者・シンクレア。“釘と金槌”の名目上のナンバーツーであり、実質的にはこの組織のトップであるファウストに握られている幼い釘だ。そしてもう一方は、旧G社からこちらに移ってきたグレゴール。彼は、“釘と金槌”の幹部の一人である大槌・ムルソーの恋人であり、所有物だ。
     大槌の所有物とはいえ、加入したばかりの木端構成員であるグレゴールが、握る者の期待と執着を一身に受けるシンクレアと個人的に会話するなど、通常では考えられないことである。ただ、その日はたまたま、夜間の浄化行軍に備えて休んでいるはずの昼間に目が覚めてしまったシンクレアが、“釘と金槌”宿舎の敷地内で一人になれる場所を探していたところ、暖かな陽だまりを求めて同様に敷地内を徘徊し、屋外の植え込みのところでうとうととしていたグレゴールを発見したのであった。
    「あっ……」
    「ん……?」
     浄化中は握る者と並んで怒涛の殺戮を行うシンクレアだが、所在なく一人彷徨っている最中に、不思議な経緯で加入した異色の──異端ではないが、見た目からして──構成員と出会せば、多少情けなく驚いてしまうのも仕方がなく。
    「あ、えっと、あなたは、握らんとする者!」
    「ひゃあ!?」
     軍隊式に飛び起きて、その鋭利な腕で勢いよく敬礼をしたグレゴールを前に、可愛らしい声を上げながら飛び退いてしまうのも無理はないのであった。


    「彼女には……内緒にしていてくださいね」
     落ち着きを取り戻したシンクレアは、不躾にも驚き慌てた非礼を詫びた。もちろんグレゴールは、幹部である握らんとする者と会話する栄誉を感じこそすれ、驚かれて不快だとは微塵も思っていなかったものだから、初めは彼の言葉を聞いてきょとんとしていた。しかし、その後に続く彼のお願いについては理解できたため、にこりと微笑み了承を示す。
    「もちろんであります。そもそも、握る者が自分などに委細な興味を払うとは考えにくいですから、情報が漏れる可能性も低いでしょう」
    「それは……そうですね。安心しました」
     シンクレアは少し笑い、そのままグレゴールの隣に腰を下ろした。グレゴールはどうしようか少し迷った末、シンクレアに促されて隣に座ったのだった。


     シンクレアとグレゴールは、決して初対面ではなかった。鏡の向こうの不思議な世界において何度となく共闘をしてきたし、それどころか、向こうの世界に本来いる自分たちは、同じ会社に所属しているということだった。鏡の向こうに呼び出され、人格の同期化を進める中で、二人はその世界の彼らやその他の可能性の彼らについて少しずつ知っていった。あの世界で同じバスに乗る彼らは……年上であるグレゴールが年若いシンクレアを気遣っていたこともあり、悪くない関係を築いていたようだった。それもあって、今の二人は比較的お互い安心して会話ができている。その一方で、二人が“握らんとする者”および“G社課長代理”として鏡の向こうに呼び出されていた際は、個人的な会話などほとんどしたことがなかったものだから、彼らは“今の”お互いのことをほとんど何も知らないのだった。
     G社からN社……“釘と金槌”に辿り着くまでや、その一員になった後、最近の暮らしについて、シンクレアは思うままにグレゴールへと質問し、グレゴールは快く答える。G社について問えば悲しげに俯き、大鎚のムルソーについて問えば淡く頬を染め、天気について問えば頭上の青空を見上げて深く息を吸い込むグレゴールに、シンクレアの心は緩んでいった。握る者やその他金槌たちとの会話は狂信と恐怖で埋め尽くされるばかりなので、グレゴールとの会話はまるで、ダンジョンの中で得られる束の間の休息のようだったのだ。

     だからこそ、軽率な質問をしてしまったのだろう。

    「あの、グレゴールさん……」
    「はい、なんでありますか」
    「その……腕のことなんですけど」
    「この、腕でありますか」
     グレゴールはシンクレアを見、すぐに腕へと目線を移した。シンクレアの手が、彼の鋭利な腕の方に緩く差し伸べられていたからだ。何も、その腕を掴もうとしたわけではない。ただ、話題にしているものが分かりやすいように、指し示しただけのつもりだったのだ。
     ただ、そのためにシンクレアは、そのときグレゴールがどのような表情をしていたのか、見ることができなかったのである。
    「はい。この腕の身体改造……グレゴールさんは、望んで受けたって仰っていましたよね」
    「そうであります。この腕は自分の誇りです!」
    「誇り……その、後悔とかは、ありませんか?」
     シンクレアがそんな質問をしてしまったのにも理由があった。この元課長代理のグレゴールは、鏡の世界で会っていた頃からしばしば、自らの腕は誇りだと口に出していたのだ。それはちょうど、今し方シンクレアの目の前でそうしたように。さらにシンクレアはここのところ、グレゴールの腕についてはもっぱら大鎚のムルソーから聞くばかりだったのだ。ムルソーは特にグレゴールの腕を絶賛しているものだから、シンクレアはすっかり、グレゴールがその腕を誇っているという言葉を純粋に信じ込んでしまっていたのである。
    「……後悔など」
     そこで初めて、シンクレアはグレゴールの顔を見た。

    「しているはずもございません!」

     シンクレアは一瞬、呼吸を忘れてしまった。グレゴールの瞳は、まるで鏡を眺めるシンクレア自身の瞳のように、不安げに見開かれていたからだ。


     かつてシンクレアの前には、いくつもの選択肢が存在していた。
     義体を穢らわしいと思う心。そんな義体を装着している家族を、なおも愛おしいと思う心。父親が義体メーカーに勤めているにも関わらず、義体を嫌ってしまう自分への罪悪感。義体への嫌悪感を、学友・ファウストが共有してくれる喜び。そんな風にいくつもの感情を抱えていたシンクレアの前には少なくとも、義体を厭う道だけでなく、義体への嫌悪を抑え、家族やその他の義体利用者たちと共に生きていく道があったはずだった。
     ……その道は、彼がファウストに従うことを選んだ時点で消失した。惨殺された義体利用者は、決して彼が望んだものではなかったはずなのに。だからといって、他に何が望めただろう?
     シンクレアには、今更ファウストに抵抗する気などなかった。かといって、全く後悔がないわけでも、迷いがないわけでもなかった。ただ、自ら判断することを辞めて押さえ込んでいるだけなのだ。それでも胸の奥に揺れるものはあるわけで、その揺れを一人で抱え続けるにも耐えられなかったのだ。だからこうして、同種の後悔を抱えていそうなグレゴールの心に立ち入るような真似をしたのだった。
     彼ならきっと、自分の後悔だって笑い飛ばしてくれるのではないか。シンクレアの予想は、ものの見事に裏切られた。

    「自分は、自ら望んで身体改造を受けました。戦線に出たのも自分の意思で、勝利を収めて帰還したこの身は誇りです。もちろん、その後ここに至るまでは多少の憂き目も見ましたが……それでも、この腕だからこそ、今も皆様と共に戦えているのです。ですから、」
     グレゴールは、なおも固まったままのシンクレアに向かって、澱みなく言葉を紡ぎ続けた。彼は口が上手い方ではないから、これは咄嗟に思いついたことではなく、普段からずっと考え続けてきたことなのかもしれないと、シンクレアは理解しかかっていた。しかしその理解が完成するのを待たず、グレゴールが彼の結論を告げる。

    「ですから……後悔している暇などないでしょう?」

     その言葉に、シンクレアは再びハッとさせられた。先程“後悔していない”と言ったグレゴールの言葉は、百パーセントの真実ではない。それは、シンクレアにも何となく分かっていた。きっと、“後悔している暇などない”という方が、より正直な言葉なのだろう。
     自分が過去に下した決断に迷いがあろうとなかろうと、時は無慈悲に過ぎていく。何らかの役割を課せられている身であるならば尚更、後悔に呑まれて立ち止まっている暇などないのだ。迷いがあるのであればなおのこと、その結果を少しでも納得のいくものにするために、歩み続けなくてはならないのである。

    「……そもそも、身体改造が嫌なら、戦争からでも逃げ出してどこかへ行ってしまえばよかったんです。そうではないということは、やはり、これが自分の選択ということなのです」
     グレゴールは言い訳をするように早口でそう言った後、誤魔化すように乾いた笑い声をあげた。それを聞いてシンクレアは、彼の中に葛藤が存在するということへの確信をさらに深める。G社の社員となった後の彼が、どうして戦争から逃れられただろう。どこへ行けたというだろう。自分が今更、握る者の掌から逃れられないように。
     それでも、それを自身の選択と呼ばなくては、最後の矜持としなければ立っていられない。そんな瞬間がきっと、あったのだろう。
     それは思考停止、あるいは怠惰と呼ばれるものなのかもしれない。そうだとしても、グレゴールの、そしてシンクレアにとっての“正解”は、もはやこの方向にしかないのだ。

    「握らんとする者におかれましても、そうでございましょう? まさか、握る者と共に浄化に勤しむこの日々に、後悔などおありではないでしょう」
     首を傾げて、シンクレアの顔を覗き込むようにするグレゴールの瞳に光が落ちて、黄金色に輝いている。その瞳を見て、全てお見通しなのだろうとシンクレアは悟った。自分が所属する組織の幹部に対して、いささか不遜で無礼なその問いは、年若いシンクレアへの激励なのだと。そう理解した。
    「……えぇ。不満はありますけど」
    「……」
    「先日は、惜しくも異端を一名取り逃がしました。このような失態は許されない。僕は選ばれたのだから」
    「!!」
    「そうですね……この間は十六名の異端を浄化しましたから、次はもっと多く、倍の異端を浄化したいところです」
    「……えぇ、えぇ! 素晴らしいお心構えであります! 握らんとする者が望みを叶えしときに、願わくば自分もその場にいられたら……」
     シンクレアがその目に光を──それが健康なものかはともかく──宿したのを見て、グレゴールは嬉しそうに頷いた。屈託のない笑顔を浮かべて語るのは、異端の死について。それは紛れもなく、純粋なN社の金鎚としての振る舞いだった。
    「そうと決まれば、こんなところにいる訳にもいきませんね。夜のために眠るか、眠気が来ないなら鍛錬でもしないと」
    「流石は握らんとする者! 自分も補給などしておかなくては」
     シンクレアが立ち上がり、続いてグレゴールも立ち上がる。爛々と晴れやかな笑みを浮かべて、二人はそれぞれの居場所へと戻って行った。
     居室に戻り、眠り直したシンクレアの夢は、相変わらず悍ましいものであった。しかし彼は逃げることなく、その夢を見つめ、無慈悲に釘を打ち込んでいったのだった。


    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

    「……僕、グレゴールさんともっと話してみたいかもしれません」
    「どういうことですか握らんとする者(動揺)」
    「どういうことですかシンクレア(動揺)」

     その後、シンクレアの自爆でグレゴールの腕に驚いて叫んだことがバレて、全く責任がないグレゴールまでもが凹むこととなった。
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    namae_ha_niwa

    MOURNING煙戦争後、G社から放逐された代理グレゴールが、身ひとつでN社大槌ムルソーを尋ねて三千里をし、そのままN社所属になるシリーズ(2作目)です。
    書いちゃったから存在シリーズになっちゃったよ。

    前の「信仰の最後尾」より時系列は早いです。
    NGムルグレなんですけど、ムルソーほぼ出てきません。グレゴールと握シンが喋っているだけ。
    世界からグレゴールに対する好感度が高めです。
    正解は怠惰の色 それは、偶然に偶然が重なった結果起きた出会いだった。彼らはどちらも、そんなところに一人でいるような人物ではなかったからだ。片方は、握らんとする者・シンクレア。“釘と金槌”の名目上のナンバーツーであり、実質的にはこの組織のトップであるファウストに握られている幼い釘だ。そしてもう一方は、旧G社からこちらに移ってきたグレゴール。彼は、“釘と金槌”の幹部の一人である大槌・ムルソーの恋人であり、所有物だ。
     大槌の所有物とはいえ、加入したばかりの木端構成員であるグレゴールが、握る者の期待と執着を一身に受けるシンクレアと個人的に会話するなど、通常では考えられないことである。ただ、その日はたまたま、夜間の浄化行軍に備えて休んでいるはずの昼間に目が覚めてしまったシンクレアが、“釘と金槌”宿舎の敷地内で一人になれる場所を探していたところ、暖かな陽だまりを求めて同様に敷地内を徘徊し、屋外の植え込みのところでうとうととしていたグレゴールを発見したのであった。
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